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残念なことに、まだまだ先のようだ
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ふわふわと弾んでいた触覚が、ぴょこんと跳ねる。
「アオイ様、あちらにヨミ様とサタン様のおまんじゅうがあるようですよ」
少し先にある黒いのぼりを指差すバアルさん。あちらでございます、と穏やかな波音のような調子は崩さないものの、すでに滲み出ていらっしゃる。全身からウキウキ感が。
俺とのぼりとを交互に見つめる眼差しは、キラっキラ。おもちゃ屋さんのショーウインドウを、熱心に眺めるお子様のようだ。
触覚はぶんぶん揺れてるし、羽もパっタパタ。ホントに大好きなんだろうな。お二人のことが。
今にも駆け出したくて堪らなそうなのに、また遠慮しているんだろう。俺の言葉をじっと待ってくれている。
いや、もしかしてこれが精一杯……なのかな。自分よりも、大切な誰かのことを常に優先にしてきた彼なりの甘え方なのかもしれない。
途端に胸の辺りがほっこりして、頬がだらしなく緩んでしまう。
「じゃあ、今度はその屋台に行きましょうか」
「はい」
彫りの深い顔が、ぱぁっと輝く。俺を導いてくれる、丁寧なエスコートは変わらない。けれども、一直線に屋台を目指す足取りは、スキップでもしているみたいに軽やかだ。
かわいい。何だか、幼く見えてしまうな。大人なシワを刻んだ横顔は、変わらず渋くてカッコいいんだけどさ。
「いらっしゃい!」
額の真ん中に角を生やしたおじさんが、厳つい両腕を広げて俺達を出迎える。立派なもみあげと髭が繋がっていてワイルドだ。
おじさんの横に高く積まれた大きなせいろからは、白い湯気と一緒に甘い香りが漂っていた。
「まずは、見た目の形と、餡の種類を選んでおくれ」
笑顔の形で大きく開いた口からは、太い牙が覗く。鋭い爪で、ちょん、ちょんとメニュー表を指し示した。
形は二種類。グッズのお人形と同じだ。赤い瞳を細め、不敵に笑うヨミ様。そして、仏様のような笑みを浮かべるサタン様。お二人のお顔が饅頭になっている。
コンビニでよく見かけた、ゲームやアニメとのコラボ肉まんみたいだ。お揃いの鋭い角や、ヨミ様の長い黒髪に切れ長の瞳、サタン様のふさふさなお髭。お二人の特徴を残したままデフォルメされていて、可愛らしい。
「形はヨミ様とサタン様、一つずつでいいですよね?」
「はい。中身はいかが致しましょうか? 黒餡、白餡、カスタード。それから、チョコレートがあるようですが」
饅頭といえば餡こ。特に黒餡ばかりを選んできた俺だ。でも、やっぱり惹かれてしまう。大好きなチョコレート味に。
「うーん……じゃあ、俺はチョコにします。バアルさんは、何にしますか?」
「では、私は黒餡に致します」
全く……また、この人は。
いや、単に俺が分かりやすいだけなのかもしれないけどさ。
心の中で呟きつつも、顔が緩みそうになってしまう。胸が高鳴ってしまうのを抑えられない。
彼の心遣いはスゴく嬉しい。でも、ちゃんと御自身の好きを優先して欲しいんだけどな。
柔らかく微笑みながら、俺の肩を抱き寄せてくれる彼を見上げる。
「……バアルさん」
「私が食べたいのです。宜しいでしょう?」
しまった。先手を打たれてしまった。そう言われてしまえば頷くより他はない。
ホントに黒餡を食べたかっただけかもしれないし。たまたま、俺が迷ってた方と被っただけかもしれないし。上手く丸め込まれただけのような気もするけれど。
「……よろしい、です」
整えられた白い髭がくすくす揺れ、尖った喉仏が震える。
注文を終え、代金を支払ってから、大きな手が髪の毛を梳くように俺の頭を撫でてくれる。
「ふふ、半分こに致しましょうね」
「……はい、ありがとうございます」
やっぱり、丸め込まれただけな気がするな。
