間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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記憶を失ったことで、改めて実感することが出来ましたので

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「い、イヤじゃないですよ! ただ、その……はしゃぎ過ぎちゃったなって……公共の場というか、人目もあるのに皆さんの迷惑に」

「問題ございませんよ? そちらに関しては」

 さらっと遮ってきた、平然とした声と言葉に、思わず間の抜けた声が漏れていた。

「へ?」

 でもすぐに、この驚きは序章に過ぎなかったんだと思い知らされることになる。

「寧ろ喜ばれているそうです。レタリー殿曰く、需要と供給が一致しているそうなので」

「……需要と供給?」

 つい、そのまま聞き返していた。

 だって、喜ばれているってだけでも疑問なのに、更に疑問なワードがくっついてきたからさ。

 ……バアルさんだけなら分かるんだけどな。お城の内外問わず、男女問わず、ファンが多いし。

 そもそも素敵な彼の笑顔なら、いくらでも需要があるハズだ。っていうか俺が欲しい。バアルさんコレクションが潤うし。

「ええ。何でも、推しと推しがイチャついているところを見られて幸せ、とのことです」

「……推し? い、イチャ?」

 ますます分からなくなった。推しと推しって……え? 俺も含まれてんのか?

 いやいやそんな、バアルさんとセットで俺を推して頂けている方なんて……いたわ。すんげえ身近にいらっしゃったわ。

 頭に過ぎった、神が作ったとしか思えない麗しいご尊顔。俺とバアルさんを、いつも楽しい催しへと誘ってくれる優しい王様、ヨミ様が。

 あー……ひとまず推し云々は置いといて……そんなに俺、バアルさんにイチャついちゃってたっけ? 抱きついてはいたけどさ。

 ほんのさっきを振り返ってみる。そこで、ようやく自覚した自分の行動。俺を抱き抱え、運んでくれている彼に頬を寄せたり、額をくっつけたり。

 前言撤回。完全にやっちまっていた。誰かに見られていることも、すっかりうっかり忘れて、優しい彼に甘えてしまっていた。

 またしても現実逃避を、彼の逞しいお胸に顔を埋めたい衝動に駆られている俺の鼓膜を、少し弾んだ声が揺らす。

「要するに、私とアオイ様は人目を気にせず堂々と戯れ合っても良い、という訳でございます」

 もう、かなりイチャついてしまった後なんですが?

 ……これ以上をする気なんだろうか。言い切ったバアルさんのご様子は、何だか得意気だ。頼もしい背で、静かにはためく半透明な羽も心なしか大きく広がり、煌めきが増しているような気がする。

「え、えっと、バアルさんは……良いんですか? それで……」

 気がつけば、逸らすみたいに尋ねていた。何と答えたらいいのか分からなかったんだ。

 長い睫毛を瞬かせ、しなやかな指をシャープな顎に当てながら「ふむ……」とひと呼吸。

 花が咲くように綻んだ唇が紡いでくれたのは、思いがけないお返事だった。

「そうですね……今なお、愛らしい貴方様の御姿を独り占めにしてしまいたい……などという自分勝手な気持ちを抱いてはおります」

 そっと伸ばされた指先が、俺の目尻を優しく撫でていく。流れるように続けて頬に触れてから、俺の手を取った。

「ですが……私しか知らないアオイ様を、私にだけ見せてくれる貴方様の表情を、私は沢山知っております」

 絡められ、繋がれた手の温度が熱い。真っ直ぐに俺を見つめてくれる、緑の眼差しも。

「何より、貴方様が私のことを常に想い、愛して頂けているのだと……記憶を失ったことで、改めて実感することが出来ましたので」

「……バアルさん」

 惹かれ合うみたいだった。離れていた俺達の距離が、どちらともなく埋まっていって、重なった。

「ん……」

 触れるだけで離れていってしまった柔らかい唇が甘く囁く。熱い吐息を吹き込むように耳元で。

「……約束通り、御身を愛でさせて頂いても? 勿論私めも、貴方様よりお慈悲を頂きますが」

「っ……」

 腰の辺りから背筋に沿って、駆け上ってきた淡い感覚。頭の芯まで蕩けてしまいそうな刺激に一気に酔わされてしまう。

 お陰様で胸どころか、喉まできゅっとなってしまった。ただただ何度も頷くことでしか、応えられなくなってしまった。

 またしても、すっかりフヌケになってしまった身体を、嬉しそうに微笑むバアルさんが抱き抱えてくれる。優しくシーツの上に横たえられた俺の上に、スラリと伸びた影が重なった。
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