間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
334 / 1,047

撫でて、頂けますよね? 若い私にして頂けていたように、愛らしい御手で

しおりを挟む
 高い鼻先を擦り寄せながら楽しそうに、嬉しそうにクスクス笑う彼にはお見通しのようだ。いっぱいキスして欲しいけど、抱き締めて欲しいっていう欲張りな俺の気持ちなんて。

「……はい……だから、いっぱい俺のこと……ぎゅってしてくれませんか?」

 じゃあ、いいか、と開き直る。バレバレなことなんて今更だ。こうなったら、とことん甘えてしまおう。

 間近にある白い頬が、ほんのり染まっていく。一瞬びっくりして、でもすぐに嬉しそうに微笑む緑の眼差しが、少し前の彼と重なった。

 ……かわいい。やっぱり変わらないな。どんなバアルさんもカッコよくて素敵で……

「好きです……大好き」

 こぼれていた。あふれるほどに、いっぱいになっていた彼への想いが。

 ますます驚いたように見開いた緑の瞳が、透明な涙の膜に覆われていく。俺が慌てていられたのは、一瞬だった。

 気がつけば口づけられていた。それから、すぐに骨抜きにされてしまった。

 さっきまでの優しいものじゃない。少し強引で、熱を帯びた触れ方。吐息を奪われ、ともすればこのまま食べられてしまいそうなキスに、あっさり腰砕けにされてしまったんだ。

 全身に広がっていく、甘く激しい波に翻弄されて、見る見る内に力が抜けていってしまう。重力に従って、ぐったりひっくり返りそうになっていた俺を、筋肉質な腕がしっかり抱き支えてくれた。

「は……っぁ……ばありゅ……」

 身体どころじゃない。呂律までフヌケになってしまっている。

 でも、これだけじゃすまなかった。すましてくれなかった。恭しく取られた手が、指を絡めて繋がれる。

「私も、心の底からお慕い申し上げております……愛してますよ、アオイ」

 とびきりの笑顔と一緒に、喜びに満ちあふれた低音が紡いでくれた想い。受け止めたいのに、受け止めきれなかった彼からの情熱に、とうとう俺は目を回してしまったんだ。



 柱の間を吹き抜けていく風が心地いい。体感的に丁度いい冷たさだ。俺の頬が、熱を帯びっぱなしのせいかもしれないけれど。

 目尻にかかった俺の髪を、長い指がそっと耳にかけてくれる。満足そうに微笑んだバアルさんが「ああ」と思い出したように口を開いた。

「ところでアオイ様。この後のご予定は、どうなさるおつもりだったのでしょうか?」

 今更ながら気づく。そういやお外だったな、と。デートの途中だったな、と。

 その瞬間、遅れてやってきた気恥ずかしさに、ますます顔が熱くなった。やり過ぎちゃったな……夢中になりすぎてしまった。いくら静かな場所だからって、テーブルを囲む柱の影になって見えにくいからって。

 でも、すっごく嬉しかったし……したかった、もんな……バアルさんと……キス……

「アオイ様?」

 反省しているのか、していないのか。うだうだと、一人頭を抱えていた俺を不思議そうに、優しい瞳が見つめている。

「す、すみません……えっと、ここでのんびりおしゃべりしたり、お散歩したりするつもり……だったんですけど」

 やっぱりというか、なんというか。俺は全く反省していなかったらしい。

「その……まだ、このままでいたいっていうか……バアルさんに、ぎゅってしてて……欲しいんです……」

 目の前で微笑みかけてくれる緑の瞳に映っていたくて。優しく背を支えてくれ、頭を撫でてくれている温もりと離れがたくて。ジャケットの裾を引っ張ってしまっていたんだ。

「すみません……俺からお散歩デート、誘ったのに……」

 言い出しっぺのくせに、結局予定通りに実行出来たのは、中庭でお弁当を食べただけ。その後は、自分のやりたいがままに、優しい彼に甘えてしまった。

 沈んでいく気持ちと一緒に、身体までもが縮こまっていってしまう。俯いていた俺の頬を馴染みのある温かさが包み込んだ。

 添えられた大きな手のひらから優しく促され、見上げた先でうっとりと細められた緑とかち合う。

「いえ、私も切望しております。貴方様と触れ合っていたいと……今朝のように、御身を愛でさせて頂きたいと」

 囁くように告げてくれた低音に含まれた甘い雰囲気に、胸の奥が擽ったくなってしまう。

 ……期待してしまう。今日は、もうずっと好きなだけ、バアルさんの腕の中に居られるのかなって。

「……い、いいんですか? 俺、ずっとくっついちゃいますよ?」

 俺的には、結構思い切ったことを言ったつもりだったんだが。

「ふふ、構いませんよ。私も今日ばかりは……いえ、いついかなる時もこの老骨めは、貴方様を抱き締めさせて頂きたいと、年甲斐もない願いを抱いております故」

 あっさり返り討ちにされてしまった。

 クスリと緩やかな笑みを描いた唇によって紡がれた、嬉し過ぎるお言葉だけじゃない。恭しく取られた左手。彼とお揃いの銀の輪をつけた薬指に優しいキスを頂きながら、上目遣いに微笑まれてしまったんだ。

 お陰様で小躍りしかけていた鼓動はバクバクと踊り狂い、やっとこさ落ち着きかけていた身体まで、またフヌケにされてしまった。オーバーキルもいいとこだ。

「ふぇ……」

 一気に熱さを取り戻してしまった顔を、柔らかい風がほんのり冷やしてくれる。たこみたく、ふにゃふにゃになっている俺を、片腕一つでしっかり抱き支えてくれながら、バアルさんが微笑んだ。

「ですから、お部屋デートに変更致しませんか?」

 彼の背を飾る、水晶みたいに透き通った羽が落ち着きなくはためき始め、額の触覚がそわそわ揺れ出す。

「私も、アオイ様に愛でて頂きたいのです……撫でて、頂けますよね? 若い私にして頂けていたように、愛らしい御手で……」

 まさかの追い打ちだった。好きな人からのお願いってだけでも堪らないのに……期待に揺れる緑の瞳に見つめられながら、慈しむように手を撫でられるなんて。

「はぃ……しまふ……させて、いただきまふ……」

 誰でもいいから褒めて欲しい。蕩けきった表情筋のせいで口がバカになってしまったけれど、ちゃんと返事は返せたんだからさ。

「光栄に存じます」

 ご満悦そうに微笑む唇が、頬にそっと触れてくれる。おかしいな……若い彼も、今の彼も、同じ彼のハズなのに。元に戻ったバアルさんは、前よりもパワーアップしたような……そんな気がしたんだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...