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とある秘書は決意を新たに主につき従う
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……緊急事態だ。まさか今日とは。
投影石に送られてきた画像。仲睦まじくお揃いの色を取り入れ、普段以上に素敵なコーディネートを披露してくれているバアル様とアオイ様。御二方の姿を拝見した瞬間、確信した。
デートにお出かけになるのですね……しかも、城下町へ。
我が主から「そろそろであろうから、準備を怠るなよ?」と告げられたのが、つい昨日の出来事。何やら予言めいたタイミングだ。
いや、本当にお告げがあったのでは? 我が主くらいの御方であれば、それくらいは容易……
「……レタリー? そなた、また一人で楽しんでおらぬか? 二人の写真は、すぐに共有! つい先日も、そう申したハズであろうが!」
私の思考を遮ったのは我が主、ヨミ様だった。通りのいい声には、あからさまな不満が。神秘的な魅力あふれる麗しいご尊顔には、寂しさが滲んでいらっしゃる。
腰の辺りまで伸ばした艷やかな髪と同じ、宵闇を思わせる高貴な黒い羽。側頭部にて力強い光沢を放つ角。威厳に満ちた真っ赤な瞳。
やはり、ご機嫌斜めでも我が主の美しさに曇りはない。改めて心に刻みつけていたところ、今度は視界を遮られた。
見覚えのある文字だ。そして、見出しには見積書。主の執務机から飛んできてしまったようだ。勢いよく立ち上がられた拍子にか、羽のはためきによってか。
反射的に掴んだせいで、少し寄ったシワを術で直す。
「失礼致しました。昨日仰っていた通り、バアル様とアオイ様がデートに出掛けられるようだという連絡がございまして」
「はぁ?」
差し出した書類は、黒手袋を纏う手に受け取られることなく、再び宙を舞った。
「っ……余計に早く申さぬか! すぐにアオイ殿の親衛隊を城下にっ」
「派遣しました。どのエリアに行かれても問題ないように、今現在は中央ゲートにて待機してもらっております」
「では、すぐに対策本部をっ」
「立ち上げました。すでにレダ殿と、兵舎で待機していた兵士の方々数名が、準備を整えております」
丸くなった赤い瞳が私をじっと見つめる。
何か他に見落としていることがあったのだろうか。数度、開いては閉じてを繰り返していた形のいい唇が息を吐く。長めの溜め息だった。
「……誠に良い働きをしてくれるな、そなたは」
「……お褒めに預かり、光栄に存じます」
不足はなかったらしい。柔らかく綻んだ主の表情に、瞬く間に胸のつかえがとれていく。
しかし、安堵するのも、喜びを噛み締めるのも後だ。これから忙しくなるのだから。
「ならば早速、私達も本部へ……」
絨毯に着地していた書類を机に戻し、主に続く。
金糸で彩られた黒の片マントを翻し、今まさに向かおうとしていた扉が、控えめな力で叩かれた。
「全く誰だ? こんな忙しい時に……入ってよいぞ! ただし手短に頼む!」
大切な御二人方のデートだ。トラブルなく楽しんで頂く為に、そのフォローを陰ながら行う為に、飛んででも本部へと向かわれたい筈。
そのような状況下でも対応して頂けるとは、やはりお優しい御方だ。
呑気に噛み締めていたせいだ。有り得る可能性に気がつけなかった。タイミング的に察することが出来ただろうに。
「こんにちは、ヨミ様。すみません……お忙しい時にお邪魔しちゃって……」
「お忙しい中、ありがとうございます。本日もご機嫌麗しいようで何よりです」
「あ、アオイ殿!? バアル!?」
突然の訪問者は、渦中の御二方だった。送られてきた画像と同じ装い。澄み渡る空を思わせるような、明るい青と、白に近い柔らかい灰色。
色味を合わせる、リンクコーデをされたバアル様とアオイ様がおずおずと入ってこられた。
仲睦まじく手を繋ぎ、仲良く同じタイミングで頭を下げ、申し訳なさそうに微笑む。
「そなたら……でっ、あー……大丈夫、大丈夫であるからな。ほら、此方で楽にするがよい」
わたわたと羽をはためかせていた我が主が、思わず滑らせかけていた口を手で覆う。
御自身に言い聞かせているように繰り返してからは、すっかりいつもの調子を取り戻されたようだ。柔らかい微笑みで、御二方にソファーをすすめていらっしゃる。私も最低限、もてなしの準備をせねば。
