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とある兵団長達は、再び気力をみなぎらせる
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現場は疲弊していた。言わずもがな、我らが主が指揮を執っている作戦本部も。
優秀な部下達が追い払っても、追い払っても、次から次へと湧いて出てくる不埒な輩達のせいで。
幸せそうに微笑み合いながら、デートを楽しんでいらっしゃるお二方。バアル様とアオイ様に近づこうと、話しかけようとしてくるだけでも十分不敬だ。
だというのに、一度追い払っても再度アタックを試みようとする、諦めの悪い者まで出てくる始末。全くもって厄介だ。その根性だけは認めるが。
バアル様には、すでに今回もバレていることだろう。しかし、アオイ様には今のところ、バレることなく排除に成功している。しかし、それも時間の問題かもしれない。
今回は予想外の事態が、拍車をかけているのだから。
「レダ殿。また、行列が出来かけているそうです。今度は、かき氷の屋台にて」
淡々とした秘書殿の報告。落ち着いた口調に反して、彼の表情からは胸の内が滲み出ていた。
穏やかな笑みばかりを浮かべている口元は、への字に。優しい印象を与えている眉毛は、八の字になってしまっている。
瞳と同じ、黄緑色の尾羽根からも疲労が伺える。普段ならば背筋と一緒にピシリと伸びている先端が、絨毯についてしまいそうなくらい垂れ下がっているのだ。
「そう、ですか……」
私も溜め息を漏らしそうになっていた。反射的に頭へ伸びかけていた手を下ろし、拳を握る。
そんな場合ではないというのに。本部の私達よりも、現場にて、お二方のひと時を守っている部下達の方が大変だというのに。
「やはり、また人混みでの対処か……すぐさま引き寄せられてしまうほど我が民達が、バアルとアオイ殿の魅力を分かってくれているのは、大変喜ばしいことではあるが……」
我らが主、ヨミ様もお疲れのご様子だ。凛々しく美しいお顔からは、威厳たっぷりな笑みが消えてしまっている。鋭く真っ赤な瞳をうんざり細め、眉間にシワを寄せていらっしゃる。
腰の辺りまで伸ばした艷やかな黒髪と同じ、穏やかな闇を思わせる高貴な羽。お二方の話をされる際は、常にはためいているそれらも縮み、側頭部の角も光沢が薄れているように見えた。
城下町の地図を広げているテーブルに手を乗せた秘書殿。レタリー殿が、少し申し訳無さそうな表情で私を一瞥してから、ヨミ様に進言する。
「いかがなさいますか? そろそろ増員を検討すべきでは? 親衛隊の皆様方の力量を疑う訳ではございませんか……」
彼の意見はもっともだ。
以前は三人ずつ、二組に分かれ先行組と追跡組でお二方のデートを無事に守ることが出来た。しかし今は、邪魔立てが入らぬよう、認識阻害の術で対処するだけで精一杯なのだから。
……私としては、もう少し彼らに任せてみたい。私情を挟んでいるのは重々承知している。しかし、彼らは皆、全兵士達の中で勝ち残った精鋭達だ。バアル様とアオイ様を第一に考えて動ける者達だ。
それに、人数を増やせばリスクも上がる。万が一、アオイ様にも気づかれてしまっては、元も子もない。折角のデートに水を差してしまう。
切れ長の瞳がレタリー殿を、私を見つめてから伏せられる。
気を抜けば、尻尾の毛が膨らみそうになる重たい沈黙。息苦しい空気を破ったのは、笑い声だった。つい、絨毯の模様ばかりを追っていた私の鼓膜を、高らかで、大変愉快そうな声が揺らす。
「ふっふっふ……はーっはっはっは!」
……ヨミ様が笑っていらっしゃる。
スラリと伸びた背を大きく反らし、黒手袋を纏う手で顔を覆いながら。艷やかな髪を、金糸に彩られた黒い片マントを靡かせながら。
ああ、お労しや……あまりの忙しさに、どうかしてしまったんだろうか……