残念なことに、まだまだ先のようだ。俺がバアルさんを、とびきり甘やかせるようになるには。
「アオイ様、あちらにヨミ様とサタン様のおまんじゅうがあるようですよ」
少し先にある黒いのぼりを指差すバアルさん。あちらでございます、と穏やかな波音のような調子は崩さないものの、すでに滲み出ていらっしゃる。全身からウキウキ感が。
俺とのぼりとを交互に見つめる眼差しは、キラっキラ。おもちゃ屋さんのショーウインドウを、熱心に眺めるお子様のようだ。
触覚はぶんぶん揺れてるし、羽もパっタパタ。ホントに大好きなんだろうな。お二人のことが。
今にも駆け出したくて堪らなそうなのに、また遠慮しているんだろう。俺の言葉をじっと待ってくれている。
いや、もしかしてこれが精一杯……なのかな。自分よりも、大切な誰かのことを常に優先にしてきた彼なりの甘え方なのかもしれない。
途端に胸の辺りがほっこりして、頬がだらしなく緩んでしまう。
「じゃあ、今度はその屋台に行きましょうか」
「はい」
彫りの深い顔が、ぱぁっと輝く。俺を導いてくれる、丁寧なエスコートは変わらない。けれども、一直線に屋台を目指す足取りは、スキップでもしているみたいに軽やかだ。
かわいい。何だか、幼く見えてしまうな。大人なシワを刻んだ横顔は、変わらず渋くてカッコいいんだけどさ。
「いらっしゃい!」
額の真ん中に角を生やしたおじさんが、厳つい両腕を広げて俺達を出迎える。立派なもみあげと髭が繋がっていてワイルドだ。
おじさんの横に高く積まれた大きなせいろからは、白い湯気と一緒に甘い香りが漂っていた。
「まずは、見た目の形と、餡の種類を選んでおくれ」
笑顔の形で大きく開いた口からは、太い牙が覗く。鋭い爪で、ちょん、ちょんとメニュー表を指し示した。
形は二種類。グッズのお人形と同じだ。赤い瞳を細め、不敵に笑うヨミ様。そして、仏様のような笑みを浮かべるサタン様。お二人のお顔が饅頭になっている。
コンビニでよく見かけた、ゲームやアニメとのコラボ肉まんみたいだ。お揃いの鋭い角や、ヨミ様の長い黒髪に切れ長の瞳、サタン様のふさふさなお髭。お二人の特徴を残したままデフォルメされていて、可愛らしい。
「形はヨミ様とサタン様、一つずつでいいですよね?」
「はい。中身はいかが致しましょうか? 黒餡、白餡、カスタード。それから、チョコレートがあるようですが」
饅頭といえば餡こ。特に黒餡ばかりを選んできた俺だ。でも、やっぱり惹かれてしまう。大好きなチョコレート味に。
「うーん……じゃあ、俺はチョコにします。バアルさんは、何にしますか?」
「では、私は黒餡に致します」
全く……また、この人は。
いや、単に俺が分かりやすいだけなのかもしれないけどさ。
心の中で呟きつつも、顔が緩みそうになってしまう。胸が高鳴ってしまうのを抑えられない。
彼の心遣いはスゴく嬉しい。でも、ちゃんと御自身の好きを優先して欲しいんだけどな。
柔らかく微笑みながら、俺の肩を抱き寄せてくれる彼を見上げる。
「……バアルさん」
「私が食べたいのです。宜しいでしょう?」
しまった。先手を打たれてしまった。そう言われてしまえば頷くより他はない。
ホントに黒餡を食べたかっただけかもしれないし。たまたま、俺が迷ってた方と被っただけかもしれないし。上手く丸め込まれただけのような気もするけれど。
「……よろしい、です」
整えられた白い髭がくすくす揺れ、尖った喉仏が震える。
注文を終え、代金を支払ってから、大きな手が髪の毛を梳くように俺の頭を撫でてくれる。
「ふふ、半分こに致しましょうね」
「……はい、ありがとうございます」
やっぱり、丸め込まれただけな気がするな。
残念なことに、まだまだ先のようだ。俺がバアルさんを、とびきり甘やかせるようになるには。
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