しっかり茶葉を蒸らしたものをご用意出来ないのは、些か不本意ではある。だが、何もお出し出来ないよりは遥かにマシ。妥協しつつ、術で淹れた紅茶をカップに注ぎ、テーブルへと並べていく。
「レタリー」
「はい、紅茶の用意は出来ております」
「ありがとう」
「いえ」
何とか形にはなったか。思いがけない訪問だったとはいえ、我が主は嬉しそうだ。ソファーで肩を並べる御二方を見つめる眼差しは柔らかい。
「そんな、お構いなく……出掛ける前に寄らせてもらっただけですから」
「私も誘うつもりだったところ、全く同じタイミングでアオイ様からデートに誘って頂けまして……今から城下町へと出掛けます。夕刻までには帰りますので」
私にも「ありがとうございます」と頭を下げてくれた御二方。嬉しそうに微笑み合うご様子が、大変微笑ましい。
「そうか……存分に楽しんできてくれ。しかし、わざわざ足を運んでもらって済まないな。コルテに言伝を頼んでも良かっただろうに」
「いえ、その……直接ヨミ様に、お聞きしたいこともあったので……」
「私に?」
柔らかそうな頬を染め、透き通った琥珀色の瞳が微笑む。軽やかな鈴の音のように愛らしい声が尋ねた。
「はい。今回のお土産なんですけど……何がいいですか?」
か細い首がちょこんと傾いた瞬間、声にならない歓喜の呻きを聞いた気がした。
凄まじい威力だ。ビジュアル、声色、健気な心遣い。側で控えていた私でも、胸の奥がきゅんっと高鳴り、ほっこりしたのだ。
バアル様とアオイ様のことが大切で、大好きな我が主のご心境はいかほどか。さぞかし荒れ狂っておられることだろう。良い意味で。
「っ……アオイ殿……お気持ちは嬉しいのだが、気を遣わなくていいんだぞ?」
流石、我が主。一瞬、放心状態になりかけたものの、すぐに復活。柔らかい笑みを浮かべ、何事も無かったかのように応対していらっしゃる。だが、しかし。
「前回は、パンフレットの件もあったが、今回は何も……」
「俺がしたいんです」
すぐさま二の矢が放たれた。
真っ直ぐに見つめる眼差しは変わらず愛らしい。けれども、芯のある輝きを放っていた。
「その、いつも皆さんには、スゴくお世話になってますから……少しでもお礼がしたくて……だから……」
……貴方様が居られるだけで、よいのですよ……バアル様とヨミ様に、その愛らしい笑顔を向けて頂けるだけで……
込み上げてしまいそうだった想いを、すんでのところで飲み下す。
……危なかった。ヨミ様も何とか滲んだ涙をこぼさなかったというのに。
「……そうであったか……ならば、貰わない方が無作法であるな」
はっはっは、と高笑う声に、アオイ様が嬉しそうに瞳を細める。
少し震えていたのを、バアル様は分かっておられるのだろう。緑の瞳には、慈しむような輝きが宿っていた。
万が一の為にと、すぐさま手渡せるように用意していたハンカチーフ。よもや、私の方が必要になりそうだとは。
「では、父上が好きなチョコレートを……いや、しかし、あそこは少々お高めか……」
「大丈夫ですよ! 俺、今回は多めに貯めましたから!」
「だが……」
困ったように細められた、赤い瞳が目配せしてくる。目頭を押さえている場合ではなかった。すぐに準備をせねば。
アオイ様への次の賃金に、と用意していた麻袋を後ろ手に術で取り出す。こっそり主へ渡そうとして、合図に気づいた。
バアル様がヨミ様を見つめている。恐らく、足りない場合はバアル様が出されるということだろう。それならば問題ないか。
ヨミ様も了承したのか、私に向かって小さく首を振った。
「……では、宜しく頼む。場所はバアルが知っておるからな」
「はいっ」
「因みに私のお勧めは、魔宝石の形をしたチョコレートだ。本物と見まごうほど見事な美しさであるぞ」
「へぇ……ありがとうございます、楽しみですっ」
その後、本日のデートのご予定や、他愛の無い話に花を咲かせ、紅茶を一杯飲み終えてから御二方は席を立った。
主は廊下まで出て、見送った。手を振り、何度も振り返りながら、幸せそうに出掛けていく御二方の背中が見えなくなるまで。
「レタリー」
「はい、連絡は済ませました。すでに先行組を市場の方へ向かわせております」
……守らなければ。御二方の大切な時間を。恐らく、いや確実に此度も現れるであろう、不埒なナンパ野郎共から。
