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あふれる想いが咲き誇る

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 俺のやりたいことが、やろうとしていることが伝わったんだろう。少し落ち着きかけていた視界が、再び賑やかになっていく。

 先がくるりと反った細く長い触覚は、ぶんぶん揺れ始め、磨き上げられたガラスのような光沢を帯びる羽も、風を切るようにはためき出す。

 心地のいい波音のように穏やかな声も、分かりやすく弾んでいた。俺の手を、両手で包み込むようにぎゅっと握りながら、緑の瞳を輝かせた。

「っ……そ、それは勿論でございます。私がお教え致します。いえ、是非お教えさせて下さい。今から」

「ふふ、はい。よろしくお願いします」

 そんなこんなで始まった、青空……いや、星空教室。すっかり先生の顔になったバアルさんが、横抱きにしていた俺を隣へ座らせる。

 手伝ってくれるんだろうか、俺の手を握ってくれた。

「まずは、いつも通りに魔力を練って下さい」

「はい」

 集中しやすいように、目を閉じる。

 これくらいはお茶の子さいさいだ。まだまだ術士としてはペーペーで、初歩の術ですらスマートに使いこなせない俺でも。

 それもこれもヨミ様からいただいている内職のお陰。クズ石に魔力を込めるバイトという名の、毎日行っている鍛錬の賜物だ。

 あっさりこなした俺の身体には変化が訪れていた。丁度お腹の辺りが、じわじわ熱くなっていくのを感じる。練った魔力が渦巻いているんだろう。

 ぼんやりとしか分からない俺と違って、バアルさんには魔力の流れがハッキリ見えているんだろう。うんうんと頷きながら微笑んだ。

「……宜しいですよ。では次に、胸元へと魔力を移動させて下さい」

「はい……」

 渦巻く熱が胸の方へと流れていく様子を思い浮かべ、念じてみる。すると、その通りに流れが移動していく。じわじわと、ゆっくりだけど。

「……こう、ですか?」

「ええ、完璧でございます」

 移動し終え、今度は胸元で魔力がぐるぐるし始めた頃、繋いだ手に力が込められた。

「では、そのまま思い浮かべて下さい。心の中で、強く想って下さい。貴方様が花を捧げたい……大事な人のことを」

 続けて彼が口にした呟き。独り言のような囁きは、微かな吐息に掻き消されるほど小さかった。でも、俺の耳には不思議としっかり届いたんだ。

「…………私めの、ことを」

 弾かれるように開いた俺の視界に、驚いたような表情のバアルさんが映る。銀糸のように美しい睫毛を伏せた彼の頬は、ほんのり色づいていた。

 大きく跳ねた鼓動を合図にしたかのように、渦巻く魔力よりも熱い何かが湧き上がってくる。

 あふれてきたんだ。バアルさんのことが大好きだって、ずっと彼の側に居たいって。

 目の奥が熱くなっていく。いや、それどころじゃない。繋いだ手も、足の爪先も、頭の芯も、身体の至るところが熱くて熱くて仕方がない。

 でも、不思議だ。全身がおかしくなってしまっているのに、苦しいとか、辛いとか、一切感じなかったんだ。むしろ。

 ……嬉しい……

 そうだ。俺は今、幸せを感じている。泣きたくなるような、喜びを。

 理解した途端だった。俺の胸元に淡い光が灯った。

 最初は小さな小さな瞬きだった。けれども、そのオレンジの輝きは、どんどん力強さを増していった。俺の身体が帯びていた熱を、バアルさんへの想いを力に変えていくかのように。

 不意に蘇ってきたバアルさんとの日々。色鮮やかで喜びに満ちた毎日が、頭の中を巡っていく。

 外に怯える俺の手を取り、ダンスの楽しさを教えてくれた彼。初めてづくしな俺の焼き菓子を、料理を美味しいって、嬉しそうに食べてくれた彼。好きだって、愛しているって何度も俺に伝えてくれた彼。

 穏やかな彼の微笑みが、優しい手の温もりが、安心するハーブの匂いが、落ち着く心音が、俺を満たしてくれる全てが眩い輝きへと変わっていく。

 集まり、煌めき、そうして、ついに咲き誇った。

 小さいけれども夕日のように鮮やかな、オレンジ色のヒマワリ。色も形もバアルさんのものとは違う。でも、ちゃんと花開いていたんだ。俺が大事な人に、バアルさんに捧げる魔力の花が。

「……やった! 出来ましたよっ! バアルさん!」

「っ……え、ええ……大変、よく……出来ましたね……」

 バアルさんの声は、震えていた。頭をよしよしと褒めてくれている、ひと回り大きな手も。

 喜びに満ちた眼差し。ゆるりと細められた緑の煌めきが、透明な涙の膜に覆われてキラキラと揺れている。

 ……伝えないと。花だけじゃなくて、言葉でも。

「……バアルさん」

「……はい、アオイ様」

「俺、バアルさんのことが大好きです…………バアルを愛してる」

 僅かに見開いた瞳が、また少し揺れた。

「……アオイ」

 彼と重ねた手のひらが熱い。激しく高鳴る鼓動までもが伝わってしまいそう。

 乾いて震える唇を、少し噛む。小さく息を整えてから、あふれる想いを言葉に乗せた。

「……ずっと、一緒に居て欲しい……俺の隣で笑っていて欲しいんです。俺の気持ち、受け取って……くれますか?」

 差し出したオレンジの輝き。そっと手を離されたかと思えば、俺の手ごと両手で受け取ってもらえた。

「ええ、ええ……」

 噛み締めるように頷く彼の頬を、あふれた雫が静かに伝っていく。どちらともなく額を寄せた俺達を、オレンジと緑の輝きが優しく照らしていた。
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