間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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ささやかだけれど、確かな熱に応えて

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 いや、ダメだ、ダメだ……我慢しないと。さっき、一回しただけでぽやんぽやんになっちゃったんだぞ? それなのに今したら、撫でる余裕なんかなくなっちゃうって。確実に。

 そうなったらお決まりのコース。今朝みたいに、バアルさんに甘やかされるだけ甘やかされて終わってしまう。

 彼から直々に、撫でて下さいってお願いされたんだから。それに、いつもときめかされてばっかしじゃなくて、俺だってたまにはバアルさんを。

「……して頂けないのでしょうか?」

「ふぇ?」

「てっきり私は、貴方様から愛らしい口づけを賜われるものだと期待しておりましたが……」

 艷やかに微笑んでいた形のいい唇が、切なそうに歪む。

「やはりこの老骨めでは、貴方様の御心を擽る可愛らしさが足りないのでしょうか? 若い私は、いとも容易く貴方様から、可愛らしいスキンシップを賜われておりましたのに」

 ……ホントにズルい。意気込んでからすぐに、こっちの心を鷲掴みにしてくるなんてさ。

「か、かわいいしカッコいいですよ! それに……く、擽られてましたっ! キスしたいなって思いましたからっ!」

 寂しそうに細められた瞳が俺をじっと見つめてくる。では何故? と促してくる。白状した方がよさそうだ。全部まるっと。

「だって、俺、夢中になっちゃいますもん……バアルさんからのお願い、叶えたいのに……き、キスしちゃったら、また、いっぱいして欲しいなって……俺ばっかりになっちゃ」

 思わず息を呑んでいた。焦がれるような熱を宿した、鮮やかな緑の瞳に捉われて。

 あっという間だった。鼻先が、吐息が、触れ合っただけで、砂の城よりも脆い俺の理性は跡形もなく崩れ去っていった。

 最初っから、我慢なんて出来る訳がなかったんだ。

「ん……」

 吸い寄せられるように押しつけていた。触れ合えた部分から、くすくすと上機嫌な震えが伝わってくる。

 ぶわりと広がっていく透き通った羽。広い彼の背を神秘的に飾る煌めきが、俺達を優しく包み込んでいく。大きな窓から差し込む、柔らかいオレンジ色の光から隠すように。

「ん、んっ……ぁ」

 何度か交わして離れていった唇が、首の辺りに触れてくる。じゃれついてくれているような、ただひたすらに優しいだけの触れ方がもどかしい。

「っ……バアルさん……バアル……」

 もっと、もっと触れて欲しくて、甘やかして欲しくて、強請ってしまっていた。名前を呼んで、シワが寄るくらいにシャツを掴んでいた。

 期待に応えてくれた唇が、鎖骨の近くを甘く食んだ。勝手に肩が跳ねてしまう。ついでに上擦った吐息も漏れていた。

 ふと額に感じた自分以外の熱。滲んだ視界いっぱいに広がる彫りの深い顔が、優しく微笑みかけてくれた。

「大丈夫ですよ。今はまだ軽いスキンシップ程度に留めますので……」

 ……いいのに。ちょっと早いけど、いいのに。いつもみたいに俺のこと……愛して欲しいのに。

 ずっとひた隠しにしていたけれど、気づかないフリをしていたけれど、心の隅っこから滲み出てきてしまっていた欲求。ささやかだけれど確かな熱を、俺のことをお見通しな彼が気づいてない訳がなかった。

「ただ今晩はお覚悟下さい。私の好きにさせて頂きます……貴方様を抱かせて頂きますので」

「ふぇ?」

 艷やかな眼差しに魅入られて、一気に真っ白にされた頭の中。ふわふわ、ぽわぽわしている脳内に、今しがた彼が紡いだ言葉が木霊していく。

 好きに……抱かせて…………え?

「だ、だだだ、抱くって……まさか、本番……してくれるんですか?」

 俺の身体を思ってくれてのことだって、分かっていたけれど……あんなに渋っていたのに? 我慢してくれていたのに? 一体全体どういう風の吹き回しだろう?

 降って湧いたような嬉し過ぎる宣言に、夢でも見ているような気分になってしまう。

 つい、お約束のように頬を摘もうと持ち上げた手を、包み込むように両手でぎゅっと握られた。

「ええ、大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。いつも以上に優しく致しますので……どうか私を受け入れて頂けますか?」

「は、はぃ……お願いしまふ……」

 何度も頷く俺を見て、整えられた髭が素敵な口元がホッと微笑んだ。

「ありがとうございます。此方こそ宜しくお願い致します」

 そこから先は、よく覚えていない。

 多分、俺を安心させようとしてくれていたんだろう。無理はさせませんからね、とか。何かあればすぐに中断致しますので、とか。言ってくれていたような気がする。

 気がするんだけど、浮かれた熱で頭がオーバーヒートしてしまっていた俺は、彼の腕の中でぽーっとしてしまっていたんだ。窓の外の夕焼けが、穏やかな夕闇に変わっていくまでずっと。
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