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……私の妻は、もしやお菓子作りの天才なのではございませんか?
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優美な銀の装飾が至る所に施されたテーブルの上に並ぶのは、焼き立てのお菓子と淹れたての紅茶。大きな陶器のお皿に山盛りのクッキー。皆さんの前の個別のお皿には、紅茶とチョコのパウンドケーキが一切れずつ。お代わりも大皿に準備済みだ。
それらを皆で囲んで、約束のティータイム。午後の室内を満たす穏やかな静寂の中、真剣な響きを含んだ声色が隣からぽつりと発せられた。
「……ヨミ様」
俺とバアルさんの席から右斜め。一人がけの立派なソファーでスラリと長い足を組み、優雅にティーカップを傾けていた、真っ赤な瞳が此方を見る。
カップを静かにソーサーへと戻し、白い頬にさらりとかかった黒く長い髪を、しなやかな指で耳にかけた。
「どうした? バアル」
俺も注目してしまっていた。真剣そうな声もだけれど、その表情も大掛かりな魔術を扱う時みたいに、カッコいい横顔が引き締まっていたからさ。
それは、お向かいも同じだったらしい。グリムさんはひと口分欠けた花型のクッキーを慌てて小さな口へと頬張ってから、華奢な姿勢を正し。クロウさんも小皿へとフォークを預け、鷹のように鋭い金の瞳で俺とバアルさんを見つめている。
一同、固唾を呑んで見守る中。長く引き締まった腕が、不意に俺の肩を優しく抱き寄せた。
「……私の妻は、もしやお菓子作りの天才なのではございませんか?」
「ふぇ?」
「ですよねっ! アオイ様のお菓子、どれもすっごく美味しいですもん!!」
「どれだけ食べても飽きがこないというか、ホッとする優しい味が魅力的ですねぇ。お人柄と一緒で」
「ひぇ?」
「はっはっは! 聞いて驚くがよい! お菓子だけではないぞ! 料理の天才でもあるのだ!」
「ひょわっ!?」
盛大に声が裏返り、心音が走り出す。熱くなった顔からは湯気でも出ていそう。もう、ノックダウン寸前だ。曇り無き眼で発したバアルさんの一言を皮切りに始まった、怒涛の有り難いお褒めの言葉ラッシュによって。
小さな拳を握り、弾むように立ち上がったグリムさん。丸い薄紫色の瞳を輝かせるご様子を微笑ましそうに眺めながら、さらりと続いたクロウさん。
そして、大トリを飾るは、ご存知地獄の王様。立ち上がりざまに、しなやかな腕を指揮者のように広げ、緩やかな笑みを描いた口元は威厳たっぷり。
ラスボス様であるならば百点満点な高笑いと共に、言い放ったのだ。黒い羽をはためかせ、上品な金の装飾が施された黒い片マントを靡かせながら。本日もご機嫌そうで何よりだ。心なしか、側頭部から生えた鋭い角の光沢も増し増しでいらっしゃる。
「なんと……料理もでございますか?」
見開かれた緑の瞳が、眩い輝きを宿していく。気品に満ちた所作で座り直し、足を組みながらうんうんと頷くヨミ様は得意気だ。自分のことみたいに嬉しそうに、歌うように語り始める。
「うむ、大変健気であったぞ! 初挑戦の身でありながら、貴殿の好物であるハンバーグを美味しく作れるようになりたいと、幾度も練習を重ねる様は」
「ふっくらジューシで、すっごく美味しいんですよ!」
「付け合わせの人参のグラッセと、チーズ入りのスクランブルエッグも絶品ですよ」
座ったばかりなのに、また立ち上がってしまいそうなくらいに小柄な身体を前のめりにしてグリムさんが。そんな彼の頭を、お揃いの灰色のフードマント越しにぽん、ぽんっと優しく叩きながら、クロウさんが緩やかに口の端を持ち上げる。
皆さんの話を聞いて、ますます輝きが増した瞳。若葉を思わせる鮮やかな緑が俺をそっと見つめた。
「その……最初は、やっぱりバアルさんの好きな物を作れるようになりたいなって……それで、俺……」
「アオイ様……」
何だかちょっぴり照れくさくて、俯いてしまっていた視線の先。膝の上に乗せていた手に、ひと回り大きな手が重なって、繋がれる。釣られて見上げれば、視界いっぱいに柔らかい笑顔。
キス……してもらえるのかな?
