上 下
326 / 466

いやいやまさか……紳士な彼に限ってそんな……

しおりを挟む
 若々しい彼も、ダンディな彼と同じく熱烈だ。つらつらと饒舌に提案しながら、俺の手を取り握り締めてくる。

 懐いてくれているわんこの尻尾みたく、ぶんぶんはしゃいでいる触覚。はためきっぱなしの羽もかわいくて仕方がない。でも。

「ごめんなさい……朝からは、その……ダメになっちゃうから」

「……駄目になる、とは?」

 尋ねてきた彼の羽はすっかり縮んでしまっていた。これは、一から全部話した方が良さそうだな。誤解されちゃう前に。

「その……今日は俺、バアルさんと中庭でお散歩デートしたくて……初めてのデートの時みたいに。それで、今回はお弁当も、手作りしたくて……でも、今、甘やかされちゃったら……俺、一日中ベッドに……じゃなくて、ダメになっちゃ」

「ならば致し方ありませんねっ」

 弾んだ声が食い気味に納得してくれた。

 良かった……すっかり上機嫌だ。緩やかな弧を描く口元は喜びに満ちあふれ、触覚は弾むように揺れている。瞬く間に、俺達を覆わんばかりに大きく広がって羽は、風を切るようだ。いやむしろ、風が吹いてきている。はためき過ぎて。

 まさかこんなに喜んでくれるなんて……いや、期待はしていたけどさ。

 お花まみれの思考と一緒に、表情筋が溶けかかっている俺におずおずとした声が尋ねてくる。

「因みにですが……お弁当の中身のご予定は……」

「あ、はい……サンドイッチを作ろうかなって、思ってます。メインはハンバーグとスクランブルエッグの二種類を、デザートは生クリームたっぷりのフルーツサンドを作るつもりです」

 スヴェンさんのお手軽レシピに載っていたアレンジ。そちらを実践しようかなって。

 なんせ昨日はヨミ様からの素敵なプレゼント、俺とバアルさんのメモリアルムービーに夢中で、バアルさんの好物を作ってあげられなかったからなぁ。

 だから、是非とも食べてもらいたい。皆さんとのお茶会の時も、俺の料理に興味津々なご様子だったしさ。

「大変魅力的でございますね……今から楽しみで仕方がありません」

 期待に揺れる緑の瞳に、そわそわと揺れている長身に、俺の鼓動もはしゃいでしまう。

「良かった……喜んでもらえて」

「本日もお手伝いさせて頂いても?」

「はいっ、スゴく助かります。一緒に頑張りましょうね」

「ええっ、宜しくお願い致します」

 ほんわかとした空気の中、はたと気づいた。お互い、ほとんど裸のままで向かい合っていたことに。

 途端に蘇ってしまう。ふわふわとした心地よさが、彼と二人で溶け合うような感覚が。

「あの……バアルさん」

 繋いでくれていた手に、つい力を込めてしまっていた。ちょっぴり震える指先を見なかったことにして、彼を見つめる。

「はいっ、いかがなさいましたか?」

「夜になったら、俺のこと……バアルさんの……す、好きにしていいですから……」

 ニコニコ綻んでいた頬が、ボボボッと真っ赤に染まっていく。

 大胆なこと言っちゃったな、とは思っていた。でも珍しく、恥ずかしさが襲ってくることはなかった。

「っ……アオイ様」

 気がつけば、視界いっぱいに緑の瞳を滲ませたトマトなバアルさん。耳元では、俺達の重さを一身に受けたベッドの悲鳴が聞こえた。

 さっきよりも俺を抱き締めてくれる温もりが熱く、伝わってくる鼓動も激しい。

 いやいやまさか……紳士な彼に限ってそんな……

「い、今じゃないですからねっ?」

「大丈夫ですよ……心得ております。軽いスキンシップならば、お許し頂けますよね?」

 念押しは必要なかったみたいだ。嬉しそうに尋ねる彼から妖しい雰囲気は一切感じない。ただ、はしゃいでいるだけみたい。

「……はい。キスとか、撫でてくれるだけなら……俺も嬉しいですし……」

「ありがとうございますっ」

 ぱあっと眩しい笑顔を浮かべた彼からの触れ合いは、ほのぼのとしたものだった。だったんだけど……

「んっ……ば、バアルさ……」

 時々、手つきが微妙に擽ったいんですけど?

 触れるだけのキスを何度も送ってくれながら、しっとりとした柔い指先で首や耳に触れてくる。

 その撫で方が、ちょっぴり妖しいんだ。甘やかすような感覚に、しれっとぞくぞくするのを混ぜ込んでくるような……

「おや……あくまで私は、貴方様を撫でさせて頂いているだけですが?」

 クスクスと笑みをこぼす唇は楽しげで、ちょっぴり意地悪だ。囁く時に、わざわざ耳にフッと吐息を吹きかけてくる。そういうのに俺が弱いって分かってるハズなのに。

「ん、ぅ……そう、ですけどぉ……」

「ふふ、では続けても構いませんよね?」

 バアルさんが喜んでくれていると俺も嬉しい。おまけにキスしてもらえるし、触ってもらえる。Win-Winどころじゃない現状だ。

 ……止めて欲しくない。それどころか、もっと。

「……はぃ……続けて欲しい、です……」
 
「御慈悲に感謝致します」

 頷くしかない俺を見つめる緑の眼差しが、ご満悦そうに細められる。

 結局俺は、たっぷり彼から甘やかされてしまったんだ。そういう雰囲気にならない程度の絶妙な加減で。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,808pt お気に入り:220

さようなら旦那様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:46,208pt お気に入り:443

不妊を理由に離縁されて、うっかり妊娠して幸せになる話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:2,641

出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:387

君の瞳は月夜に輝く

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:171

処理中です...