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圧倒的に弱すぎる、俺の意志が

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「あ、ありがとうございまひゅ……」

「いえ」

「ば、バアルしゃんも、カッコいいでひゅっ」

「ありがとうございます、誠に嬉しく存じます」

 お礼でひと噛み、お返しでふた噛み。だらしなく緩みまくっている口のせいだ。まったくもってスマートさの欠片もない。

 それでもホントに嬉しそうに、バアルさんは微笑んでくれた。穏やかに綻んだ口元にたくわえた、清潔感漂う白いお髭が渋くてカッコいい。

 引き締まった長い腕が、俺の腰を抱き寄せる。白い石で舗装された道。見た目はツルツルしているけれども、滑ることなく歩きやすい歩道を、彼が再びエスコートしてくれる。

 歩幅の狭い俺に合わせてくれるバアルさん。薄灰色のズボンを纏う、スラリと伸びた長い足が踏み出す度に、同色のコートがひらひら舞う。夏の青空を思わせる爽やかな裏地が、チラチラ覗く。

 服越しでも分かる、鍛え上げられ体躯。盛り上がるところは盛り上がり、引き締まるところは引き締まった長身を少し屈めて、バアルさんが尋ねた。

「ところで、何かお気に召したものはこざいましたか? どうか、ご遠慮なさらないで下さいね」

「えっと……特には」

 見ていただけで、欲しくはない。そもそも今日はすでに彼からもらっているし。ショーウインドウに並ぶキラキラな品々が全て霞んでしまう、素敵な贈り物を。

 少し視線を下げただけで、視界に入ってくれる淡い輝き。見つめるだけで、ニヤけそうになってしまう。彼の瞳にそっくりな鮮やかな緑のバラを。

 それに、これからは念願のお品を選びにいくのだ。バアルさんとのお揃いになるのは、指輪になるのはまだ先だけどさ。

「左様でございましたか……」

 銀糸のように美しい睫毛を伏せる彼は、あからさまに残念そうだ。

 弾みかけていた声が小さくなり、揺れていた触覚は力なく下がっていく。大きく広がり、はためいていた羽もだ。見る影もない。しょぼしょぼと縮んでしまっていた。

 財布を取り出そうとしていたんだろう。懐まで伸びていたけれど行き場を失った指先が、左胸で輝くオレンジのヒマワリを優しく撫でている。

 気がつけば俺は口を開いていた。

「……俺、今スゴく幸せですよ」

「……アオイ様」

「とびきりの贈り物は、さっき頂きましたし……今からは……ふ、夫婦の証も……それに、俺、バアルさんが居てくれるだけで……ひょわっ」

 馴染みのあるハーブの香りが鼻を擽ったかと思えば、抱き締められていた。

 ここは人気のない細道でも、二人っきりになれる個室でもないのに。弁えないといけないのに。

 うっかり広い背に腕を回しかけていた自分に待ったをかける。崩壊寸前の理性を総動員して、分厚い胸板を押し返そうとしたが、叶わなかった。

 身体はもう屈していたのだ。心の方も、寸前だが。

 それもそうだ。嬉しくて仕方がないんだから。俺だって、出来ることなら四六時中、バアルさんとくっついていたんだから。

 とにかく俺ではどうしようもない。彼の方から離していただかなければ。スゴく心苦しいし、目茶苦茶名残惜しいが。

「バアルさん……」

「申し訳ございません……どうか御慈悲を……今暫くの間だけで構いませんので」

「はぃ……どうぞ、お好きなだけ……」

 圧倒的に弱すぎる。俺の意志が。

 いやでも仕方がないって。好きな人から寂しそうな声でお願いされたんだぞ? 好きにして下さいってなるだろう、普通。うん、これは仕方がない。仕方がないんだ。

 苦し紛れな言い訳を頭の中で並べながら、俺は頼もしい背中に腕を回した。そして、ここぞとばかりに逞しい胸板に頬を寄せた。チラホラと周りから感じる微笑ましげな視線、背中が擽ったくなるそれらに気づかないフリをして。
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