412 / 906
圧倒的に弱すぎる、俺の意志が
しおりを挟む
「あ、ありがとうございまひゅ……」
「いえ」
「ば、バアルしゃんも、カッコいいでひゅっ」
「ありがとうございます、誠に嬉しく存じます」
お礼でひと噛み、お返しでふた噛み。だらしなく緩みまくっている口のせいだ。まったくもってスマートさの欠片もない。
それでもホントに嬉しそうに、バアルさんは微笑んでくれた。穏やかに綻んだ口元にたくわえた、清潔感漂う白いお髭が渋くてカッコいい。
引き締まった長い腕が、俺の腰を抱き寄せる。白い石で舗装された道。見た目はツルツルしているけれども、滑ることなく歩きやすい歩道を、彼が再びエスコートしてくれる。
歩幅の狭い俺に合わせてくれるバアルさん。薄灰色のズボンを纏う、スラリと伸びた長い足が踏み出す度に、同色のコートがひらひら舞う。夏の青空を思わせる爽やかな裏地が、チラチラ覗く。
服越しでも分かる、鍛え上げられ体躯。盛り上がるところは盛り上がり、引き締まるところは引き締まった長身を少し屈めて、バアルさんが尋ねた。
「ところで、何かお気に召したものはこざいましたか? どうか、ご遠慮なさらないで下さいね」
「えっと……特には」
見ていただけで、欲しくはない。そもそも今日はすでに彼からもらっているし。ショーウインドウに並ぶキラキラな品々が全て霞んでしまう、素敵な贈り物を。
少し視線を下げただけで、視界に入ってくれる淡い輝き。見つめるだけで、ニヤけそうになってしまう。彼の瞳にそっくりな鮮やかな緑のバラを。
それに、これからは念願のお品を選びにいくのだ。バアルさんとのお揃いになるのは、指輪になるのはまだ先だけどさ。
「左様でございましたか……」
銀糸のように美しい睫毛を伏せる彼は、あからさまに残念そうだ。
弾みかけていた声が小さくなり、揺れていた触覚は力なく下がっていく。大きく広がり、はためいていた羽もだ。見る影もない。しょぼしょぼと縮んでしまっていた。
財布を取り出そうとしていたんだろう。懐まで伸びていたけれど行き場を失った指先が、左胸で輝くオレンジのヒマワリを優しく撫でている。
気がつけば俺は口を開いていた。
「……俺、今スゴく幸せですよ」
「……アオイ様」
「とびきりの贈り物は、さっき頂きましたし……今からは……ふ、夫婦の証も……それに、俺、バアルさんが居てくれるだけで……ひょわっ」
馴染みのあるハーブの香りが鼻を擽ったかと思えば、抱き締められていた。
ここは人気のない細道でも、二人っきりになれる個室でもないのに。弁えないといけないのに。
うっかり広い背に腕を回しかけていた自分に待ったをかける。崩壊寸前の理性を総動員して、分厚い胸板を押し返そうとしたが、叶わなかった。
身体はもう屈していたのだ。心の方も、寸前だが。
それもそうだ。嬉しくて仕方がないんだから。俺だって、出来ることなら四六時中、バアルさんとくっついていたんだから。
とにかく俺ではどうしようもない。彼の方から離していただかなければ。スゴく心苦しいし、目茶苦茶名残惜しいが。
「バアルさん……」
「申し訳ございません……どうか御慈悲を……今暫くの間だけで構いませんので」
「はぃ……どうぞ、お好きなだけ……」
圧倒的に弱すぎる。俺の意志が。
いやでも仕方がないって。好きな人から寂しそうな声でお願いされたんだぞ? 好きにして下さいってなるだろう、普通。うん、これは仕方がない。仕方がないんだ。
苦し紛れな言い訳を頭の中で並べながら、俺は頼もしい背中に腕を回した。そして、ここぞとばかりに逞しい胸板に頬を寄せた。チラホラと周りから感じる微笑ましげな視線、背中が擽ったくなるそれらに気づかないフリをして。
「いえ」