いかん。一瞬とはいえ、馬鹿で不敬な考えが過ってしまった。もしかしたら、素晴らしい名案を思いつかれただけかもしれないのに。
「いかがなさいましたか? ついにネジの一本でも抜けてしまわれましたか?」
そんな、どストレートな……
思わず私は、かける言葉を失った。私とて同罪なのだが。似たような考えが浮かんでしまっていたのだから。
レタリー殿の発言には時々ヒヤヒヤする。何よりもヨミ様のことを大切に思われているだろうに、言動がフランク過ぎるのだ。
心配そうに、けれども平然と側に控えているレタリー殿に向かって、ヨミ様が、しなやかな腕を指揮者のごとく広げる。
「はっはっは! 今の私は、すこぶるご機嫌さんだ! そなたの真っ直ぐ過ぎる言葉も受け止めてやろう!」
「御慈悲に感謝致します。で、どうかなされたので?」
「うむ、皆の気力と士気が上がる良いものが、たった今届いたのでな。お裾分けをしてくれぬか?」
御自身の気力も上がられているようだ。曇り一つない、晴れやかな笑みを浮かべていらっしゃる。
大きく羽をはためかせながら、レタリー殿に何かを手渡した。
「……投影石、ですか」
画像か、動画だろうか。レタリー殿の手元で、黒い輝きを湛えている石。淡く瞬き、放たれた光に浮かぶ何かを見ていた彼の表情も、瞬く間に笑顔に変わっていく。
「成る程。これは確かに気力が満ちあふれますね」
「であろう!?」
何やら、うんうんと頷き合うお二人。テーブルを挟んでいる私からは、何がなんやら。
好奇心に駆られ、お側に近寄ってしまっていた。
「一体、何を送られるおつもりですか?」
「ふっふっふ……レダよ。そなたも驚き、存分に元気を貰うがよい!!」
得意気に口の端を持ち上げながら言い放ったヨミ様に合わせ、レタリー殿が画像を私に見えるように向けてくれる。
ああ、成る程。確かに、このお写真を見れば皆の士気も気力も上がるだろう。上がらない訳がない。
バアル様からヨミ様へ送られてきた画像。そちらには、かき氷を食べさせ合い、楽しそうに微笑み合うお二方の姿が映っていたのだから。
優秀な部下達が追い払っても、追い払っても、次から次へと湧いて出てくる不埒な輩達のせいで。
幸せそうに微笑み合いながら、デートを楽しんでいらっしゃるお二方。バアル様とアオイ様に近づこうと、話しかけようとしてくるだけでも十分不敬だ。
だというのに、一度追い払っても再度アタックを試みようとする、諦めの悪い者まで出てくる始末。全くもって厄介だ。その根性だけは認めるが。
バアル様には、すでに今回もバレていることだろう。しかし、アオイ様には今のところ、バレることなく排除に成功している。しかし、それも時間の問題かもしれない。
今回は予想外の事態が、拍車をかけているのだから。
「レダ殿。また、行列が出来かけているそうです。今度は、かき氷の屋台にて」
淡々とした秘書殿の報告。落ち着いた口調に反して、彼の表情からは胸の内が滲み出ていた。
穏やかな笑みばかりを浮かべている口元は、への字に。優しい印象を与えている眉毛は、八の字になってしまっている。
瞳と同じ、黄緑色の尾羽根からも疲労が伺える。普段ならば背筋と一緒にピシリと伸びている先端が、絨毯についてしまいそうなくらい垂れ下がっているのだ。
「そう、ですか……」
私も溜め息を漏らしそうになっていた。反射的に頭へ伸びかけていた手を下ろし、拳を握る。
そんな場合ではないというのに。本部の私達よりも、現場にて、お二方のひと時を守っている部下達の方が大変だというのに。
「やはり、また人混みでの対処か……すぐさま引き寄せられてしまうほど我が民達が、バアルとアオイ殿の魅力を分かってくれているのは、大変喜ばしいことではあるが……」
我らが主、ヨミ様もお疲れのご様子だ。凛々しく美しいお顔からは、威厳たっぷりな笑みが消えてしまっている。鋭く真っ赤な瞳をうんざり細め、眉間にシワを寄せていらっしゃる。