そう思った時には、柔らかい温度が口に重なっていた。泣きたくなるような温かさが、俺の胸をじんわり満たしていく。触れるだけの優しいキス。束の間の幸せは、軽やかなリップ音を残し、すぐに離れていってしまった。
それらを皆で囲んで、約束のティータイム。午後の室内を満たす穏やかな静寂の中、真剣な響きを含んだ声色が隣からぽつりと発せられた。
「……ヨミ様」
俺とバアルさんの席から右斜め。一人がけの立派なソファーでスラリと長い足を組み、優雅にティーカップを傾けていた、真っ赤な瞳が此方を見る。
カップを静かにソーサーへと戻し、白い頬にさらりとかかった黒く長い髪を、しなやかな指で耳にかけた。
「どうした? バアル」
俺も注目してしまっていた。真剣そうな声もだけれど、その表情も大掛かりな魔術を扱う時みたいに、カッコいい横顔が引き締まっていたからさ。
それは、お向かいも同じだったらしい。グリムさんはひと口分欠けた花型のクッキーを慌てて小さな口へと頬張ってから、華奢な姿勢を正し。クロウさんも小皿へとフォークを預け、鷹のように鋭い金の瞳で俺とバアルさんを見つめている。
一同、固唾を呑んで見守る中。長く引き締まった腕が、不意に俺の肩を優しく抱き寄せた。
「……私の妻は、もしやお菓子作りの天才なのではございませんか?」
「ふぇ?」
「ですよねっ! アオイ様のお菓子、どれもすっごく美味しいですもん!!」
「どれだけ食べても飽きがこないというか、ホッとする優しい味が魅力的ですねぇ。お人柄と一緒で」
「ひぇ?」
「はっはっは! 聞いて驚くがよい! お菓子だけではないぞ! 料理の天才でもあるのだ!」
「ひょわっ!?」
盛大に声が裏返り、心音が走り出す。熱くなった顔からは湯気でも出ていそう。もう、ノックダウン寸前だ。曇り無き眼で発したバアルさんの一言を皮切りに始まった、怒涛の有り難いお褒めの言葉ラッシュによって。
小さな拳を握り、弾むように立ち上がったグリムさん。丸い薄紫色の瞳を輝かせるご様子を微笑ましそうに眺めながら、さらりと続いたクロウさん。
そして、大トリを飾るは、ご存知地獄の王様。立ち上がりざまに、しなやかな腕を指揮者のように広げ、緩やかな笑みを描いた口元は威厳たっぷり。
ラスボス様であるならば百点満点な高笑いと共に、言い放ったのだ。黒い羽をはためかせ、上品な金の装飾が施された黒い片マントを靡かせながら。本日もご機嫌そうで何よりだ。心なしか、側頭部から生えた鋭い角の光沢も増し増しでいらっしゃる。
「なんと……料理もでございますか?」
見開かれた緑の瞳が、眩い輝きを宿していく。気品に満ちた所作で座り直し、足を組みながらうんうんと頷くヨミ様は得意気だ。自分のことみたいに嬉しそうに、歌うように語り始める。
「うむ、大変健気であったぞ! 初挑戦の身でありながら、貴殿の好物であるハンバーグを美味しく作れるようになりたいと、幾度も練習を重ねる様は」
「ふっくらジューシで、すっごく美味しいんですよ!」
「付け合わせの人参のグラッセと、チーズ入りのスクランブルエッグも絶品ですよ」
座ったばかりなのに、また立ち上がってしまいそうなくらいに小柄な身体を前のめりにしてグリムさんが。そんな彼の頭を、お揃いの灰色のフードマント越しにぽん、ぽんっと優しく叩きながら、クロウさんが緩やかに口の端を持ち上げる。
皆さんの話を聞いて、ますます輝きが増した瞳。若葉を思わせる鮮やかな緑が俺をそっと見つめた。
「その……最初は、やっぱりバアルさんの好きな物を作れるようになりたいなって……それで、俺……」
「アオイ様……」
何だかちょっぴり照れくさくて、俯いてしまっていた視線の先。膝の上に乗せていた手に、ひと回り大きな手が重なって、繋がれる。釣られて見上げれば、視界いっぱいに柔らかい笑顔。
キス……してもらえるのかな?
そう思った時には、柔らかい温度が口に重なっていた。泣きたくなるような温かさが、俺の胸をじんわり満たしていく。触れるだけの優しいキス。束の間の幸せは、軽やかなリップ音を残し、すぐに離れていってしまった。
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