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強くて、ちょっぴり不器用な貴方
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東西南北、大きく四つのエリアに分かれている城下町。
一つのエリアでも、端から端まで歩くだけで骨が折れそうな途方もない広さ。そのエリア間を、たった一歩。不思議な図形や文字がふんだんに使われた魔法陣を踏むだけで、瞬きの間に移動出来てしまうのだから驚きだ。
お城から城下町へと向かう手段も、やはり魔法陣。なんせお城は町の中央、それも遥か上にあるからな。ファンタジーでよくある、天空に浮かぶお城をイメージしてもらえると分かりやすいだろう。
一応、階段もとい術で自動的に運んでくれる、要はエスカレーターで、お城の地下から町の中央エリアに移動出来るらしい。
でも、十分そこらはかかるらしいので、結局皆さん魔法陣を選ぶみたい。階段は非常時のものなんだろうな。万が一魔法陣が使えなくなったら、みたいな。
俺達も魔法陣でお城から中央エリアへ。それからさらに東のエリアにある市場へと訪れていた。
「わぁ……やっぱり、賑やかですね。わくわくしちゃいます」
お昼前、ということもあってだろうか。レンガで舗装された大通り。その両サイドにズラリとひしめくカラフルな屋台屋根の元には、それぞれ活気に満ちた声が飛び交っている。
とある男性は、薄茶色の尖った犬耳をピコピコ動かしながら、瑞々しく新鮮そうな野菜達を手に取っては、じっくり眺め。仲良く手を繋いでいる親子は、熱帯魚みたいに色鮮やかな魚を受け取り、背中に生えたアゲハ蝶のような羽をはためかせている。
へぇ……パンも売っているんだな。
遠目に見つけた真っ白なヘビのような尻尾を揺らす女性。彼女が大事そうに抱えている紙袋からは、フランスパンっぽい長く固そうなパンが、ちょこんと頭を覗かせていた。
明るくざわめく空気の中を漂う、思わず腹の虫が声を上げてしまいそうな香り。甘い、香ばしい、スパイシー。美味しそうな匂いに釣られ、つい子供みたいにキョロキョロ見回してしまっていた。
ぐるりと俺達の周囲を見渡しただけでも、次々に視界へ飛び込んでくる多大な情報量。多種多様な品揃えに目が回ってしまいそう。
お陰ですっかり足元が浮かれてしまっていた。ふらつきかけていた俺を支えてくれるように、長く引き締まった腕が、腰を優しく抱き寄せてくれる。人の流れが緩やかな、立ち止まっても問題ないところへと連れて行ってくれた。
手を繋ぎ、俺をエスコートしてくれている彼。バアルさんが、その優しい目元に刻まれたカッコいいシワを深くする。
「ええ。皆様方の楽しそうなご様子を見ているだけで、元気を分けて頂けているような心地が致しますね」
ゆるりと微笑んでいる、若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳。
どうしてだろう。俺から外れた視線は遠巻きに市場を、買い物を楽しんでいる人々に向けられているハズ。なのに、此処じゃない遠くを見ているみたいだ。寂しさと憧れが綯い交ぜになったような。
「私は城内に居ることが多かったので、あまり此方へ訪れる機会には恵まれておりませんでしたが」
感じていた違和感は、彼の呟きによって確信へと変わる。
俺は、まだ此方へ来てから日が浅い。けれども、国を治めているヨミ様。彼のサポートをしている元国王のサタン様や、秘書のレタリーさん。
それから国を、お城を、守ってくれている隊長のレダさんに、兵士さん方。彼らを影ながら支えている、料理長のスヴェンさんに、アシスタントのスー達。メイドの皆さん。
皆さん方がバアルさんに向けている信頼の厚さ。それくらいは分かる。分かっているつもりだ。
儀式だけじゃない。バアルさんは、ずっと国の為に、ヨミ様達の為に、その身を捧げてきたんだろう。
それも多分、ご自身から望んで。なんなら、ヨミ様達からの……もっとバアルさん自身を大事にして欲しいっていう心配も、それとなく躱して。
そういう人なのだ、バアルさんは。大切な人達の為に全力で尽くす、優し過ぎる人。もう抱えきれないだろうに、それでも全部一人で背負い込もうとしちゃう。強くて、ちょっぴり不器用な人。
「……もっと甘えてくれて、いいんですからね」
「……はい?」
しまった。口から出てしまっていた。彼からしたら明らかに突拍子もない一言。そりゃあ、キレイな瞳がきょとんと丸くなるのも仕方がないってもんだ。
とはいえ、ここから何でもなかったかように誤魔化すなんて、察しのいい彼に対して逆効果。いや、そもそも不可能だ。俺には、そんなバアルさんみたくスマートな会話スキルなんてありゃしない。
こうなりゃ直球勝負。思ったままを素直に伝えてしまおう。
大きく息を吸い込み、少し上の位置で見下ろす彫りの深いお顔を見つめる。銀糸のようにキレイな睫毛が、小さく瞬いた。
一つのエリアでも、端から端まで歩くだけで骨が折れそうな途方もない広さ。そのエリア間を、たった一歩。不思議な図形や文字がふんだんに使われた魔法陣を踏むだけで、瞬きの間に移動出来てしまうのだから驚きだ。
お城から城下町へと向かう手段も、やはり魔法陣。なんせお城は町の中央、それも遥か上にあるからな。ファンタジーでよくある、天空に浮かぶお城をイメージしてもらえると分かりやすいだろう。
一応、階段もとい術で自動的に運んでくれる、要はエスカレーターで、お城の地下から町の中央エリアに移動出来るらしい。
でも、十分そこらはかかるらしいので、結局皆さん魔法陣を選ぶみたい。階段は非常時のものなんだろうな。万が一魔法陣が使えなくなったら、みたいな。
俺達も魔法陣でお城から中央エリアへ。それからさらに東のエリアにある市場へと訪れていた。
「わぁ……やっぱり、賑やかですね。わくわくしちゃいます」
お昼前、ということもあってだろうか。レンガで舗装された大通り。その両サイドにズラリとひしめくカラフルな屋台屋根の元には、それぞれ活気に満ちた声が飛び交っている。
とある男性は、薄茶色の尖った犬耳をピコピコ動かしながら、瑞々しく新鮮そうな野菜達を手に取っては、じっくり眺め。仲良く手を繋いでいる親子は、熱帯魚みたいに色鮮やかな魚を受け取り、背中に生えたアゲハ蝶のような羽をはためかせている。
へぇ……パンも売っているんだな。
遠目に見つけた真っ白なヘビのような尻尾を揺らす女性。彼女が大事そうに抱えている紙袋からは、フランスパンっぽい長く固そうなパンが、ちょこんと頭を覗かせていた。
明るくざわめく空気の中を漂う、思わず腹の虫が声を上げてしまいそうな香り。甘い、香ばしい、スパイシー。美味しそうな匂いに釣られ、つい子供みたいにキョロキョロ見回してしまっていた。
ぐるりと俺達の周囲を見渡しただけでも、次々に視界へ飛び込んでくる多大な情報量。多種多様な品揃えに目が回ってしまいそう。
お陰ですっかり足元が浮かれてしまっていた。ふらつきかけていた俺を支えてくれるように、長く引き締まった腕が、腰を優しく抱き寄せてくれる。人の流れが緩やかな、立ち止まっても問題ないところへと連れて行ってくれた。
手を繋ぎ、俺をエスコートしてくれている彼。バアルさんが、その優しい目元に刻まれたカッコいいシワを深くする。
「ええ。皆様方の楽しそうなご様子を見ているだけで、元気を分けて頂けているような心地が致しますね」
ゆるりと微笑んでいる、若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳。
どうしてだろう。俺から外れた視線は遠巻きに市場を、買い物を楽しんでいる人々に向けられているハズ。なのに、此処じゃない遠くを見ているみたいだ。寂しさと憧れが綯い交ぜになったような。
「私は城内に居ることが多かったので、あまり此方へ訪れる機会には恵まれておりませんでしたが」
感じていた違和感は、彼の呟きによって確信へと変わる。
俺は、まだ此方へ来てから日が浅い。けれども、国を治めているヨミ様。彼のサポートをしている元国王のサタン様や、秘書のレタリーさん。
それから国を、お城を、守ってくれている隊長のレダさんに、兵士さん方。彼らを影ながら支えている、料理長のスヴェンさんに、アシスタントのスー達。メイドの皆さん。
皆さん方がバアルさんに向けている信頼の厚さ。それくらいは分かる。分かっているつもりだ。
儀式だけじゃない。バアルさんは、ずっと国の為に、ヨミ様達の為に、その身を捧げてきたんだろう。
それも多分、ご自身から望んで。なんなら、ヨミ様達からの……もっとバアルさん自身を大事にして欲しいっていう心配も、それとなく躱して。
そういう人なのだ、バアルさんは。大切な人達の為に全力で尽くす、優し過ぎる人。もう抱えきれないだろうに、それでも全部一人で背負い込もうとしちゃう。強くて、ちょっぴり不器用な人。
「……もっと甘えてくれて、いいんですからね」
「……はい?」
しまった。口から出てしまっていた。彼からしたら明らかに突拍子もない一言。そりゃあ、キレイな瞳がきょとんと丸くなるのも仕方がないってもんだ。
とはいえ、ここから何でもなかったかように誤魔化すなんて、察しのいい彼に対して逆効果。いや、そもそも不可能だ。俺には、そんなバアルさんみたくスマートな会話スキルなんてありゃしない。
こうなりゃ直球勝負。思ったままを素直に伝えてしまおう。
大きく息を吸い込み、少し上の位置で見下ろす彫りの深いお顔を見つめる。銀糸のようにキレイな睫毛が、小さく瞬いた。
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