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無自覚な好き

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 今度は腕の中でぐったりしてしまったせいだ。また彼の笑顔を曇らせてしまうところだった。

 心配をおかけする前に「バアルさんが輝いて見えたから」と伝えたところ、思いがけずあっさり納得してくれたから良かったものの。

 擽ったそうに微笑んで、喜んでくれた彼の手前、ちょっぴり気が引ける。でも、完全なウソではないだろう。バアルさんにときめいていたのはホントなんだし。

 なんせ彼は魔性の魅力にあふれているからな。城内だろうが城下町だろうが、軽やかに歩くだけで男女問わず振り返らせ、見惚れさせてしまう。

 変装の術をかけたところで同じこと。実際問題、危うくナンパされちゃいそうだったもんなぁ。前回は。

 さてさて、いつまでも考えを捏ねくり回している場合じゃない。これから楽しいデートなのだから。バアルさんの横に並んでも、及第点くらいはもらえるようにお洒落に励まなければ。

 と意気込んだところで、俺の出来ることといえば、選ぶだけなんだけどさ。

「ああ、大変お似合いですよ……どのお洋服も貴方様の愛らしさを、より引き立てております……やはり、私のアオイは誠にお可愛らしい……素敵ですよ」

 着せ替え人形よろしく次々試着していった服達。ひらっひらのフリルをふんだんにあしらった王子様な衣装。フリル控えめな白いシャツ、サスペンダーのついた膝上丈の黒いズボンというシックな装い。

 セーラー襟とリボンタイが特徴的な、七分丈のジャケットが可愛らしいコーディネート。フードがついていて、袖がふわりと広がったコート。細やかな模様が施された、アジア系の雰囲気漂う服、などなど。

 どれを着させてもらっても、大絶賛。瞳を輝かせ、俺の手を両手で包み込み、ありったけのお褒めの言葉をくれるもんだから困ってしまう。ニヤけまくっている頬が蕩けて落ちてしまいそうだ。

「あ、ありがとうごじゃいまふ……」

 現に呂律は蕩けてるし。

「んんっ……ば、バアルさんはどれが好き、でしたか?」

 咳払いで整えてから、肝心なご意見を尋ねてみる。何となく返答は予想出来るけれど。

「……それぞれが貴方様の異なる魅力を引き出しておりますので……大変、甲乙つけがたく存じます」

 ですよね。そもそもバアルさんが予め、俺に似合うかもって、着せたいって、選んでくれていた服なんだし。

 シャープな顎に指を当て、整えられたお髭が素敵な口元を歪める様子は、ホントに悩ましそう。ここは俺が絞っていくしかないか。

 個人的には動きやすい方がいいかな。後、万が一に食べこぼしてしまっても、汚れが目立ちにくいヤツ。なんせ、今日のデートは食べ歩きがメインな訳だし。

 それらを考慮して候補に残ったのは二つ。セーラー襟の七分丈の空色ジャケットに、明るい灰色の細身な長ズボン。淡いオレンジ色のフード付きのコートに膝上丈の茶色いズボン。

「これとこれなら、どっちがいいですか?」

 二つを指し示すとバアルさんは、美術品を鑑定しているかのごとく真剣な眼差しを向けた。何度もじっくり見比べ、時折俺を見つめながら、悩みに悩んで出した結論。

「……此方で宜しくお願い致します」

「はいっ」

 選ばれたのは、空色ジャケットでした。

 後は今日のヘアピンを選ぶだけ。リボンを整えてくれた彼の手元に現れた小物入れ。お揃いにした四角いケースには、多種多様な色と飾りがついたヘアピンが詰まっている。

「どれに致しましょうか?」

「うーん……そう、ですね……」

 服に合わせるんだったら無難に同系色の方が良さそう。丸い水色の魔宝石がついたシンプルなのとか。男の俺には可愛過ぎるけど、青いハート型の魔宝石でお花を形作ったのとか。

 目立ちにくい白の魔宝石もいいかもしれない。後は、飾りっ気のない銀だけのとかも。悩ましいな。

 文房具屋さんのカラフルなペンのように、キラキラ並ぶヘアピン。こちらもご意見を伺おうとしたところ、頭の上からクスクス笑う声が降ってきた。

「ふふ、誠にアオイ様はお好きなのですね……」

「え?」

「……私の瞳と同じ緑色が」

 喜びに満ちた眼差しが、俺の手元を熱く見つめている。

 無自覚な行動ってのは恐ろしい。

 うんうん考えつつも俺の手は、吸い寄せられるようにお気に入りへ。飽きることなく毎日付けていたピンへと伸びてしまっていたんだから。

「あ……」

「では、此方で宜しいでしょうか?」

「は、はぃ……よろしい、でふ……」

 しっかり握ってしまっていた金のピン。小さな葉っぱの形をした緑の魔宝石をいくつも並べ、輝く枝葉を表現したヘアピンが、しなやかな指によって留められる。

「お綺麗ですよ……」

 トドメの一撃にしては強過ぎた。うっとり微笑む瞳に見つめられながら、額に優しいキスまで。

 お陰様で、お礼の言葉すら紡げなくなってしまった。それどころか、抱きついてしまっていたんだ。跪く彼の引き締まった首に腕を回して、縋りつくみたいに。
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