腰の辺りまで伸ばした艷やかな黒髪と同じ、穏やかな闇を思わせる高貴な羽。お二方の話をされる際は、常にはためいているそれらも縮み、側頭部の角も光沢が薄れているように見えた。
城下町の地図を広げているテーブルに手を乗せた秘書殿。レタリー殿が、少し申し訳無さそうな表情で私を一瞥してから、ヨミ様に進言する。
「いかがなさいますか? そろそろ増員を検討すべきでは? 親衛隊の皆様方の力量を疑う訳ではございませんか……」
彼の意見はもっともだ。
以前は三人ずつ、二組に分かれ先行組と追跡組でお二方のデートを無事に守ることが出来た。しかし今は、邪魔立てが入らぬよう、認識阻害の術で対処するだけで精一杯なのだから。
……私としては、もう少し彼らに任せてみたい。私情を挟んでいるのは重々承知している。しかし、彼らは皆、全兵士達の中で勝ち残った精鋭達だ。バアル様とアオイ様を第一に考えて動ける者達だ。
それに、人数を増やせばリスクも上がる。万が一、アオイ様にも気づかれてしまっては、元も子もない。折角のデートに水を差してしまう。
切れ長の瞳がレタリー殿を、私を見つめてから伏せられる。
気を抜けば、尻尾の毛が膨らみそうになる重たい沈黙。息苦しい空気を破ったのは、笑い声だった。つい、絨毯の模様ばかりを追っていた私の鼓膜を、高らかで、大変愉快そうな声が揺らす。
「ふっふっふ……はーっはっはっは!」
……ヨミ様が笑っていらっしゃる。
スラリと伸びた背を大きく反らし、黒手袋を纏う手で顔を覆いながら。艷やかな髪を、金糸に彩られた黒い片マントを靡かせながら。
ああ、お労しや……あまりの忙しさに、どうかしてしまったんだろうか……
いかん。一瞬とはいえ、馬鹿で不敬な考えが過ってしまった。もしかしたら、素晴らしい名案を思いつかれただけかもしれないのに。
「いかがなさいましたか? ついにネジの一本でも抜けてしまわれましたか?」
そんな、どストレートな……
思わず私は、かける言葉を失った。私とて同罪なのだが。似たような考えが浮かんでしまっていたのだから。
レタリー殿の発言には時々ヒヤヒヤする。何よりもヨミ様のことを大切に思われているだろうに、言動がフランク過ぎるのだ。
心配そうに、けれども平然と側に控えているレタリー殿に向かって、ヨミ様が、しなやかな腕を指揮者のごとく広げる。
「はっはっは! 今の私は、すこぶるご機嫌さんだ! そなたの真っ直ぐ過ぎる言葉も受け止めてやろう!」
「御慈悲に感謝致します。で、どうかなされたので?」
「うむ、皆の気力と士気が上がる良いものが、たった今届いたのでな。お裾分けをしてくれぬか?」
御自身の気力も上がられているようだ。曇り一つない、晴れやかな笑みを浮かべていらっしゃる。
大きく羽をはためかせながら、レタリー殿に何かを手渡した。
「……投影石、ですか」
画像か、動画だろうか。レタリー殿の手元で、黒い輝きを湛えている石。淡く瞬き、放たれた光に浮かぶ何かを見ていた彼の表情も、瞬く間に笑顔に変わっていく。
「成る程。これは確かに気力が満ちあふれますね」
「であろう!?」
何やら、うんうんと頷き合うお二人。テーブルを挟んでいる私からは、何がなんやら。
好奇心に駆られ、お側に近寄ってしまっていた。
「一体、何を送られるおつもりですか?」
「ふっふっふ……レダよ。そなたも驚き、存分に元気を貰うがよい!!」
得意気に口の端を持ち上げながら言い放ったヨミ様に合わせ、レタリー殿が画像を私に見えるように向けてくれる。
ああ、成る程。確かに、このお写真を見れば皆の士気も気力も上がるだろう。上がらない訳がない。
バアル様からヨミ様へ送られてきた画像。そちらには、かき氷を食べさせ合い、楽しそうに微笑み合うお二方の姿が映っていたのだから。
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