「ば、バアルしゃんも、カッコいいでひゅっ」
「ありがとうございます、誠に嬉しく存じます」
お礼でひと噛み、お返しでふた噛み。だらしなく緩みまくっている口のせいだ。まったくもってスマートさの欠片もない。
それでもホントに嬉しそうに、バアルさんは微笑んでくれた。穏やかに綻んだ口元にたくわえた、清潔感漂う白いお髭が渋くてカッコいい。
引き締まった長い腕が、俺の腰を抱き寄せる。白い石で舗装された道。見た目はツルツルしているけれども、滑ることなく歩きやすい歩道を、彼が再びエスコートしてくれる。
歩幅の狭い俺に合わせてくれるバアルさん。薄灰色のズボンを纏う、スラリと伸びた長い足が踏み出す度に、同色のコートがひらひら舞う。夏の青空を思わせる爽やかな裏地が、チラチラ覗く。
服越しでも分かる、鍛え上げられ体躯。盛り上がるところは盛り上がり、引き締まるところは引き締まった長身を少し屈めて、バアルさんが尋ねた。
「ところで、何かお気に召したものはこざいましたか? どうか、ご遠慮なさらないで下さいね」
「えっと……特には」
見ていただけで、欲しくはない。そもそも今日はすでに彼からもらっているし。ショーウインドウに並ぶキラキラな品々が全て霞んでしまう、素敵な贈り物を。
少し視線を下げただけで、視界に入ってくれる淡い輝き。見つめるだけで、ニヤけそうになってしまう。彼の瞳にそっくりな鮮やかな緑のバラを。
それに、これからは念願のお品を選びにいくのだ。バアルさんとのお揃いになるのは、指輪になるのはまだ先だけどさ。
「左様でございましたか……」
銀糸のように美しい睫毛を伏せる彼は、あからさまに残念そうだ。
弾みかけていた声が小さくなり、揺れていた触覚は力なく下がっていく。大きく広がり、はためいていた羽もだ。見る影もない。しょぼしょぼと縮んでしまっていた。
財布を取り出そうとしていたんだろう。懐まで伸びていたけれど行き場を失った指先が、左胸で輝くオレンジのヒマワリを優しく撫でている。
気がつけば俺は口を開いていた。
「……俺、今スゴく幸せですよ」
「……アオイ様」
「とびきりの贈り物は、さっき頂きましたし……今からは……ふ、夫婦の証も……それに、俺、バアルさんが居てくれるだけで……ひょわっ」
馴染みのあるハーブの香りが鼻を擽ったかと思えば、抱き締められていた。
ここは人気のない細道でも、二人っきりになれる個室でもないのに。弁えないといけないのに。
うっかり広い背に腕を回しかけていた自分に待ったをかける。崩壊寸前の理性を総動員して、分厚い胸板を押し返そうとしたが、叶わなかった。
身体はもう屈していたのだ。心の方も、寸前だが。
それもそうだ。嬉しくて仕方がないんだから。俺だって、出来ることなら四六時中、バアルさんとくっついていたんだから。
とにかく俺ではどうしようもない。彼の方から離していただかなければ。スゴく心苦しいし、目茶苦茶名残惜しいが。
「バアルさん……」
「申し訳ございません……どうか御慈悲を……今暫くの間だけで構いませんので」
「はぃ……どうぞ、お好きなだけ……」
圧倒的に弱すぎる。俺の意志が。
いやでも仕方がないって。好きな人から寂しそうな声でお願いされたんだぞ? 好きにして下さいってなるだろう、普通。うん、これは仕方がない。仕方がないんだ。
苦し紛れな言い訳を頭の中で並べながら、俺は頼もしい背中に腕を回した。そして、ここぞとばかりに逞しい胸板に頬を寄せた。チラホラと周りから感じる微笑ましげな視線、背中が擽ったくなるそれらに気づかないフリをして。
52
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる