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眩しい笑顔を、ずっと、一番近くで
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「えっと、ですね……もっとバアルさんの好きなようにして欲しいといいますか、やりたいことはやりたいって言って欲しいといいますか……頼って欲しい、といいますか……」
直球、と心に決めた割にはぐっだぐだで、ふっわふわ。全く、要領を得ていない。
「勿論、俺だけじゃなくて、ヨミ様達相手でも全然構わないんですけど……あ、でも個人的には俺に甘えてくれるとスゴく嬉しい……じゃなくて……」
おまけに自身の願望まで漏れ出てしまう始末。
言葉を重ねる度に、背中を変な汗が伝っていく。どんどん煩くなっていく鼓動のせいで、市場の明るい賑わいまで掻き消されていってしまう。
「と、とにかくっ、機会がなかったんだったら増やしていきましょう! 取り戻しましょう! これからは……俺と、皆さんと一緒に! ね?」
最後は半ば力づくでまとめ、静かに聞いてくれていた彼の手を握り締めながらゴール。
これじゃあ、余計にぽかんとさせてしまうだけじゃないか……
そんな俺の不安を一蹴するかのようだった。白く艷やかな髪と一緒に風と戯れていた触覚がふわふわ揺れ、水晶のように透き通った羽がはためく。
清潔感のある渋いお髭が素敵な口元が綻んだ。緩やかな笑みを描いている形のいい唇、花びらを重ねたような桜色が、噛み締めるように呟いた。
「……左様でございますね。今からでも遅くはありませんでしたね。私には愛する貴方様が、皆様方が居て下さるのですから」
「……バアルさん」
離しかけていた俺の手を、ひと回り大きな白い手が指を絡めて繋ぎ直す。
「では、参りましょう」
「ふぇっ」
隅っこの日陰から俺の手を引き、人々が行き交う通りへと躍り出たバアルさん。緩く後ろに撫でつけている白い髪が、大きく広がった半透明の羽が、淡い光を帯びていく。
穏やかで、耳心地のいい低音。いかなる時でも柔らかく平然とした調子を崩さない声が、無邪気に弾んでいた。鈍い俺でも分かるくらいに。
「私、あちらの屋台にございます、串焼きが大変気になります。それから、氷でしょうか? それともアイス? あちらで色鮮やかなのぼりを掲げていらっしゃる、華やかな色合いのスイーツも」
白に近い薄灰色のコートがふわりと翻り、裏地の青が広がっていく。
振り向きざまに微笑んだ瞳。優しい緑が煌めく様は、まるで満天の星空みたいで。
「ご一緒して頂けますよね?」
「はいっ」
この眩しい笑顔を、ずっと一番近くで見ていたいと。この手を絶対に離すまいと。繋いだ手に力を込めた。
まるで、ダンスを踊っているみたいだ。
ごたつく人の波から俺を庇ってくれながら、颯爽と身を躱し、導いてくれるスラリと伸びたしなやかな足。大きなコンパスを、歩幅の狭い俺に合わせてくれている彼の足取りは軽い。
紳士な振る舞いは変わらない。けれども滲み出ていらっしゃる。鍛え上げられた長身から、底抜けに明るいオーラが。
うっきうきだ。バアルさんが楽しそうで俺も嬉しい。頬がますます緩んでいくのが分かる。今でも十分、だらしのない顔になっていそうなのにさ。
「アオイ様も、何かお気に召したものがありましたら、すぐに仰って下さいね」
先端がくるりと反った、細く長い触覚をふわふわ弾ませているバアルさん。おもむろにご自身の懐へと手を差し入れたかと思えば、上品な黒い革の財布をちらつかせた。満ちあふれていらっしゃる、奢る気が。
満面な笑顔がスゴくかわいい。だからこそ曇らせたくないのだが。
「……分かりました。でも、せめて交互に奢り合いっこにしましょう? 俺だって、今日の為に頑張ってバイトして……」
「おや、私めの好きなようにして宜しいのでは? 甘えさせて下さるのでは?」
「っ……」
まさか、先程の言葉を盾にされてしまうとは。
食い気味に遮ってきた彼の表情は、確かに曇りはした。凛々しい眉を八の字に下げ、白く長い睫毛を伏せる様は、美しくも寂し気だ。縋るような声色も相まって、切なく胸を締めつけられてしまう。
……でも、これはマジのじゃない。演技のそれだ。
なんせ、このパターンは何度も経験しているからな。だから、分かってはいるのだが。
「この老骨、愛して止まないアオイ様にプレゼントさせて頂けることが、何よりの喜び、生き甲斐でございますのに……」
おまけの追撃。ゆっくり立ち止まり、目線を合わせてくれるように屈んでから、両手を弱々しく握られる。
しょんぼり見つめてくる眼差し。僅かに潤んで、煌めく鮮やかな緑は俺の心を鷲掴むどころか、強烈なストレートでブチ抜いていった。
「うぐぅ……」
KO寸前。ぐうの音しか出せていない時点でお察しのことだろう。俺は弱い、弱過ぎるのだ。バアルさんからのお願いに。
チョロいだって? 仕方がないだろう? 好きなんだからさ。俺が出来ることなら、なんだって叶えてあげたいって思うのは普通のハズだ。
「……記念のお揃いの品と……皆さんへのお土産は、俺にも出させて下さいね?」
「畏まりました」
