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触りたいって、ホントにそっちの意味で……なのか? 

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「……どちらから、します?」

 そう問えば「先程の続きをお願い致します」と返ってきたので、ネクタイを解き、襟元を緩めさせてもらった。

 背伸びをすると直ぐ様、俺がやりやすいように屈んでくれる。ジャケットにベストとさくさく脱がさせて頂いていると。

「……誠に、慣れていらっしゃるのですね」

 ぽつりと意外そうな、照れくさそうな声。

「バアルさん程じゃないですよ。俺はいつもバアルさんのカッコよさにドキドキしっぱなしですけど、出会ってすぐの時から俺の着替えを平然と手伝ってくれてましたし。俺のこと、愛するお方、なんて言ってくれたのに……淡々と脱がせた下着を畳むもんだから、モヤッとしちゃいましたし」

 その後すぐに、手を出したいけれど滅茶苦茶我慢してくれているって分かったんだけどさ。でも、やきもきしていたからなぁ。年の差っていうか、俺にはない大人の余裕を感じてさ。

 しみじみと思いながら、シャツのボタンに手をかける。二、三個外したところでチラリと見えた男らしい胸板は、彫刻のように盛り上がっていてカッコいい。透明感のある白い素肌もキレイだ。

 すっかり見惚れ、あからさまにペースが落ちた俺の頭上から、おずおずとした声が降ってくる。

「……申し訳ございません。やはり、先に私からさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「へ? あ、はい。構いませんけど……」

 見過ぎちゃったのがいけなかったんだろうか? 

 いや、違うみたいだ。なんせ、何か、意気込んでいるというか、燃えているように見えたから。首元を飾る緑のリボンに手をかけた彼の眼差しは、あまりにも真剣そのものだったから。

 密かな衣擦れの音と共に解かれたリボンが、瞬く間に煙のように白い手の中から消えていく。慎重に、ゆっくり動いていた指先がシャツのボタンへと伸びてきた。

 フリルのついた襟元が、ゆっくりと白い手によって開かれて……いかなかった。上から三番目、胸元辺りのボタンに取りかかったところでピタリと止まってしまった。

「バアルさん?」

「っ……し、少々お待ち下さい」

「? はい……」

 ……今更だけど、辛そうだ。しなやかな指ばかりを、ぼんやり眺めていたもんだから気がつかなかったけれど。

 少し見上げた先にある、カッコよさと美しさを兼ね揃えたお顔は歪んでしまっている。眉間にシワを刻み、形のいい唇を引き結んで。何かを堪えているみたいに。

 やっぱり、俺に合わせようとしてムリしてるんじゃ……

 大丈夫ですか? と、止めましょうか? と。口を開こうとしたけれど叶わなかった。筋肉質な腕から勢いよく抱き締められて。

「ぅあ……ば、バアルさん?」

 代わりに出た、情けなく上擦った声。好きな人からの突然の供給に、頭の芯まで音が響くくらいに心臓が走り始める。

 ……抱き締め返しても、いいんだろうか? 俺からはびっくりしちゃうって言っていたけど……もう、これだけくっついてるんだし。背中に腕を回すだけなんだし。

 言い訳を並べつつ、広い背中に手を伸ばそうとした時だ。不思議な感覚を全身に覚えた。服を着ているハズなのに、優しい風から直接地肌を撫でられたような感覚。そして直後に、より熱くなった、触れ合う部分から伝わってくる体温。

 思わず視線を身体へと巡らせれば……脱げていた。袖が膨らんだ、至る所にフリルたっぷりのシャツも。膝上丈のズボンも、長めの靴下も……それから、下着も全部。気がつけば、消えていた。黒の水着一丁になっていた。

「ばっ、バアルさ、ん!?」

 俺だけじゃなかった。バアルさんもだ。鍛え上げられた身体を惜しげもなく晒していらっしゃる。密着しているもんだから、男らしい肉体美をほとんど拝めないのが残念だけれど……ってそんな場合じゃなかった。

 マズい……だって、いくら水着を着ているからって上半身はまっさらだ。ドキドキする、どころじゃない。そんな可愛いもんじゃない。

 だって、好きなんだぞ! 好きで堪らない人と裸同然で抱き合ってるんだぞ! このままじゃ……

「……申し訳ございません」

「え?」

 俺を閉じ込めていた腕の力が緩んでいく。腰の辺りに重ねられていた白い手が、そっと肩に移動する。

 ゆっくりと空いていく俺達の距離。少し見上げた先で、憂いを帯びた緑とかち合った。丸みを帯びた眉を八の字にした彼の口が薄く開いた。

「貴方様の知る私と同じように、スマートにお召し替えさせて頂こうと……そう、心に決めていたのですが……」

 伏せられた、銀糸のように美しい睫毛が僅かに震えている。息を整えるみたいに軽くひと息。そっから先は、とんでもなく熱烈だった。

「……愛らしい貴方様が、あまりにも自然に……私に御身を委ねて下さっているものですから……これ以上続けてしまうと衝動に抗えず、可愛らしい貴方様に無体を働いてしま……失礼、とにかく……不甲斐ない私めをお許し下さい……」

 ……無体。確かに今朝も、なんならさっきも。俺に……触れたいって、言ってくれていたけれども。

 ……え? てことは、ホントにそっちの意味で……なのか? 

「だ、だだだ大丈夫、ですよ……気にしないで、下さい……」

 突然の告白に、ますます鼓動がお祭り騒ぎをし始める。隠しきれていない動揺が声に出ていたせいだ。

「いかがなさいましたか?」

 逆に心配されてしまった。とはいえ、理由なんて言える訳がない。手を出したいって言われて嬉しかったから、だなんて。

 そもそも、ずっと濁されているんだから100%合ってるか分かんないし。触りたいってのも撫でるとか、ハグとか……そんな、ほのぼの系スキンシップって意味かもしれないんだし。

「……アオイ様?」

「ホンっとに大丈夫ですから! それより、入りましょう! 風邪引いちゃいますし、ね?」

「か、畏まりました」

 熱暴走しかけていた思考と一緒に固まっていた身体を無理矢理動かす。大きな手を握って引っ張れば、心配そうに見つめながらもついてきてくれた。

 一旦、あっついシャワーを浴びて落ち着こう、そうしよう。そうした方がいい。
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