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とある王様にとっての心の栄養
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「ふふ、クロウさんは今が一番いい塩梅だ、と褒めていらっしゃるのですよ」
静かに歩み出た長身。その高い位置にある、引き締まった腰に巻かれた黒いエプロンが揺れた。
曇りかけていたアオイ殿の表情が、ぱぁっと明るくなっていく。長い腕からさり気なく抱き寄せられて、優しい緑の眼差しから微笑みかけられて。
すっと前を向いた瞳が「そうでしょう?」とクロウに同意を求めた。
「ちょっ、バアル様……」
柔らかく微笑む眼差しに見透かされたからだろう。クロウが解いた腕を伸ばそうとする。
が、相手が相手だ。直ぐ様、踏み止まった。待ったをかけようとしていた手が、行き場をなくしてうろうろ揺れている。
この時点でグリムは持ち直しかけていた。俯いていた顔を上げ、期待に満ちた瞳をクロウに向けていたのだ。
「そうです! バアルさんの言う通りですよ! 台無しになるって言ってましたもんね。だから、今が完璧の出来ってことですよね?」
そんな折に、さらなる追撃。たまったもんじゃなかったであろうな。あの透き通った、魔宝石のような瞳で見つめられたのだから。
「あ、アオイ様まで……勘弁して下さいよ……」
「ですが、本当のことでしょう?」
「うぐ……」
顔を真っ赤に染めて押し黙ったクロウに、おずおずとした声が尋ねる。
「……ほ、ホントですか? クロウ……僕、上手に出来てますか?」
そわそわ見つめる丸い瞳に、尖った喉仏が震えた。
「っ……出来てるよ。だから、そのまんま頑張れ。いいな?」
「はいっ」
うむっ、これにて一件落着であるな。
満面の笑顔を咲かせたグリム。照れくさそうに瞳を細めながらも、嬉しそうに緩やかに微笑むクロウ。見つめ合う二人の間で、ほのぼのとした空気が漂っている。
すっかり和やかムードな彼らにほっこりしている内に、新たな可愛らしいイベントが起きようとしていた。
「あ、あの……バアルさん……」
今度はアオイ殿が、そわそわと小柄な身体を揺らしている。
恐らく褒めて欲しいんであろう。自分の手元とバアルの顔とをチラ、チラ見比べておる。なんとも健気で愛らしい。
遠巻きに見ている私でも気づくのだ。気配りに長けたバアルが気づかない訳がない。
「大変お上手ですよ……やはり、私のアオイは料理の天才でいらっしゃる。下ごしらえの段階で、私は期待に心が踊っております」
恭しく手を取ってからの、美しい微笑み。流石だ。所作も、言葉も、百点満点……いや、百億満点であるなっ。アオイ殿もバッチリ心を掴まれたことであろう。
……ん? 今、さり気なく呼び捨てにしてはおらんかったか? しかも、私の、とわざわざ主張しおったか?
……よいぞ! もっと押すのだ、バアル! イチャイチャするのだ! 私の心の栄養の為にも!