……ああ、やっぱり。勝ち取った途端にコロリと花咲く笑顔、ぴょこんと跳ねた触覚、ぶわりと広がっていく羽。沈んでいたのがウソのような快晴ぶりだ。
それでも「かわいいな」で済んでしまうのだから、もう、どうしようもないんだろう。
直球、と心に決めた割にはぐっだぐだで、ふっわふわ。全く、要領を得ていない。
「勿論、俺だけじゃなくて、ヨミ様達相手でも全然構わないんですけど……あ、でも個人的には俺に甘えてくれるとスゴく嬉しい……じゃなくて……」
おまけに自身の願望まで漏れ出てしまう始末。
言葉を重ねる度に、背中を変な汗が伝っていく。どんどん煩くなっていく鼓動のせいで、市場の明るい賑わいまで掻き消されていってしまう。
「と、とにかくっ、機会がなかったんだったら増やしていきましょう! 取り戻しましょう! これからは……俺と、皆さんと一緒に! ね?」
最後は半ば力づくでまとめ、静かに聞いてくれていた彼の手を握り締めながらゴール。
これじゃあ、余計にぽかんとさせてしまうだけじゃないか……
そんな俺の不安を一蹴するかのようだった。白く艷やかな髪と一緒に風と戯れていた触覚がふわふわ揺れ、水晶のように透き通った羽がはためく。
清潔感のある渋いお髭が素敵な口元が綻んだ。緩やかな笑みを描いている形のいい唇、花びらを重ねたような桜色が、噛み締めるように呟いた。
「……左様でございますね。今からでも遅くはありませんでしたね。私には愛する貴方様が、皆様方が居て下さるのですから」
「……バアルさん」
離しかけていた俺の手を、ひと回り大きな白い手が指を絡めて繋ぎ直す。
「では、参りましょう」
「ふぇっ」
隅っこの日陰から俺の手を引き、人々が行き交う通りへと躍り出たバアルさん。緩く後ろに撫でつけている白い髪が、大きく広がった半透明の羽が、淡い光を帯びていく。
穏やかで、耳心地のいい低音。いかなる時でも柔らかく平然とした調子を崩さない声が、無邪気に弾んでいた。鈍い俺でも分かるくらいに。
「私、あちらの屋台にございます、串焼きが大変気になります。それから、氷でしょうか? それともアイス? あちらで色鮮やかなのぼりを掲げていらっしゃる、華やかな色合いのスイーツも」
白に近い薄灰色のコートがふわりと翻り、裏地の青が広がっていく。
振り向きざまに微笑んだ瞳。優しい緑が煌めく様は、まるで満天の星空みたいで。
「ご一緒して頂けますよね?」
「はいっ」
この眩しい笑顔を、ずっと一番近くで見ていたいと。この手を絶対に離すまいと。繋いだ手に力を込めた。
まるで、ダンスを踊っているみたいだ。
ごたつく人の波から俺を庇ってくれながら、颯爽と身を躱し、導いてくれるスラリと伸びたしなやかな足。大きなコンパスを、歩幅の狭い俺に合わせてくれている彼の足取りは軽い。
紳士な振る舞いは変わらない。けれども滲み出ていらっしゃる。鍛え上げられた長身から、底抜けに明るいオーラが。
うっきうきだ。バアルさんが楽しそうで俺も嬉しい。頬がますます緩んでいくのが分かる。今でも十分、だらしのない顔になっていそうなのにさ。
「アオイ様も、何かお気に召したものがありましたら、すぐに仰って下さいね」
先端がくるりと反った、細く長い触覚をふわふわ弾ませているバアルさん。おもむろにご自身の懐へと手を差し入れたかと思えば、上品な黒い革の財布をちらつかせた。満ちあふれていらっしゃる、奢る気が。
満面な笑顔がスゴくかわいい。だからこそ曇らせたくないのだが。
「……分かりました。でも、せめて交互に奢り合いっこにしましょう? 俺だって、今日の為に頑張ってバイトして……」
「おや、私めの好きなようにして宜しいのでは? 甘えさせて下さるのでは?」
「っ……」
まさか、先程の言葉を盾にされてしまうとは。
食い気味に遮ってきた彼の表情は、確かに曇りはした。凛々しい眉を八の字に下げ、白く長い睫毛を伏せる様は、美しくも寂し気だ。縋るような声色も相まって、切なく胸を締めつけられてしまう。
……でも、これはマジのじゃない。演技のそれだ。
なんせ、このパターンは何度も経験しているからな。だから、分かってはいるのだが。
「この老骨、愛して止まないアオイ様にプレゼントさせて頂けることが、何よりの喜び、生き甲斐でございますのに……」
おまけの追撃。ゆっくり立ち止まり、目線を合わせてくれるように屈んでから、両手を弱々しく握られる。
しょんぼり見つめてくる眼差し。僅かに潤んで、煌めく鮮やかな緑は俺の心を鷲掴むどころか、強烈なストレートでブチ抜いていった。
「うぐぅ……」
KO寸前。ぐうの音しか出せていない時点でお察しのことだろう。俺は弱い、弱過ぎるのだ。バアルさんからのお願いに。
チョロいだって? 仕方がないだろう? 好きなんだからさ。俺が出来ることなら、なんだって叶えてあげたいって思うのは普通のハズだ。
「……記念のお揃いの品と……皆さんへのお土産は、俺にも出させて下さいね?」
「畏まりました」
……ああ、やっぱり。勝ち取った途端にコロリと花咲く笑顔、ぴょこんと跳ねた触覚、ぶわりと広がっていく羽。沈んでいたのがウソのような快晴ぶりだ。
それでも「かわいいな」で済んでしまうのだから、もう、どうしようもないんだろう。
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