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今度は腕を回す余裕があった、十二分に

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「ん……」

 引き締まった首に腕を回す暇もなかった。軽く触れてくれてから、すぐに離れていってしまう。キスと言えるのかも分からない、ほんの数秒の触れ合い。

 どうしよう、スゴくドキドキした。まだ頭の芯に響くくらいに心臓が喚いている。柔い温もりが、微かに残っている唇が、ジンと疼いてしまっている。

 もっと深いものなんて、いっぱいしてもらっているのに。お互いの境が分からなくなってしまうような、蕩けるような口づけを何度も。なのに。

 そっと見上げた先で、ちょっぴり丸くなった瞳とかち合う。

「……何で驚いてるんですか?」

 してもらった俺ならともかく。

「申し訳ございません。ここまですんなり受け入れて頂けるとは、思っておりませんでしたので」

 まあ、確かに。毎度毎度ヘタれてしまう俺だ。そう思われてしまうのも仕方がないだろう。

 事実、ハグに慣れるまで随分とかかったし。キスなんて、もっとだ。それ以上のことも。

 でも、最近は、俺なりに積極的になっていたつもりだったんだけどな。

 ほんのり心にモヤがかかる。自業自得なんだけど。だからだろう。俺の口は勝手に思っていたことをベラベラ曝け出してしまっていたんだ。

「……ずっと、我慢してましたから……ぎゅってして欲しいのも、キスして欲しいのも……だから、今くらい……いいかなって……二人っきりだし……」

「アオイ……」

 軽く見開いた瞳に再び妖しい熱がこもる。ふわふわと触覚が弾み、風を切るように羽がはためき出す。

 繋いだ手をそっと離されたかと思えば、今度は両手で頬を包みこまれた。柔らかく微笑んだ桜色の唇が、ゆっくり距離を詰めてくる。

 いやいやいや、マズイ。もう一回は。クセになっちゃったらどうするんだ。止められなくなっちゃったらどうするんだ。

「ちょ……ま、待って下さい!」

 寸前で止まってくれた唇が、への字に歪んだ。いかにも不満です、と言わんばかりに。いや、俺だってしたいですけど。

 滑らせそうになっていた感情をすんでのところで飲み込み、堪える。深く息を吸ってから、じっと訴えている目線と合わせた。

「……もう、止めときましょう? 外ですよ?」

「先程は、して頂けたではありませんか?」

「う、ぐぅ……それは、そう……ですけど……」

 間髪入れずに返ってきた一撃に、早くも揺らぎそうになってしまう。

 俺の胸の内なんて、まるっとお見通しなバアルさんだ。あともう一押しだと分かっていて、逃す訳がない。

「あと一度だけに致します。それ以上は致しません。ですから、貴方様の虜であるこの老骨めにどうか御慈悲を……」

 短い足掻きだった。俺の決意なんて、軽く息を吹きかければ飛ぶような、脆いもんだった。

 恭しく手を握られ、潤んだ瞳で強請られれば一発だった。

「……一回だけ、ですからね」

 返答はなかった。代わりに噛みつくように口づけられた。求められるように何度も触れられて、堪らなくなってしまう。俺を閉じ込めるように抱く腕の中で、溺れてしまう。

 今度は腕を回す余裕があった。十二分に。
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