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俺が守りますからね
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こちらでも彼の体質は絶好調。振り向けば行列が出来ていた。俺達のお饅頭が蒸し上がるまで、そんなに時間はかからなかったハズなんだが。
ホクホク顔のおじさんから手渡された紙袋は、俺の手のひらサイズの饅頭二つだけにしては大き過ぎた。シュッとしたバアルさんの顔なんて、あっさり隠れてしまう。
「あの、此方は……」
「いいから、いいから! 持ってっておくれよ!」
押しつけるような形で渡されて「また来ておくれよ!」と満面の笑顔を頂いた。
おじさんの視線は、すでに俺達から別のお客さん達へ。快活な声を上げながら、蒸したての饅頭を次々と袋に詰め、数枚の銀貨と交換している。
「えっと、行きましょうか」
せっかく繁盛しているのだ。邪魔する訳にはいかない。
バアルさんも同じ気持ちなんだろう。ちょっぴり複雑そうに凛々しい眉を下げてはいるものの、小さく頷いた。
その後も、気になる屋台を訪れる度「サービスだから」とか「ほんの気持ちだよ」とか。似たような言葉と共に、図らずもお土産は増えていった。
イチゴ、皮つきのぶどう、半月形に切られたキウイ、パイナップル。艷やかなコーティングがされた果物が、長い串にいくつも刺さったフルーツ飴。
ふわふわ焼き立てなパン。その間に、はみ出すくらいたっぷり挟まれた、スライスされた赤身のお肉が魅力的なサンドイッチ。
それぞれ頼んだ分にプラスアルファ、いや数倍になって渡されてしまったんだ。ここまでくると、申し訳無さを通り超えて心配になってくる。バアルさんの魔性の魅力が。
屋台の方々からしたら、バアルさんが引き寄せたことで出来た行列のお礼なんだろう。それは、まだいい。頂いた分、お城の皆さんに美味しいですよって宣伝すればいいし。
でも、こちらは見過ごせない。
ずっとチラホラ感じている熱い視線。一つは左前から、もう一つは右後方から。バアルさんに引き寄せられている方々が、声をかけたそうに彼をうっとり見つめている。
今のところ何とか事なきを得ている。ただ見惚れているだけだったり、俺が少し目を離している間に何故か忽然と居なくなっていたり。
一応、俺でも抑止力にはなっているんだろうか? 声をかけにくかったりするのかな? 彼の腕に抱きついてるだけなんだけどさ。
ふと見上げたタイミングで柔らかい眼差しと交わる。俺を映す緑の瞳が、ゆるりと細められた。
「……俺が守りますからね」
気がつけば、心の中の決意が口をついて出てしまっていた。
「……はい?」
白い睫毛が瞬いて、優しい瞳がきょとんと丸くなる。そりゃそうだ。なんの脈絡もなかったからな。
とはいえ、言ってしまったんだ。止める訳にはいかない。誤魔化す訳にも。バアルさんだって歩みを緩め、俺の続きを待ってくれているんだからさ。
繋いだ手に力を込めて口を開く。俺を見つめ続けている緑の煌めきが、水面のように揺れて見えた。
「その……バアルさんが、どんなにカッコいい方や、可愛い方から声をかけられたとしても、俺が守りますから……バアルさんの、お、奥さんとして」
またしても、うっかりしていた。「将来の」をつけ忘れてしまっていた。
ま、まぁ、些細な問題だろう。近い内には、してもらえるんだしさ。
薄く開いていた唇が、きゅっと引き結ばれたかと思えば花が咲くようにふわりと綻んでいく。
「ありがとうございます。ですが……そのようなご心配は不要かと」
「へ?」
「私が、何よりカッコイイと思っております御方は、アオイ様でございますので」
「……え?」
……カッコいい? 今、カッコいいって言ってくれたのか? 可愛いじゃなくて?
耳慣れないお褒めの言葉が、頭の中で響き続けている。思考どころか足も止まりそうになってしまう。
バアルさんから可愛いと言われるのはイヤじゃない。スゴく嬉しい。だって、好きな人から褒めてもらえているんだ。むしろ、どんな言葉だって。
でも、俺だって男だ。そんでもって欲張りな男だ。つまりは、カッコいいとも思われたい訳で。
だから、少しでもそう思って欲しくて、ずっと頑張ってきた。俺が一番カッコいいと思っている、バアルさんの真似をして。その努力が実っていたんだろうか?
