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見栄をはらないで、カッコつけなくてどうするってんだ

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 乱れた息が整うのには、時間がかかった。はしゃぎっぱなしの心音が落ち着くのも。

 数歩進んだ先にある、屋台ひしめく大通りの賑わいとは、打って変わって静かな二人っきりの小道。ほんのり冷たい空気が撫でていく度に、唇が疼いた。何度も彼と触れ合ったからだろう。まだ大好きな温もりが残っている気がする。

 まぁ、俺が悪いんですけどね。自分から「一回だけ、ですからね」とか言っておきながら、気がつけば「もっと」と強請っていた俺の。

 いまだに熱を持つ俺の頬を、大きく白い手がゆったり撫でてくれている。薄暗いせいで、少し見上げた先にある彼の表情は読み取れない。でも分かる。ご機嫌そうだなって。

 なんせ音が賑やかだ。スラリと伸びた彼の背を飾る半透明な羽。大きく広がったそれらが、ひっきりなしにパタパタはためいているんだから。

「あの……バアルさん。ホントに俺、変な顔になってませんか?」

 再び大通りへ戻る前の、何度目かの確認。別に俺が自意識過剰という訳ではない。そもそも行き交う人々の視線は全部、バアルさんが独り占めにするからな。

 とはいえ、素敵な彼の隣を歩くのだ。そして、今日は久々の城下町デートなのだ。ゆるっゆるに表情筋が溶けた、だらしのない顔を晒し続けるのは勘弁願いたい。

 頭の片隅から、今更でわ? とか、もうすでに散々晒してるのでわ? とか聞こえてきたような気がするけれど、無視だ無視。

 せっかくバアルさんが俺のことを「カッコいい」って思ってくれていることが判明したのだ。見栄をはらないで、カッコつけなくてどうするってんだ。

 俺的に、精一杯顔を引き締めてから、バアルさんみたく緩やかに口角を上げてみる。キマっただろうか。少しくらい。

 撫でてくれていた手が止まってしまった。俺の腰を抱いていた方の手が離れていったかと思えば、頬の方へと参戦した。両手で優しく包み込むように触れてくれながら、バアルさんが鍛え上げられた長身を屈めていく。

 軽く後ろに撫でつけている白く艷やかな髪が、さらりと優しい目元を、目尻に刻まれた色っぽい大人なシワを、撫でていく。

 生え際辺りに生えている細く長い触覚を弾ませ、額を、高い鼻先を、ちょこんと俺のとくっつけてきた。そのまま擦り寄せ、甘えてくれるバアルさん。彼から漂う優しいハーブの香り。唇に感じる熱い吐息。

 ……困ってしまう。また、心臓が煩くなっちゃったじゃないか。ようやく落ち着きかけてたってのに……嬉しいけど。

 ふと視線が絡んだ。銀糸のように美しい睫毛が縁取る緑の瞳。若葉を思わせる鮮やかな煌めきが、ゆるりと微笑む。

「大丈夫ですよ、アオイ様」

「……ニヤけちゃったり、してません?」

「はい。誠に凛々しくもあり、お可愛らしいですよ。カッコいいです」

 強烈過ぎた。穏やかに微笑む彼が、何の気なしに放った二の矢は。

「……そ、そう、ですか」

 ただでさえ、さっきの大サービスなスキンシップで頭がふわふわしかけてたってのに。もう、崩壊寸前だ。イヤでもニヤけてしまいかけているのが分かる。

 だって、仕方がないだろう? 大好きな彼から完璧なタイミングで、俺が欲しくて堪らなかった言葉をもらえたんだからさ。

 俺にとっては、十分心満たされる形容詞だった。でも、彼にとってはまだまだ序の口だったらしい。
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