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彼の色と俺の色のそっくりさん

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 早速、俺達は魔宝石が並ぶショーケースへと足を運んだ。長いケースにズラリと並んだ輝きは、まさに色とりどり。美術で習った色のヤツ、ぐるりと輪になった見本表よりも多彩だ。

 どれも拳くらいのサイズはあるだろうか。先ほど見たネックレスとは違い、カットされていない。いわゆる鉱石って感じだ。俺が魔力を込めている石に近いかも。当然、輝きは此方の品々の方が一級品だけど。

「うわぁ……緑だけでも、こんなに沢山種類があるんですね……」

 同じ色味の物が、まとめて並べられているのは有り難い。

 俺が惹かれたケースの中には、これぞ緑って物から、ちょっと薄いもの。はたまた、エメラルドグリーンみたく青みがかってたり、黄色がかってたり。様々な緑の魔宝石が、ガラス越しに煌めいている。

 ……どれが一番バアルさんの瞳の色に近いかな? 

 左端のは……色の濃さは近いけど少し暗いかも。あ、惜しいなぁ……右から三番目のヤツ。端っこが黄緑がかってなかったら、バッチリなのに。

 彼の瞳と魔宝石とを何度も交互に見比べながら、そっくりさんを探す。

 ふと、鮮やかな緑が隠れてしまった。銀糸のように美しい、白く長い睫毛が伏せられたことによって。

「……バアルさん?」

「……ふふ……ええ、目移りしてしまいますね」

 擽ったそうに微笑みかけられて、ようやくだった。

 すっかり俺は、自分の好みを優先してしまっていた。当たり前のように、大好きな色の中から選ぼうとしてしまっていたんだ。

「す、すみません……一緒に選ぶものなのに、俺……」

「お気になさらないで下さい。夫婦の証に私の色を選んで頂ける……その事実だけで私は、目眩がしそうなほどの幸せを感じているのですから」

「ひょわ……」

 俺の方こそだ。向けられた、喜びに満ちた微笑みに、頭がふわふわしてしまう。膝なんて、もう笑い始めてしまっている。

 察しのいい彼の腕が、俺の身体を支えるように抱き寄せてくれた。お陰様で、ピッカピカの床に膝を打ちつけてしまう心配はなさそうだ。

「で、でも……やっぱりバアルさんの好きな色も取り入れて……」

「では、バイカラーのお品の中から、選んでみてはいかがでしょうか?」

「へ?」

 不意に横から聞こえた馴染みのない声。俺達の会話に参戦してきたのは、黒いスーツをカッコよく着こなす女性だった。

「失礼いたしました。お悩みのようでしたので……」

 伸ばした背筋を恭しく曲げ、キレイな角度のついたお辞儀を披露する。

 ショートカットの黒髪をピシリと撫でつけた彼女の額からは、先端が丸くなった触覚が生えていた。背中で静かにはためいている羽、カラスアゲハだろうか。黒く、ドレスみたいにひらひらとした下の羽には、半月状の赤い模様が均等についている。

 お店の奥を手のひらで指し示しながら、黒く切れ長の瞳が微笑んだ。

「あちらにバイカラー、二色のお色を持つ魔宝石をご用意しております。様々なお色の組み合わせがございますので、お客様のお気に召すお品もあるかと……」

 なんと、そんな素敵なお品があるとは。声をかけてくれたお姉さんに大感謝だ。

「ありがとうございます」

 バアルさんと一緒に頭を下げれば「お役に立てて光栄です」と微笑みかけれた。

 単色だけで、このバリエーションの豊富さ。ならば、俺とバアルさんが求める色の組み合わせも、探せばあるかもしれない。

「バアルさんっ」

「ええ」

 名前を呼んだだけで、言わんとしていたことが分かったんだろう。俺の頭を優しい手つきでひと撫でしてくれてから、店員さんへと目を向ける。

「では、緑とオレンジのバイカラーはございますか?」

「ひょわ……」

 分かっていた。期待もしてたさ。

 でも、やっぱり口にしてもらえると。俺の瞳と同じ色を好きな色として選んでもらえると、人前だというのに飛び跳ねてしまいそうなくらいに嬉しい訳で。口元が、だらしなく緩んでしまう訳で。

 すでに夢見心地になってしまった俺は、腰を抱く彼の腕に全体重をかけてしまっていた。まだ、あるとも決まっていないのにさ。

 ぐったりとしている俺を、バアルさんは余裕綽々で抱き支えてくれている。陽だまりみたいに柔らかい微笑みを向けてくれている。

 そんな俺達を、優しい眼差しで見つめていた彼女は、何故か納得したように微笑んだ。ああ、やっぱりって感じで。見た目は術で違う姿に見えていても、目の色とかは変わっていないんだろうか。

「はい。展示していない品もございますので、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「はい」

「では、あちらのお席でお待ち下さい」

 再び彼女が手のひらで指し示した先には、カウンターと黒い椅子が。半ば抱き抱えられるようにバアルさんの手を借り連れて行ってもらうと、静かについてきていたお姉さんが椅子を引いてくれる。

 俺達が腰を下ろすところまで見守ってくれてから、再びご丁寧なお辞儀を披露した。最後に柔らかく微笑んで、カウンター奥の扉へと向かっていった。
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