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とにかく、どうか、ごゆるりとお帰りになられて下さい

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 もうすぐ城下町の中央エリアへ、城内直通の魔法陣へと辿り着く頃。長く引き締まった腕で俺の腰を抱き、優しくエスコートしてくれていた彼、バアルさんが歩みを緩めた。

 どうかしたんだろうか。不思議に思い見上げれば、柔らかい微笑みが。渋いお髭が素敵な口元を綻ばせ、鮮やかな緑の瞳を細めた彼とご対面した。

 軽く後ろに撫でつけている白い髪は、茜色に染まっている。額から生えている触覚と背中の羽もだ。先がくるりと反った細く長い触覚はオレンジの光沢を帯びながら弾むように揺れ、大きく広がった半透明の羽は夕日を反射するように煌めいている。

 ふわりと靡く薄灰色。裏地の青が爽やかな、コート越しでも分かる鍛え上げられ体躯。八頭身は余裕であるだろうスタイルのいい長身も相まって、一枚の絵画みたいだ。それも国宝級の。なんなら、今、この瞬間を切り取って永久保存したい。っていうか。

 ……好きです!!

 思わず心の中で叫んでしまっていた。

 意識しているからだろうか。しているから余計にだろう。こんなにカッコよくて、キレイで素敵な人の奥さんに、もうすぐしてもらえるんだって。

 だから、ふとした時に、好きって気持ちがあふれそうになってしまうんだ。

 はしゃぎだし、ドキドキ喚いている胸を押さえていると、頭の上から小さな笑い声が降ってきた。クスクスと何だか擽ったそうな。

 正体は言わずもがな。尖った喉仏を震わせながら、バアルさんが俺の手を握ってくれた。こぼれてしまいそうな喜びを浮かべた唇が、蕩けるような声で囁いてきた。

「ふふ、私も好きですよ、アオイ。愛しております」

「ひょわ……」

 察しが良いにもほどがある。

 確かにバアルさんは今までも、俺が欲しい言葉をバッチリなタイミングでくれていたけれど。ん……まさか。

「で、出てました? 声に……」

「いえ」

 ああ、なんだ、良かった。てっきり人前で、おまけに大声で、彼への想いをぶちまけてしまっていたかと。

「貴方様の愛らしいお顔には、しっかり出ておりましたが」

 安心するには早過ぎたようだ。

 緩やかな笑みを描いていたラインが、僅かに端だけ吊り上がる。なんとなく悪戯っぽい。

「ひぇ……」

「大丈夫ですよ。大変お可愛らしかったので」

 ひと回り大きな手のひらが、俺の頬にそっと触れる。そのまま甘やかすような手つきで撫でてくれる。

 バアルさんは、ご満悦そうだ。触覚は弾むようにふわふわ揺れているし、羽もはためいている。風を切る音が聞こえるくらいに。

 ……じゃあ、いいか。

 俺は、照れ臭い気持ちと一緒に、なんやかんやと浮かんでいたものを全て放り投げた。そうして満喫することにした。

 せっかく好きな人から触れてもらえているのだ。じっくり堪能しないでどうするって話だろう。

 スロースペースで歩みを進めながら、優しい彼の手のひらに擦り寄った。すっかり頭の中がお花まみれになっていた時、思い出したかのようにバアルさんが口を開いた。

「ああ、申し訳ございません。少し宜しいでしょうか。お見せしたいものが……」

 目尻のカッコいいシワを深めながら、視線を道の端へチラリと向ける。人通り……いや、悪魔さん方の往来があるからな。邪魔にならないように、あちらでってことだろう。

 頷けば「では参りましょう」と抱き寄せられる。身を寄せ合いながら、レンガで舗装された道を進む。

 高くそびえ立つ建物の影に入ったところで、バアルさんはコートの懐から緑色の結晶、投影石を取り出した。

「もしかして……お返事、ですか?」

「ええ、レタリー殿からです」

 いいお返事だったんだろう。安心したように微笑む彼の羽が、ご機嫌そうにはためいている。細く長い指で石の表面をタップするように触れてから、俺にも見えるように差し出してくれた。

 が、読めない。淡く光る石から宙へと伸びる光。プロジェクターのように映し出され、俺の前に浮かび上がっている文字は、相変わらずアルファベットのような、はたまた古代の人が残した模様にしか見えない。

 とはいえ、流石ヨミ様専属の有能な秘書さん。バアルさんの教え子さんである。音声バージョンも添付してくれていたんだ。落ち着いた声が、ゆっくりと文章を読んでくれる。

『サタン様、ヨミ様、それからグリムさんにクロウさん……皆様快く了承頂けました。ただいま、特別室にお集まり頂いております』

 胸の辺りが、じんわりと熱を帯びていく。

 急な呼び出し、しかも夕飯時っていう遅い時間なのにも関わらず、俺達の為にお時間を割いてくれるなんて。

 ダメだな……しっかりしないと。今からこんなんじゃ、泣きながらのご報告になってしまいそう。

 大きな手が、俺の背中を宥めるように撫でてくれる。優しい手つきと温もりが、波立つ心を和らげてくれた。少し落ち着きを取り戻せた俺は、続く言葉に耳を傾けた。

『城内の魔法陣前にお迎えを、マラクさんとオロスさん、カイムさんに待機してもらっております。彼らがご案内致しますので……どうぞごゆっくり、お気をつけてお帰りになられて下さい』

 サロメさんやシアンさん、ベィティさんじゃないんだな。ちょっと珍しい組み合わせだ。

 ヨミ様が、人間である俺の為に結成してくれた親衛隊。兵士さん方から六人、選抜していただけたのだが、よく顔を合わせるのはサロメさんとシアンさん、次いでベィティさんだ。

 別にマラクさん達と交流がない訳ではない。お散歩デートの際は、いつもお菓子を渡しに行ってるし。彼らが別棟の警備をしてくれている際にお会いした時は、世間話もしているしな。

 少し間を開けてから、再び石からレタリーさんの声が。てっきり、さっきので終わりだと思っていたんだけど。

『……その方が、ヨミ様もグリムさんも落ち着き……失礼。なんでもございません。とにかく、どうか、ごゆるりとお帰りになられて下さい。お願い致します』
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