間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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相反する感情

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 不意に俺を抱き締めていた腕が緩む。静かにベッドから降り立ったバアルさんが手を胸に当て、角度のついた丁寧なお辞儀を披露する。俺達に向けられた優しい眼差しに応えるように。

「……お心遣いに感謝致します」

「あ、ありがとうございます」

 俺も飛び降り、頭を下げると再び大きくニコリと開いた口から白く鋭い牙が覗く。

「はっはっは! 気にするなっ! 私は、仲良しさんなそなたらを見ることが出来れば、大満足であるからな」

 ゆるりと口角を上げたまま「大豊作であったぞ? 珍しいバアルの姿も見られてな」とコウモリの形をした真っ黒な羽をはためかせる。

 不意に肩を抱き寄せられる。釣られて横を見上げれば、ほんのり頬を染めたバアルさんが、どこかバツが悪そうに、気恥ずかしそうに唇を尖らせていた。

「そういう訳であるからな、遠慮は不要だ。何か有れば……いや、何もなくとも逐一私に連絡するといい!」

 昨日の今日だから、心配してくれているんだろうな。今も時間を作って訪れてくれたんだろう。地獄の王様という、忙しい身の上なのに。

 もう一度、ありがとうございますと、大丈夫ですよと、口にしようとしていたけれど……すんでのところで引っ込めた。

 だって、滅茶苦茶あふれていたんだ。一心に見つめる眼差しから、眩しい笑顔の浮かんだご尊顔から。何でもいいから頼って欲しい! っていうご期待がキラキラと。

 ……何か手頃なのはないもんかと思考をフル回転させる。そうして、俺にしては中々な案が思いついた。

「あっ……じゃあ、グリムさんとクロウさんにもう一つ、伝えてもらってもいいですか?」

「うむっ」

 美しいお顔を、ますますぱぁっと輝かせたヨミ様が食い気味に頷く。待ってました! と言わんばかりに。

「お茶会を中止じゃなくて、午後に変更したいって伝えて下さい。俺、焼き菓子作って待ってるんで……あと、出来ればヨミ様にも参加して欲しいんですけど……」

「よいのか?」

 スタイルのいい長身をまた少し、前のめりにしてヨミ様が尋ねる。

「はい。バアルさんと、皆さんとでお茶したいんです。いつもみたいに」

 隣を見れば、僅かに瞬いてから嬉しそうに細められた緑と。前を向けば、少し涙に滲んだ赤とかち合う。

「っ…………そうか……そういうことであるならば、喜んで参加させていただこう! 連絡の方も任せるがよい。そなたの言葉、一言一句漏れなく伝えておこう!」

 言葉を詰まらせ、伏せられた顔が弾かれるように上がる。腰の辺りまでかかる黒髪を靡かせ、しなやかな腕を広げたお顔には、得意げな笑みが浮かんでいた。この御方らしい、威厳にあふれているけれど、どこか無邪気な笑顔が。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「うむっ! では、また後でな!」

 手を振る俺に、片手を上げて返したヨミ様が、光沢が揺れるマントを翻し部屋を出て行く。気品漂う後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、突然全身を浮遊感が襲った。

 ブレた視界が定まった先には、複雑に歪んだ端正なお顔。嬉しいような、寂しいような。でも、やっぱり嬉しさが勝ってるような。

 相反する感情が入り混じった表情の彼とご対面したことで、ようやく気づく。バアルさんに抱き抱えられたんだと。

 俺を横抱きにしたまま、静かにベッドへと腰を下ろす。しっとりとした手のひらが頬にそっと添えられた。

「アオイ様は、ヨミ様とも仲がよろしいのですね……」
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