間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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そういう趣味でもあるのだろうか?

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 まずは緑の部分。なんの抵抗もなく掬えた氷の口溶けは雪のよう。含んだ途端に溶けていってしまう。残ったのは、甘いメロンの風味とスッキリとした冷たさだけ。

「うわっ……スゴい、ふわふわ……すぐになくなっちゃいますね。ちょっと多いかな、って思ってたけど、あっさり食べられちゃいそう」

「はい。軽い口溶けも大変美味しく存じますが、果物をそのまま味わっているような贅沢感が堪りませんね」

 赤く染まった氷を上品に口に含み、瞳を細めたバアルさん。彼の評した通り、いかにも着色料を使ってます! なシロップとは違う。果汁100%って感じだ。トッピングにも、ふんだんに果肉を使ってるのにな。

 これで銀貨五枚。五百円なんだから驚きだ。普通のシロップだけのかき氷でも二百円はしてたけどな。俺の居た世界では。

「赤は、やっぱりイチゴでしたか? 俺のはメロンでしたけど」

「ええ、どうぞ」

 流石、優しさの化身であるバアルさん。すでに準備万端だった。

 赤いところ、くれませんか? と俺が強請るよりも早く、赤い氷をキレイに盛った匙が差し出される。おまけに生クリームを添えて。

「いただきます……んっ……」

 生クリームと果物。ただでさえ相性抜群なのに、相方はショートケーキでお馴染みのイチゴだ。美味しくない訳がない。

 甘さ控えめの生クリームと、甘いんだけれど程よい酸味があるイチゴの果汁が相まって、上品なイチゴミルクをいただいている感じだ。

「甘酸っぱくて美味しいですね!」

「ええ、全く。喜んで頂けて何よりです」

 バアルさんは小さく頷いて、目尻のシワを深くした。

 メロンもいいけれど、イチゴもいい。やっぱり違うのにしてもらって正解だったな。まだまだ、あと四種類の味を二人で楽しめてしまうんだから。

「あ、俺のもどうぞ」

 お返しに俺もバニラアイスを削って乗せてから、メロンの部分を掬う。見た目は完全にクリームソーダだな。炭酸は入っていないけど。

「ありがとうございます」

 しなやかな指で、頬にかかっている艷やかな髪を耳にかけてから、小さく口を開く。

 バアルさんは、かき氷を食べているだけだ。なのに……何だかドキドキしてしまう。

 串焼きの時は、大きく開いた口から鋭い歯が覗いていて、ワイルドでカッコよかった。

 今度は真逆だ。キレイで色っぽい。伏せられた銀糸のように美しい睫毛や、目尻に刻まれた大人なシワ、清潔感のある渋いお髭も相まって。

 もしかして……俺って、そういう趣味があったのかな? 人が食べてるのを見るのが好きっていうヤツ。

 でも、グリムさんやクロウさん、ヨミ様達の時とは違うよな。俺が作ったお菓子や料理を食べてくれるのを見ていても、ほっこりするだけだし。

 そりゃあ食べてもらう前は、お口に合うかな? とか、喜んでもらえるかな? ってドキドキはするけどさ。

 いや、でも、ほっこりしている時点で好き、なのかな? そもそもお菓子作りにハマったのも、バアルさんや皆さんに喜んでもらえて嬉しかったからだし。やっぱり俺、そういう趣味が?

「……アオイ様?」

「ひゃいっ」

 しまった。完全に考えに浸ってしまっていた。目の前にいてくれている、バアルさんをそっちのけで。

 俺を見つめる緑の瞳には心配、そして寂しさが滲んでいた。弾んでいた触覚は力なく下がり、大きく広がっていた羽も弱々しく縮んでしまっている。あんなに賑やかだったのに。

「……いかがなさいましたか?」

「あ、えっと……その……」

 この期に及んで言い淀んでしまったせいだ。鮮やかな緑がますます暗く沈んでいってしまう。

 今更だろう。取り繕ってどうする。これまで散々みっともない姿を晒してきたじゃないか。彼の前で、鼻水が出てしまうくらい泣きじゃくったのだって、一回や二回じゃないだろ。

 バアルさんの寂しさを拭う方が先だろうが。

「すみません、俺、また見惚れちゃってて……それで、好きなのかなって……バアルさんが食べてるところを見るのが……」

 目を伏せた俺を待っていたのは、暫しの沈黙。たった数秒そこらだったと思うんだが、俺にはとてつもなく長く感じた。

 潤っていたハズの喉が乾いていく。熱くて仕方がない頬に、不意に触れてきた柔らかくて冷たい感触。バアルさんの白い手が、優しく撫でてくれていた。

 うっとり微笑んで、淡い光を帯びた羽をはためかせている。いつもより低く、囁やくような声は、蕩けるように甘かった。

「ふふ、大変嬉しく存じます。それほどまでにアオイ様が、私のことを愛していらっしゃるなんて……」

「……へ? そりゃあ、バアルさんのことは、俺、大好きですけど? あ、愛してますし……」

 つい、疑問形で返してしまっていた。当たり前なことを言われたもんだから。

 頼もしい幅広の肩が、僅かに跳ねる。ご機嫌そうに揺れていた触覚も。鍛え上げられた筋肉のラインがカッコいい首が、ほんのり染まっていく。

 少し顔を逸してからした咳払いが、何だか妙にわざとらしい。照れてくれているのだろうか。

「……食べている御姿がお好き、という気持ちには、その方への愛情が含まれているといいます」

「……愛情」

「ええ、私めも貴方様が美味しそうに召し上がっているご様子を、幸せそうな笑顔を拝見していると、大変心が満たされていくのを感じます故」

「バアルさんも、ですか?」

 お揃いだったのは、何もそれだけじゃなかったみたい。

「はい。アオイ様が、私のお側で嬉しそうに笑って下さると、私も大変嬉しく存じますので」

 花が咲くように微笑む彼が、輝いて見える。

 あふれてしまいそうだ。胸を満たす喜びが、彼のことが好きって気持ちが。

「ですから、また可愛らしい笑顔を見せて頂けませんか?」

 差し出されたのは、スプーンいっぱいに盛られたオレンジ。ふわりと香った甘さ以上に蕩けるように微笑む緑の瞳が、期待に揺れていた。

「は、はい! 喜んで! あ、バアルさんも俺に見せて下さいねっ!!」

「ええ、是非、お好きなだけご覧になって下さい」
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