間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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俺達が大切にしている基準

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 どうぞ、と少し高めの声と共に、俺達の前に静かに置かれたのは藍色のカップとソーサー。縁と持ち手が金色の、シンプルだけども上品なデザインのティーカップからは、これまた上品な香りが漂っていた。

 紅茶を出してくれた店員さん。彼の背には、モンシロチョウのような羽がはためている。先程の店員さんは、イケメンな女性だったが、こちらの男性は中性的で可愛らしい。マカロンとか、パフェとか似合いそう。

 お礼を言ってから口にした紅茶は、優しい味わいだった。喉からお腹へとじんわり染み渡っていく。

「美味しいですね」

「ええ」

 バアルさんも気に入ったんだろう。店員さんに、銘柄を伺っていた。「ああ、あちらのお品でしたか」と目尻のシワを深くしていたので、今度のお茶の時間に再会出来るかもしれない。

 丁寧な会釈をしてお兄さんが、軽く触覚を弾ませながら別のお客さんの元へと歩いていく。のんびりと紅茶を楽しんでいる内に、先程のお姉さんが戻ってきた。

 細い両腕をめいいっぱいに広げ、彼女が軽々と運んでいるケース。中が黒く滑らかな生地に覆われた長方形には、こぶし大の魔宝石がいくつも収まっていた。

 等間隔に並べられた、形やグラデーションの異なるそれらは、どれも緑とオレンジのバイカラー。やはり、俺達の瞳の色が分かるのか、俺が求める緑に近いものばかりだった。これなら、素敵な結婚指輪が作れそう。

 ……バアルさんは、どうなんだろう。

 魔宝石ばかりに集中してしまっていた視線を、隣の彼へと向ける。

 タイミングバッチリだった。ぱちりと視線が合う。彼も、俺と同じようなことを考えていたのかもしれない。

 こちらを窺おうとしていた緑の瞳が、照れくさそうに細められる。俺にもうつったみたいだ。顔が熱い。

 ……やっぱり、そっくりだ。

 白い睫毛に縁取られた、若葉を思わせる緑。つい見惚れてしまう、吸い込まれそうになってしまう美しい色と、俺達の前に並ぶ魔宝石の緑とが。

 すっかりバアルさんの瞳に夢中になっていると、何やら温かい視線が。そちらをちらりと窺えば、柔らかく微笑む店員さんが。

 しまった、完全に見つめ合ってしまっていた。もともとは、そういうつもりはなかったとはいえ。

「す、すみません……」

「いえいえ」

 慌てて頭を下げた俺とほぼ同時にバアルさんも丁寧な会釈をする。表情には穏やかな微笑みを、完璧に平静を装っていたが、その耳は赤く染まっていた。

 笑みを深めた店員さんが、魔宝石を手のひらで指し示しながら尋ねる。何事もなかったかのように応対してくれる、その優しさが身に沁みた。

「私の独断で選ばさせて頂きました。お客様方がお着けになっている、魔力の花と似た色合いの物を厳選してみたのですが……いかがでしょうか?」

 あ、そっちか。そうだった。魔力の花自体が、俺とバアルさんの目の色と同じだった。ああ、だからさっき彼女は納得したように微笑んで。

「バアルさん」

 小さく呼びかけただけ。それだけなのに彼は、俺の聞きたいことが分かったみたい。頷き、微笑んで、俺の手を握ってくれたんだ。

「ありがとうございます。お陰様で理想の魔宝石が見つかりそうです」

「誠にありがとうございます」

「お役に立てて光栄です」

 安心したように店員さんが口元を綻ばせる。微笑み合った俺達は、改めて魔宝石へと向き直った。俺にとっても、バアルさんにとっても大満足な結婚指輪を作る為に。

 後は、バアルさんのご意見と擦り合わせながら選ぶだけ。そんなに迷うこともないだろう、と思っていたんだけど。

「……どっちにします?」

「……大変選び難いですね。左は貴方様の美しい瞳に似たオレンジが素敵なのですが……右はグラデーションが素晴らしい」

「ですよね……俺も色的には、左が理想なんですけど……バアルさんのキレイな緑にそっくりだし……でも右の方が色の移り変わりがキレイ……」

「ふむ……」

「うーん……」

 最後の二択が決まりません。どうしても。

 左の色で、右みたいなグラデーションだと完璧なんだけどなぁ。

 悩みに悩む俺達を見て、少し前に店員さんは再び別の魔宝石を見に行ってくれた。けれどもやっぱり厳選してくれていただけはあって、俺達が求める左の魔宝石と同じ色の組み合わせはなかったとのこと。

 これだけ力を尽くしてくれてるのに、謝る必要なんかないのに「申し訳ございません」と頭を下げた。

 俺達が「此方こそすみません、ありがとうございます」と慌てて返しても「お力になれずに申し訳ございません」と頭を下げるばかり。力なく、黒い羽を縮めてしまっている。

 そろそろ決めないとな。さてさて色か、グラデーションか……どちらを優先すべきだろう?

 心の中での問いかけに答えるように、おずおずとした声が俺に提案してくれた。

「……お色を、優先されてみては……いかがでしょうか?」

 またまた同時だったらしい。弾かれるように向けてしまっていた俺達の視線を受け、店員さんが触覚を下げる。

「すみません……お客様方は選ぶ基準として、お色を大切にしていらっしゃるようでしたので……」

 背中を優しく押された気がした。

 ……そう、だよな。そうだった。俺は、さっきも、いつもバアルさんの瞳に近い緑を探していたのに。やっと理想の緑を見つけたのに。

「バアルさん、俺……」

 見つめれば、俺の大好きな緑が微笑んだ。

「……はい。私も、アオイ様と同じ気持ちです」

「この魔宝石にします」

「こちらの魔宝石に致します」

 一緒に指差した魔宝石は同じもの。俺と彼の理想の色が、境で淡く混じった左の魔宝石だった。
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