「ひょわ……」
うんうん。見事にヒットしておるな。真っ赤な顔を、ふにゃふにゃ綻ばせて……
「が、頑張りますね……俺、ご期待に応えられるように……」
柔らかく微笑みながら、バアルがスタイルのよい身体を屈める。てっきりアオイ殿の目線に合わせようとしているだけかと思っておったのだが。
「ええ、頑張りましょう。ご一緒に」
可愛らしいヘアピンを止め、ちょこんと出した小さなおでこに額を重ねたかと思えば、流れるような口づけ。あまりの堂々っぷりに錯覚してしまう。これが彼らにとっての日常であったかの? と。
特等席で目撃していたグリムが反射的に黄色い声を上げ……そうになっていたが、クロウが素早く手で覆った。ナイスだ。せっかく二人の世界を満喫しておるのだからな。
とはいえ、ここまでならば、さほど驚くこともなかったであろう。バアルからのアプローチである故な。キスはレアな部類ではあるが。
「は、はぃ……」
可愛らしい声で答え、小さく頷いたアオイ殿が、ますます幸せそうに表情を蕩けさせる。
もじもじと華奢な肩を揺らす彼に、スラリとした背を丸めたまま熱い眼差しを送り続けているバアル。何かを期待しているのだろうか。触覚を揺らし、羽をはためかせている。
その何か、はすぐに分かった。
静かに歩み出た長身。その高い位置にある、引き締まった腰に巻かれた黒いエプロンが揺れた。
曇りかけていたアオイ殿の表情が、ぱぁっと明るくなっていく。長い腕からさり気なく抱き寄せられて、優しい緑の眼差しから微笑みかけられて。
すっと前を向いた瞳が「そうでしょう?」とクロウに同意を求めた。
「ちょっ、バアル様……」
柔らかく微笑む眼差しに見透かされたからだろう。クロウが解いた腕を伸ばそうとする。
が、相手が相手だ。直ぐ様、踏み止まった。待ったをかけようとしていた手が、行き場をなくしてうろうろ揺れている。
この時点でグリムは持ち直しかけていた。俯いていた顔を上げ、期待に満ちた瞳をクロウに向けていたのだ。
「そうです! バアルさんの言う通りですよ! 台無しになるって言ってましたもんね。だから、今が完璧の出来ってことですよね?」
そんな折に、さらなる追撃。たまったもんじゃなかったであろうな。あの透き通った、魔宝石のような瞳で見つめられたのだから。
「あ、アオイ様まで……勘弁して下さいよ……」
「ですが、本当のことでしょう?」
「うぐ……」
顔を真っ赤に染めて押し黙ったクロウに、おずおずとした声が尋ねる。
「……ほ、ホントですか? クロウ……僕、上手に出来てますか?」
そわそわ見つめる丸い瞳に、尖った喉仏が震えた。
「っ……出来てるよ。だから、そのまんま頑張れ。いいな?」
「はいっ」
うむっ、これにて一件落着であるな。
満面の笑顔を咲かせたグリム。照れくさそうに瞳を細めながらも、嬉しそうに緩やかに微笑むクロウ。見つめ合う二人の間で、ほのぼのとした空気が漂っている。
すっかり和やかムードな彼らにほっこりしている内に、新たな可愛らしいイベントが起きようとしていた。
「あ、あの……バアルさん……」
今度はアオイ殿が、そわそわと小柄な身体を揺らしている。
恐らく褒めて欲しいんであろう。自分の手元とバアルの顔とをチラ、チラ見比べておる。なんとも健気で愛らしい。
遠巻きに見ている私でも気づくのだ。気配りに長けたバアルが気づかない訳がない。
「大変お上手ですよ……やはり、私のアオイは料理の天才でいらっしゃる。下ごしらえの段階で、私は期待に心が踊っております」
恭しく手を取ってからの、美しい微笑み。流石だ。所作も、言葉も、百点満点……いや、百億満点であるなっ。アオイ殿もバッチリ心を掴まれたことであろう。
……ん? 今、さり気なく呼び捨てにしてはおらんかったか? しかも、私の、とわざわざ主張しおったか?
……よいぞ! もっと押すのだ、バアル! イチャイチャするのだ! 私の心の栄養の為にも!
「ひょわ……」
うんうん。見事にヒットしておるな。真っ赤な顔を、ふにゃふにゃ綻ばせて……
「が、頑張りますね……俺、ご期待に応えられるように……」
柔らかく微笑みながら、バアルがスタイルのよい身体を屈める。てっきりアオイ殿の目線に合わせようとしているだけかと思っておったのだが。
「ええ、頑張りましょう。ご一緒に」
可愛らしいヘアピンを止め、ちょこんと出した小さなおでこに額を重ねたかと思えば、流れるような口づけ。あまりの堂々っぷりに錯覚してしまう。これが彼らにとっての日常であったかの? と。
特等席で目撃していたグリムが反射的に黄色い声を上げ……そうになっていたが、クロウが素早く手で覆った。ナイスだ。せっかく二人の世界を満喫しておるのだからな。
とはいえ、ここまでならば、さほど驚くこともなかったであろう。バアルからのアプローチである故な。キスはレアな部類ではあるが。
「は、はぃ……」
可愛らしい声で答え、小さく頷いたアオイ殿が、ますます幸せそうに表情を蕩けさせる。
もじもじと華奢な肩を揺らす彼に、スラリとした背を丸めたまま熱い眼差しを送り続けているバアル。何かを期待しているのだろうか。触覚を揺らし、羽をはためかせている。
その何か、はすぐに分かった。
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