決意を新たに私は、本部へと向かう主の後ろにつき従った。
投影石に送られてきた画像。仲睦まじくお揃いの色を取り入れ、普段以上に素敵なコーディネートを披露してくれているバアル様とアオイ様。御二方の姿を拝見した瞬間、確信した。
デートにお出かけになるのですね……しかも、城下町へ。
我が主から「そろそろであろうから、準備を怠るなよ?」と告げられたのが、つい昨日の出来事。何やら予言めいたタイミングだ。
いや、本当にお告げがあったのでは? 我が主くらいの御方であれば、それくらいは容易……
「……レタリー? そなた、また一人で楽しんでおらぬか? 二人の写真は、すぐに共有! つい先日も、そう申したハズであろうが!」
私の思考を遮ったのは我が主、ヨミ様だった。通りのいい声には、あからさまな不満が。神秘的な魅力あふれる麗しいご尊顔には、寂しさが滲んでいらっしゃる。
腰の辺りまで伸ばした艷やかな髪と同じ、宵闇を思わせる高貴な黒い羽。側頭部にて力強い光沢を放つ角。威厳に満ちた真っ赤な瞳。
やはり、ご機嫌斜めでも我が主の美しさに曇りはない。改めて心に刻みつけていたところ、今度は視界を遮られた。
見覚えのある文字だ。そして、見出しには見積書。主の執務机から飛んできてしまったようだ。勢いよく立ち上がられた拍子にか、羽のはためきによってか。
反射的に掴んだせいで、少し寄ったシワを術で直す。
「失礼致しました。昨日仰っていた通り、バアル様とアオイ様がデートに出掛けられるようだという連絡がございまして」
「はぁ?」
差し出した書類は、黒手袋を纏う手に受け取られることなく、再び宙を舞った。
「っ……余計に早く申さぬか! すぐにアオイ殿の親衛隊を城下にっ」
「派遣しました。どのエリアに行かれても問題ないように、今現在は中央ゲートにて待機してもらっております」
「では、すぐに対策本部をっ」
「立ち上げました。すでにレダ殿と、兵舎で待機していた兵士の方々数名が、準備を整えております」
丸くなった赤い瞳が私をじっと見つめる。
何か他に見落としていることがあったのだろうか。数度、開いては閉じてを繰り返していた形のいい唇が息を吐く。長めの溜め息だった。
「……誠に良い働きをしてくれるな、そなたは」
「……お褒めに預かり、光栄に存じます」
不足はなかったらしい。柔らかく綻んだ主の表情に、瞬く間に胸のつかえがとれていく。
しかし、安堵するのも、喜びを噛み締めるのも後だ。これから忙しくなるのだから。
「ならば早速、私達も本部へ……」
絨毯に着地していた書類を机に戻し、主に続く。
金糸で彩られた黒の片マントを翻し、今まさに向かおうとしていた扉が、控えめな力で叩かれた。
「全く誰だ? こんな忙しい時に……入ってよいぞ! ただし手短に頼む!」
大切な御二人方のデートだ。トラブルなく楽しんで頂く為に、そのフォローを陰ながら行う為に、飛んででも本部へと向かわれたい筈。
そのような状況下でも対応して頂けるとは、やはりお優しい御方だ。
呑気に噛み締めていたせいだ。有り得る可能性に気がつけなかった。タイミング的に察することが出来ただろうに。
「こんにちは、ヨミ様。すみません……お忙しい時にお邪魔しちゃって……」
「お忙しい中、ありがとうございます。本日もご機嫌麗しいようで何よりです」
「あ、アオイ殿!? バアル!?」
突然の訪問者は、渦中の御二方だった。送られてきた画像と同じ装い。澄み渡る空を思わせるような、明るい青と、白に近い柔らかい灰色。
色味を合わせる、リンクコーデをされたバアル様とアオイ様がおずおずと入ってこられた。
仲睦まじく手を繋ぎ、仲良く同じタイミングで頭を下げ、申し訳なさそうに微笑む。
「そなたら……でっ、あー……大丈夫、大丈夫であるからな。ほら、此方で楽にするがよい」
わたわたと羽をはためかせていた我が主が、思わず滑らせかけていた口を手で覆う。
御自身に言い聞かせているように繰り返してからは、すっかりいつもの調子を取り戻されたようだ。柔らかい微笑みで、御二方にソファーをすすめていらっしゃる。私も最低限、もてなしの準備をせねば。
しっかり茶葉を蒸らしたものをご用意出来ないのは、些か不本意ではある。だが、何もお出し出来ないよりは遥かにマシ。妥協しつつ、術で淹れた紅茶をカップに注ぎ、テーブルへと並べていく。
