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デジャヴな表情が嬉しくて

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「……すみません」

 せっかく、いい雰囲気だったのに……

「ふふ、大丈夫ですよ、可愛かったです」

 微笑みながら頭を撫でてくれる、優しいフォローは嬉しいけれども。やっぱり、残念な気持ちが心の片隅で燻ってしまう。

 最後に頬をゆるりと撫でてくれてから、ベッドから降り立ってしまったバアルさん。引き締まった身体に纏う、シンプルな白いシャツと黒のズボンのリラックススタイルが、瞬く間に見慣れた黒の執事服へと変わっていく。

 すでにキッチリ決まっているオールバックを、スーツジャケットの懐から取り出した手鏡で最終確認。黒のネクタイにそっと触れてから、白手袋を纏った手を俺に向かって差し出した。カッコいい。

「お食事に致しましょう」

「……は、はい」

 柔かい笑みを浮かべた彼の手を取った途端、優しい風が全身を撫でていく。頭の天辺からつま先までをも包みこんでいく清涼感は、まるでお風呂にでも入ったかのよう。

 思わず視線を自分の身体へと移せばいつの間にか、俺の服装も変わっていた。

 トレーナーとスウェットパンツが、上は首元の緑のリボンがアクセントな、襟やら胸元やら至る所にフリルのついた、袖がふわりと膨らんだ白いシャツ。下は黒の膝上丈のズボンに長めの靴下と短めのブーツ。

 ……バアルさんが、着て欲しいって言ってくれた服装とあまり変わらないかも。ファンタジーな貴族のお坊ちゃんみたいというか、お人形さんみたいというか。とにかく上品な可愛い系だ。

 なんだか、初デートの時を思い出すな。あの時は、俺が頼んで選んでもらったんだけど。

「ありがとうございますっ」

 エスコートする形で俺の手を取ったまま、もう一方が上から挟むように手の甲に添えられる。そのまま指先でゆるりと撫でてくれていた彼の口元が、なんだか擽ったそうに歪んだ。白い睫毛が伏せられ、鮮やかな緑の瞳に影を落とす。

「いえ、貴方様に似合うのでは、と勝手に決めてしまったのですが……」

「好きですよ、気に入りました。だって、バアルさんが選んでくれたんですから」

 素直な気持ちを間髪入れずに伝える。星が瞬いたように見えた。ぱっとかち合った緑の瞳が満天の星空のように煌めいている。

 凛とした美しいお顔が、ぽぽぽっと真っ赤に染まっていく。

「……さ、左様でございますか……お着に召して頂けたようで、何よりでございます」

 撫でてくれていた手が、急に離れていってしまう。口元で拳を握ったかと思えば、どこかわざとらしい咳払い。まるで、何かを誤魔化しているみたいだ。

「あの」

「コルテ」

 大丈夫ですか、とか。どうかしましたか、とか。尋ねる間もなく、くるりと顔を背けられてしまった。遮るようなタイミングの呼びかけに応えた彼の従者が、小さなハエのコルテが、ぽんっと俺達の前に姿を現す。

「調理場のスヴェン殿へ連絡を頼めますか?」

 儀式の度に若返り、魔力を回復させているというバアルさん。どうやら、それは周知の事実みたいだ。ヨミ様もだったけど、コルテも驚いてはいない。

 メタリックな光沢を帯びた緑のボディを輝かせ、ガラス細工みたいにキレイな羽をぴるぴる鳴らしながら、任せて! と言いたげに彼の前でくるくると舞っている。

「宜しくお願い致します」

 不意に俺の方へとコルテが飛んでくる。

「コルテ?」

 何か俺に伝えたいんだろうか。ご主人様であるバアルさんの呼びかけに答えることなく、針よりも細い手足をもじもじさせている。何となく、小さな彼に向かって指を伸ばせば、嬉しそうに瞬いてちょこんと指先に着地した。

 くりくりしたお目々が、どこか心配そうに見つめている。その手足にはいつの間にか、緑のポンポンがあった。小さな彼が、俺を応援してくれたり、元気づけたりしてくれる時、専用の。

 もしかして、バアルさんのこと……だろうか?

 俺が落ち込んでいるのでは、と心配してくれているのかもしれない。一時的とはいえ、俺との記憶をなくしてしまっているんだから。

「……大丈夫だよ、ありがとうコルテ。お腹が鳴いちゃうくらい、俺、元気だからさ」

 安心したんだろう。ぱっと持ち替え、掲げたスケッチブックには「じゃあ、超特急で行ってくるね!」と書かれていた。

「うん、お願い。いってらっしゃい」

 目の前でくるんとひと舞い、バアルさんの前でもくるくる舞ってから、分厚い扉を煙みたいにすり抜けていく。

「じゃあ、ソファーで待ってま……バアルさん?」

 隣を見れば、男らしい体躯を屈め、肩を落としているバアルさん。目に見えて落ち込んでいらっしゃる。

 ほんの少し前までのご機嫌なご様子は、影も形も。力なく触覚を下げ、羽を縮めてしまっている。こちらを見つめる彼のキレイな顔は、複雑に歪んでいた。

 寂しさと嬉しさが入り混じったような、何とも言えない表情。デジャブだ。ヨミ様が訪れた時と同じだ。羨ましがってくれていらっしゃる。

 ……かわいい。嬉しい。思っちゃいけないんだろうけど、喜んじゃいけないんだろうけど。

 以前、彼に言ってもらえたことがある。俺のことを独り占めにしたいって。

 ……今の彼も、思ってくれているんだろうか。もしそうだったら、それはとても幸せで。頬がだらしなく緩んでしまう。ふわふわとした温かさで、胸がいっぱいに満たされていく。

 込み上げてきた熱が俺の背中を、そっと押した。

「アオイ、様?」

 急に抱きついてしまったのに、頼もしい腕は俺をしっかり受け止めてくれて、抱き締め返してくれる。

「……俺は、バアルさんだけのものですからね」

「アオイ……」

 少し見上げた先にある、若葉を思わせる緑の瞳が淡い光を帯びていく。

「そう、でしたね……左様でございました」

 もう、寂しさはなくなっていた。嬉しさだけになっていた。噛み締めるように呟く声色からも、俺に向けてくれる微笑みからも。
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