間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある王様は我が目を疑う

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 伏せては見上げ、また伏せてを繰り返していたオレンジの瞳。はにかむ眼差しが、緑の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。次の瞬間、私は己の目を疑った。

 微笑むバアルにちょんっと顔を寄せ、ぱっと離れていったアオイ殿。小さな手で口元を覆う彼を、笑みを深くしたバアルが優しく抱き寄せている。

 ………え? 今、お返ししたのか? 照れ屋さんなアオイ殿が? 自分からバアルにキスを??

「……レタリー、頼みがある」

「はい、何でしょう?」

 同じテーブルを囲んでいた私の秘書殿。広いソファーのど真ん中で尾羽根を伸ばしていた男が、すっくと立ち上がり私の側へと歩み寄る。

「今すぐに、私の頬を摘んでもらってもいいだろうか? 少々強めに」

「……ご心配せずとも夢ではございませんよ、現実です。貴方様の目の前で広がっている、素晴らしい光景は全て」

「……マジか」

「マジです」

 証拠ならばココに、と差し出されたのは黄緑色の投影石。すかさず秘書殿の手によって魔力が込められ、石が淡い光を帯びていく。

 私の前に小さく浮かんだ映像。石から放たれている光の中には、先程の二人の姿が。勇気を振り絞ってバアルの想いに応えたアオイ殿と、彼からの愛を幸せそうに受け取っているバアルが映っていた。

「……結婚式はまだか? ベールを纏った可愛らしいアオイ殿と、揃いの真っ白なスーツをカッコよく着こなすバアルは? いつ見られる?」

「お気持ちは痛いほど分かります。ですが、一先ず落ち着きましょう。ほら、深呼吸して……」

 ついひと息で、心の底から漏れ出た望みを口にしたのがいけなかったのであろう。お世話モードのスイッチが入ってしまっていた。

 ソファーから前のめりになっていた私の背を擦りながら、レタリーが手本を見せてくる。はい、吸って……吐いて……とサポートしてくる。

 流石に仕方を忘れてはいないのだが。いくら頭の中で、ぱんぱか祝福のファンファーレが鳴り響いておるからといって。

 とはいえ、厚意を無駄にしてはいかんな。心配してくれているのは事実であるし。男前な顔をくしゃりと歪めている秘書殿に合わせ、息を長く吸い込んだ。

 途端に香ばしい匂いが鼻を擽り、肺を満たしていく。いつの間にか、もう揚げる工程に入っていたらしい。

 バチバチと音を立てるフライパン。油の海に浮かんでいるであろう肉を、おっかなびっくり覗き込んでいるアオイ殿とグリムに、バアルとクロウがそれぞれ声をかけておる。

 良く出来ましたね、と。いいぞ、初めてにしては上出来だ、と。柔らかく微笑みかけながら、褒めて伸ばしておる。そっと目を合わせたオレンジと薄紫が、嬉しそうにふにゃりと笑った。

 しまった、見逃した! 今日こそは、一から十まで全てこの目に焼きつけようと心に決めておったのに。

「後からじっくり拝見出来ますよ。予備の石で録画しておりますので」

「なんと、素晴らしい……有能過ぎるな、そなた」

「因みに結婚式の準備も済んでおります。挙げようと思えば明日にでも」

「……最上の褒美を取らせよう。そなたは勿論だが、準備に携わった全ての者にな」

 私としては、本気で望むものは何でも与えようと思っていたのだが。

「お二方の幸せなお姿を拝見出来ることが、何よりの褒美ですよ」

 その気持ちは分かる。けれども、それでは私が納得がいかん。何か考えておくように、と半ば命令に近い形で頼み込んだが、どこ吹く風。

「考えておきます」

 黄緑色の瞳を細め、擽ったそうに微笑むだけであった。

「……後はお二人のタイミングが合えば、というところでしょうね」

 言葉に釣られて向けた視線の先では、丁度きつね色に揚がったカツレツを皆で味見しているところであった。

 一口サイズに切り分けた、こんがり美味しそうなカツレツ。フォークに差した肉汁あふれる一切れを、アオイ殿が緊張した面持ちでバアルに食べさせている。

 式だの何だのと、二人の晴れ姿に思いを馳せていたからであろう。いつものあーんが、ファーストバイトにしか見えない。

「……どう、ですか?」

「大変美味しいですよ……衣はサクサクと触感が良く、お肉も旨味が閉じ込められており、しっとりと仕上がっております」

 花咲くように微笑むアオイ殿に、今度はバアルが食べさせる。一口含んだ瞬間、大きな瞳が星のように輝いた。

「美味しいです!」

「ふふっ……それは、何よりです」

「あ、アオイ様、バアル様……ぼ、僕が揚げた豚肉の方も……」

「こら、グリム……」

 こちらも味見を終えたのか、半分になったカツレツを乗せた皿をおずおずとグリムが差し出す。邪魔をしてはいけない、そうクロウは思ったのであろうが。

「わぁっ、美味しそうですね! 俺達の鶏のと交換しましょう?」

「は、はいっ」

「すみません、ありがとうございます」

 細い両腕を広げ、大歓迎なアオイ殿を中心に広がっていく笑顔の輪。

「……レタリー、頬を」

「大丈夫です。大丈夫ですから」

 思わず、また錯覚していた。とびきりいい夢でも見ているんじゃないかと。

 宥めるように私の背を行き交う手に促され、吸って、吐いてと気持ちを落ち着かせていた時であった。

「ヨミ様! レタリーさん! 味見をお願いしてもいいですか?」

 満面の笑顔と一緒に運ばれてきた幸せの味。出来立てを頂いた途端に、皆を心配させてしまった。

 胸がいっぱいになってしまったんだ。嬉しくて、美味しくて……込み上げてきた熱いもののせいで、目の前がボヤけてしまったんだ。
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