「ば、バアルさん……俺のこと……か、カッコイイって思ってくれてたんですか?」
絡めて繋いでいる指先が、擦り寄るように俺の指を撫でてくれる。宝石のように美しい瞳が、うっとり微笑んだ。
「はい。初めてお会いした時から、ずっと」
「ふぇ……」
まさかだった。するよりも前から実っていたなんて。
周回遅れでやってきた喜びの波が、じわじわと全身に広がっていく。頭の中に、ぽんぽんお花が咲き乱れていく。
一気に暴れ出した鼓動が、行き交う人々の賑わいを掻き消した。もはや俺の目に映るのは、バアルさんの笑顔だけ。
「因みに、可愛らしいと美しいのナンバーワンにも貴方様が君臨しております」
「ひょわ……」
すっかり棒立ちになってしまっていた俺の腰を抱く、筋肉質な腕に力が込められる。
なかば抱えるように連れられた、屋台が並ぶ大通りから外れた小道。肩を寄せ合えば、ギリギリ二人並んで歩ける道幅のそこは、森の奥のような静けさに満ちていた。数歩戻れば、熱気と活気に満ちた市場があるとは思えないくらいに。
ひんやりとした空気が熱い頬を撫でていく。大通りから隠すように向き直った長身が、俺の顔に影を落とした。
「……バアル、さん?」
ホクホク顔のおじさんから手渡された紙袋は、俺の手のひらサイズの饅頭二つだけにしては大き過ぎた。シュッとしたバアルさんの顔なんて、あっさり隠れてしまう。
「あの、此方は……」
「いいから、いいから! 持ってっておくれよ!」
押しつけるような形で渡されて「また来ておくれよ!」と満面の笑顔を頂いた。
おじさんの視線は、すでに俺達から別のお客さん達へ。快活な声を上げながら、蒸したての饅頭を次々と袋に詰め、数枚の銀貨と交換している。
「えっと、行きましょうか」
せっかく繁盛しているのだ。邪魔する訳にはいかない。
バアルさんも同じ気持ちなんだろう。ちょっぴり複雑そうに凛々しい眉を下げてはいるものの、小さく頷いた。
その後も、気になる屋台を訪れる度「サービスだから」とか「ほんの気持ちだよ」とか。似たような言葉と共に、図らずもお土産は増えていった。
イチゴ、皮つきのぶどう、半月形に切られたキウイ、パイナップル。艷やかなコーティングがされた果物が、長い串にいくつも刺さったフルーツ飴。
ふわふわ焼き立てなパン。その間に、はみ出すくらいたっぷり挟まれた、スライスされた赤身のお肉が魅力的なサンドイッチ。
それぞれ頼んだ分にプラスアルファ、いや数倍になって渡されてしまったんだ。ここまでくると、申し訳無さを通り超えて心配になってくる。バアルさんの魔性の魅力が。
屋台の方々からしたら、バアルさんが引き寄せたことで出来た行列のお礼なんだろう。それは、まだいい。頂いた分、お城の皆さんに美味しいですよって宣伝すればいいし。
でも、こちらは見過ごせない。
ずっとチラホラ感じている熱い視線。一つは左前から、もう一つは右後方から。バアルさんに引き寄せられている方々が、声をかけたそうに彼をうっとり見つめている。
今のところ何とか事なきを得ている。ただ見惚れているだけだったり、俺が少し目を離している間に何故か忽然と居なくなっていたり。
一応、俺でも抑止力にはなっているんだろうか? 声をかけにくかったりするのかな? 彼の腕に抱きついてるだけなんだけどさ。
ふと見上げたタイミングで柔らかい眼差しと交わる。俺を映す緑の瞳が、ゆるりと細められた。
「……俺が守りますからね」
気がつけば、心の中の決意が口をついて出てしまっていた。
「……はい?」
白い睫毛が瞬いて、優しい瞳がきょとんと丸くなる。そりゃそうだ。なんの脈絡もなかったからな。
とはいえ、言ってしまったんだ。止める訳にはいかない。誤魔化す訳にも。バアルさんだって歩みを緩め、俺の続きを待ってくれているんだからさ。
繋いだ手に力を込めて口を開く。俺を見つめ続けている緑の煌めきが、水面のように揺れて見えた。
「その……バアルさんが、どんなにカッコいい方や、可愛い方から声をかけられたとしても、俺が守りますから……バアルさんの、お、奥さんとして」
またしても、うっかりしていた。「将来の」をつけ忘れてしまっていた。
ま、まぁ、些細な問題だろう。近い内には、してもらえるんだしさ。
薄く開いていた唇が、きゅっと引き結ばれたかと思えば花が咲くようにふわりと綻んでいく。
「ありがとうございます。ですが……そのようなご心配は不要かと」
「へ?」
「私が、何よりカッコイイと思っております御方は、アオイ様でございますので」
「……え?」
……カッコいい? 今、カッコいいって言ってくれたのか? 可愛いじゃなくて?
耳慣れないお褒めの言葉が、頭の中で響き続けている。思考どころか足も止まりそうになってしまう。
バアルさんから可愛いと言われるのはイヤじゃない。スゴく嬉しい。だって、好きな人から褒めてもらえているんだ。むしろ、どんな言葉だって。
でも、俺だって男だ。そんでもって欲張りな男だ。つまりは、カッコいいとも思われたい訳で。
だから、少しでもそう思って欲しくて、ずっと頑張ってきた。俺が一番カッコいいと思っている、バアルさんの真似をして。その努力が実っていたんだろうか?
「ば、バアルさん……俺のこと……か、カッコイイって思ってくれてたんですか?」
絡めて繋いでいる指先が、擦り寄るように俺の指を撫でてくれる。宝石のように美しい瞳が、うっとり微笑んだ。
「はい。初めてお会いした時から、ずっと」
「ふぇ……」
まさかだった。するよりも前から実っていたなんて。
周回遅れでやってきた喜びの波が、じわじわと全身に広がっていく。頭の中に、ぽんぽんお花が咲き乱れていく。
一気に暴れ出した鼓動が、行き交う人々の賑わいを掻き消した。もはや俺の目に映るのは、バアルさんの笑顔だけ。
「因みに、可愛らしいと美しいのナンバーワンにも貴方様が君臨しております」
「ひょわ……」
すっかり棒立ちになってしまっていた俺の腰を抱く、筋肉質な腕に力が込められる。
なかば抱えるように連れられた、屋台が並ぶ大通りから外れた小道。肩を寄せ合えば、ギリギリ二人並んで歩ける道幅のそこは、森の奥のような静けさに満ちていた。数歩戻れば、熱気と活気に満ちた市場があるとは思えないくらいに。
ひんやりとした空気が熱い頬を撫でていく。大通りから隠すように向き直った長身が、俺の顔に影を落とした。
「……バアル、さん?」
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