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昨日の抱きついただけで、キス一つで照れまくっていたかわいい彼は何処にいったのか

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 全身を優しく支え、包みこんでくれているベッドの中で、今日もまた朝を迎えた。

 まだ、ぼんやりと焦点の定まっていない視界、回っていない思考。それらがたった一発で目覚めさせられることになる。

「おはようございます、アオイ様」

 甘さを含んだ穏やかな声に、花が咲くような微笑みにときめかされて。

「おはようございまひゅ……バアルしゃん」

 呂律はまだ、寝ぼけたままだけど。

 挨拶を交わしただけで、とろりと細められた眼差しが、若葉を思わせる緑の輝きが、宝石のように美しい。

 ほんのり桜色に染まった透明感のある白い頬に、サラリとかかった白い髪。後ろにキッチリ撫でつけられている普段と違い、下ろされている前髪が、大きな窓から差し込む日差しを受けて、銀糸のようにキラキラ煌めいている。

 もしかしなくても、ずっと待っていてくれたんだろうか? 俺が起きるまで声をかけずに。

 いつもみたいに起こしてくれれば……って、そうだった。今の彼は、一時的に俺との記憶をなくしてしまっているんだった。失った魔力を回復する為に、自分の身体を術で若返らせた影響で。

 胸の中に、ちょっぴり吹いた寂しい風。氷に触れたような冷たい感覚。けれどもすぐに溶かされた。

「今日も大変お可愛らしいですね……私の妻は」

 あっという間に胸どころか全身が熱くなり、頭の中にお花が咲き乱れていく。額をちょこんと重ねられ、艷やかに微笑む唇から優しいキスまで頂いてしまって。

 ぽやぽやしたまま、唇にふわりと残る幸せを噛み締めている間も、胸が高鳴る供給は止まらない。

 大サービスだ。ハリのあるスベスベな頬を、シャープな高い鼻先を擦り寄せてくれるわ。温かく柔らかい唇で、額に、頬に、目尻にと……何度も触れてくれるわ。

 昨日の抱きついただけで、キス一つで照れまくっていたかわいい彼は何処にいったのか。すでに俺の知る、スマートで大人の余裕たっぷりなバアルさんになられてしまっている。嬉しいんだけどさ。

 因みに今現在、普段では有り得ない状況のまま夜を明かしてしまっているんだが……いまだ俺は気づいていない。

 その事柄について、バアルさんが一切気にしていないっていうのもある。あるんだが……それ以上に彼から与えてもらえる心ときめくスキンシップを、すっかりたっぷり享受していたもんだから、気がつくハズもなかった。

「……アオイ様」

 視界を埋め尽くしていた柔らかい笑顔が、しょんぼり沈んでいく。細い眉は八の字に下がり、上機嫌に弾んでいた額から生えている触覚も力なくへにょんと垂れている。

 何だか寂しそうだ。なんかしたっけ? ……したんだろうな。

「は、はい、何ですか? バアルさん」

 ちょっとした表情や仕草の変化から、俺の心の内をズバリ見抜いてしまう彼とは違い、察しの良くない俺だ。

 だから素直に聞くが早い。確実だしな。という訳で早速、何か俺にして欲しいことって……と聞こうとしたんだが、先を越されてしまった。

 俺の背を抱いてくれていた温もりがふっと緩む。衣擦れの音を立てながら、布団の中からもそりと伸びてきた透き通るような白く長い腕。

 柔らかい手のひらが俺の頬をひと撫でしてから、しなやかな指先が口に触れた。輪郭をなぞるように撫でながら、小さく尋ねてきた。

「今日は、頂けないのでしょうか? 貴方様からのお返しは……」

「っ……」

 ズルい……かわいい……

 頬を桜色に染めた彼の触覚が、そわそわと揺れている。期待に満ちた眼差しで熱心に見つめ、今か今かと前のめりに長身を屈めてはいるものの、俺からを望んでくれているんだろう。今以上に彼の方から距離を詰めてくることはない。

 その健気な姿勢だけでも、はしゃぎっぱなしの胸の奥から色々と込み上げてしまっているのに。

「アオイ様……」

 胸がきゅっと疼くような声色で、強請るみたいに呼ばれてしまったもんだから、突き動かされていた。

 押しつけるみたいに触れた唇が、嬉しそうに綻んでいく。切なく歪んだへの字から、緩やかにUの字へと変わっていく。

「ん……は、バアルさ……ふ、ぁ……んっ……」

 一回だけのつもりだった。けれども気がつけば夢中で交わしていた。引き締まったラインが美しい首へと腕を絡め、繰り返し自分から重ねていたんだ。

 擽ったそうに微笑んでいた、煌めく緑の瞳が妖しい熱を帯びていく。

「は……ぁ……バアル、さ?」

 やり過ぎたかと思った。

 回していた腕をやんわりと解かれ、真っ白なシーツに背を預けるように転がされて。でも違った。

 彼の表情からは先程までの穏やかさがなくなっている。代わりに焦がれるような、俺を求めて止まない目をしたバアルさんが静かに俺を見下ろしていた。

 長い腕が俺達を包んでいた掛け布団を、邪魔だと言わんばかりに広いベッドの端へと放る。

 俺の身体を跨ぎ、覆い被さってきた長身。彫刻のように盛り上がった胸板が、キッチリ割れた腹筋がカッコいい。

 そんでもって色っぽい。ムダな脂肪など一切ない引き締まった腰回りが。白い肌にピタリとフィットした、ボクサータイプのパンツからチラリと覗く付け根のラインが……ん? 

「ひょわ……」

 そこで、ようやく俺は気がついた。彼が大事な部分以外、神秘的な美しさを放つ素肌を、鍛え上げられた男らしい肉体を、惜しげもなく晒していることに。

 慌てて下げた視線の先でもう一つ、重大なことに気づく。
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