「レタリー」
「はい、紅茶の用意は出来ております」
「ありがとう」
「いえ」
何とか形にはなったか。思いがけない訪問だったとはいえ、我が主は嬉しそうだ。ソファーで肩を並べる御二方を見つめる眼差しは柔らかい。
「そんな、お構いなく……出掛ける前に寄らせてもらっただけですから」
「私も誘うつもりだったところ、全く同じタイミングでアオイ様からデートに誘って頂けまして……今から城下町へと出掛けます。夕刻までには帰りますので」
私にも「ありがとうございます」と頭を下げてくれた御二方。嬉しそうに微笑み合うご様子が、大変微笑ましい。
「そうか……存分に楽しんできてくれ。しかし、わざわざ足を運んでもらって済まないな。コルテに言伝を頼んでも良かっただろうに」
「いえ、その……直接ヨミ様に、お聞きしたいこともあったので……」
「私に?」
柔らかそうな頬を染め、透き通った琥珀色の瞳が微笑む。軽やかな鈴の音のように愛らしい声が尋ねた。
「はい。今回のお土産なんですけど……何がいいですか?」
か細い首がちょこんと傾いた瞬間、声にならない歓喜の呻きを聞いた気がした。
凄まじい威力だ。ビジュアル、声色、健気な心遣い。側で控えていた私でも、胸の奥がきゅんっと高鳴り、ほっこりしたのだ。
バアル様とアオイ様のことが大切で、大好きな我が主のご心境はいかほどか。さぞかし荒れ狂っておられることだろう。良い意味で。
「っ……アオイ殿……お気持ちは嬉しいのだが、気を遣わなくていいんだぞ?」
流石、我が主。一瞬、放心状態になりかけたものの、すぐに復活。柔らかい笑みを浮かべ、何事も無かったかのように応対していらっしゃる。だが、しかし。
「前回は、パンフレットの件もあったが、今回は何も……」
「俺がしたいんです」
すぐさま二の矢が放たれた。
真っ直ぐに見つめる眼差しは変わらず愛らしい。けれども、芯のある輝きを放っていた。
「その、いつも皆さんには、スゴくお世話になってますから……少しでもお礼がしたくて……だから……」
……貴方様が居られるだけで、よいのですよ……バアル様とヨミ様に、その愛らしい笑顔を向けて頂けるだけで……
込み上げてしまいそうだった想いを、すんでのところで飲み下す。
……危なかった。ヨミ様も何とか滲んだ涙をこぼさなかったというのに。
「……そうであったか……ならば、貰わない方が無作法であるな」
はっはっは、と高笑う声に、アオイ様が嬉しそうに瞳を細める。
少し震えていたのを、バアル様は分かっておられるのだろう。緑の瞳には、慈しむような輝きが宿っていた。
万が一の為にと、すぐさま手渡せるように用意していたハンカチーフ。よもや、私の方が必要になりそうだとは。
「では、父上が好きなチョコレートを……いや、しかし、あそこは少々お高めか……」
「大丈夫ですよ! 俺、今回は多めに貯めましたから!」
「だが……」
困ったように細められた、赤い瞳が目配せしてくる。目頭を押さえている場合ではなかった。すぐに準備をせねば。
アオイ様への次の賃金に、と用意していた麻袋を後ろ手に術で取り出す。こっそり主へ渡そうとして、合図に気づいた。
バアル様がヨミ様を見つめている。恐らく、足りない場合はバアル様が出されるということだろう。それならば問題ないか。
ヨミ様も了承したのか、私に向かって小さく首を振った。
「……では、宜しく頼む。場所はバアルが知っておるからな」
「はいっ」
「因みに私のお勧めは、魔宝石の形をしたチョコレートだ。本物と見まごうほど見事な美しさであるぞ」
「へぇ……ありがとうございます、楽しみですっ」
その後、本日のデートのご予定や、他愛の無い話に花を咲かせ、紅茶を一杯飲み終えてから御二方は席を立った。
主は廊下まで出て、見送った。手を振り、何度も振り返りながら、幸せそうに出掛けていく御二方の背中が見えなくなるまで。
「レタリー」
「はい、連絡は済ませました。すでに先行組を市場の方へ向かわせております」
……守らなければ。御二方の大切な時間を。恐らく、いや確実に此度も現れるであろう、不埒なナンパ野郎共から。
決意を新たに私は、本部へと向かう主の後ろにつき従った。
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