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撫でて、頂けますよね? 若い私にして頂けていたように、愛らしい御手で

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 高い鼻先を擦り寄せながら楽しそうに、嬉しそうにクスクス笑う彼にはお見通しのようだ。いっぱいキスして欲しいけど、抱き締めて欲しいっていう欲張りな俺の気持ちなんて。

「……はい……だから、いっぱい俺のこと……ぎゅってしてくれませんか?」

 じゃあ、いいか、と開き直る。バレバレなことなんて今更だ。こうなったら、とことん甘えてしまおう。

 間近にある白い頬が、ほんのり染まっていく。一瞬びっくりして、でもすぐに嬉しそうに微笑む緑の眼差しが、少し前の彼と重なった。

 ……かわいい。やっぱり変わらないな。どんなバアルさんもカッコよくて素敵で……

「好きです……大好き」

 こぼれていた。あふれるほどに、いっぱいになっていた彼への想いが。

 ますます驚いたように見開いた緑の瞳が、透明な涙の膜に覆われていく。俺が慌てていられたのは、一瞬だった。

 気がつけば口づけられていた。それから、すぐに骨抜きにされてしまった。

 さっきまでの優しいものじゃない。少し強引で、熱を帯びた触れ方。吐息を奪われ、ともすればこのまま食べられてしまいそうなキスに、あっさり腰砕けにされてしまったんだ。

 全身に広がっていく、甘く激しい波に翻弄されて、見る見る内に力が抜けていってしまう。重力に従って、ぐったりひっくり返りそうになっていた俺を、筋肉質な腕がしっかり抱き支えてくれた。

「は……っぁ……ばありゅ……」

 身体どころじゃない。呂律までフヌケになってしまっている。

 でも、これだけじゃすまなかった。すましてくれなかった。恭しく取られた手が、指を絡めて繋がれる。

「私も、心の底からお慕い申し上げております……愛してますよ、アオイ」

 とびきりの笑顔と一緒に、喜びに満ちあふれた低音が紡いでくれた想い。受け止めたいのに、受け止めきれなかった彼からの情熱に、とうとう俺は目を回してしまったんだ。



 柱の間を吹き抜けていく風が心地いい。体感的に丁度いい冷たさだ。俺の頬が、熱を帯びっぱなしのせいかもしれないけれど。

 目尻にかかった俺の髪を、長い指がそっと耳にかけてくれる。満足そうに微笑んだバアルさんが「ああ」と思い出したように口を開いた。

「ところでアオイ様。この後のご予定は、どうなさるおつもりだったのでしょうか?」

 今更ながら気づく。そういやお外だったな、と。デートの途中だったな、と。

 その瞬間、遅れてやってきた気恥ずかしさに、ますます顔が熱くなった。やり過ぎちゃったな……夢中になりすぎてしまった。いくら静かな場所だからって、テーブルを囲む柱の影になって見えにくいからって。

 でも、すっごく嬉しかったし……したかった、もんな……バアルさんと……キス……

「アオイ様?」

 反省しているのか、していないのか。うだうだと、一人頭を抱えていた俺を不思議そうに、優しい瞳が見つめている。

「す、すみません……えっと、ここでのんびりおしゃべりしたり、お散歩したりするつもり……だったんですけど」

 やっぱりというか、なんというか。俺は全く反省していなかったらしい。

「その……まだ、このままでいたいっていうか……バアルさんに、ぎゅってしてて……欲しいんです……」

 目の前で微笑みかけてくれる緑の瞳に映っていたくて。優しく背を支えてくれ、頭を撫でてくれている温もりと離れがたくて。ジャケットの裾を引っ張ってしまっていたんだ。

「すみません……俺からお散歩デート、誘ったのに……」

 言い出しっぺのくせに、結局予定通りに実行出来たのは、中庭でお弁当を食べただけ。その後は、自分のやりたいがままに、優しい彼に甘えてしまった。

 沈んでいく気持ちと一緒に、身体までもが縮こまっていってしまう。俯いていた俺の頬を馴染みのある温かさが包み込んだ。

 添えられた大きな手のひらから優しく促され、見上げた先でうっとりと細められた緑とかち合う。

「いえ、私も切望しております。貴方様と触れ合っていたいと……今朝のように、御身を愛でさせて頂きたいと」

 囁くように告げてくれた低音に含まれた甘い雰囲気に、胸の奥が擽ったくなってしまう。

 ……期待してしまう。今日は、もうずっと好きなだけ、バアルさんの腕の中に居られるのかなって。

「……い、いいんですか? 俺、ずっとくっついちゃいますよ?」

 俺的には、結構思い切ったことを言ったつもりだったんだが。

「ふふ、構いませんよ。私も今日ばかりは……いえ、いついかなる時もこの老骨めは、貴方様を抱き締めさせて頂きたいと、年甲斐もない願いを抱いております故」

 あっさり返り討ちにされてしまった。

 クスリと緩やかな笑みを描いた唇によって紡がれた、嬉し過ぎるお言葉だけじゃない。恭しく取られた左手。彼とお揃いの銀の輪をつけた薬指に優しいキスを頂きながら、上目遣いに微笑まれてしまったんだ。

 お陰様で小躍りしかけていた鼓動はバクバクと踊り狂い、やっとこさ落ち着きかけていた身体まで、またフヌケにされてしまった。オーバーキルもいいとこだ。

「ふぇ……」

 一気に熱さを取り戻してしまった顔を、柔らかい風がほんのり冷やしてくれる。たこみたく、ふにゃふにゃになっている俺を、片腕一つでしっかり抱き支えてくれながら、バアルさんが微笑んだ。

「ですから、お部屋デートに変更致しませんか?」

 彼の背を飾る、水晶みたいに透き通った羽が落ち着きなくはためき始め、額の触覚がそわそわ揺れ出す。

「私も、アオイ様に愛でて頂きたいのです……撫でて、頂けますよね? 若い私にして頂けていたように、愛らしい御手で……」

 まさかの追い打ちだった。好きな人からのお願いってだけでも堪らないのに……期待に揺れる緑の瞳に見つめられながら、慈しむように手を撫でられるなんて。

「はぃ……しまふ……させて、いただきまふ……」

 誰でもいいから褒めて欲しい。蕩けきった表情筋のせいで口がバカになってしまったけれど、ちゃんと返事は返せたんだからさ。

「光栄に存じます」

 ご満悦そうに微笑む唇が、頬にそっと触れてくれる。おかしいな……若い彼も、今の彼も、同じ彼のハズなのに。元に戻ったバアルさんは、前よりもパワーアップしたような……そんな気がしたんだ。
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