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幸せなのは俺の方だ
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気がついた時には、よれよれのぐしゃぐしゃにしてしまっていた。しわくちゃになった彼のシャツには、いくつもの灰色のシミが。さっきまで俺が頬を寄せていた場所に点々とついてしまっている。
いくら、安心したからとはいえ泣きじゃくるって……何だか、最近緩みっぱなしな気がするな。俺の涙腺。
「その、すみません……ホントに俺のバアルさんなんだなって分かったら、ホッとしちゃって」
「ふふ、構いませんよ。これくらい些末なことでございます」
俺の髪を梳くように撫でてくれていた手が、シワを整えるようにさらりとシャツを撫でていく。
もはや俺にはすっかり馴染みになってしまった光景。白い指先が触れただけで、瞬く間にさっぱりぴっしりキレイになっていく。シワもシミも一つもない。洗いたて、かつアイロンかけたてって感じだ。
「それに元はと言えば……斯様な事態になる可能性があると、予め告げていない将来の私が悪いのですから」
どうやらこの事態は、彼にとっては予定調和だったらしい。それもそうか。俺の存在に驚いてはいたけれど、自分の姿に対しては何とも思っていなかったんだからな。
だったら……何で昨日、俺には言ってくれなかったんだろう?
ほんのり感じた寂しさと純粋な疑問。それらは思わぬ形で解消されることになる。
「……将来の私は、よっぽどアオイ様に甘えているようでございますね」
静かに息を吐いた唇が、緩やかなラインを描く。どこか擽ったそうに、少し困ったように。
「俺に? バアルさんが、甘える?」
「ええ。たとえ私が若返ろうと……貴方様ならば、アオイ様ならば、全てを受け止めて下さると信じきっていたのでしょう」
一気に塗り替わっていくのが分かった。寂しさが嬉しさに。不安な気持ちが、ちょっとした優越感に。
……俺も、少しはなれてるってこと……なのかな。ヨミ様までとはいかなくても、バアルさんが背中を預けてくれるような、安心して寄りかかってくれるような存在に。
「とはいえ、事前に愛する妻へ伝えておかないとは……少々不誠実ではないかと私めは存じますが……よほど、余裕がなかったのでしょうか?」
細く長い指をシャープな顎に当て、うんうんと首を捻るバアルさん。宙をさまよっていた瞳がはたと俺を捉えたかと思えば、うっとりと細められた。
「……いえ、夢中だったのかもしれませんね。僅かな間とはいえ、斯様に愛らしい御方と離れ離れだったのですから……」
柔らかく微笑みかけられ、蘇る。俺と過ごすひと時が何よりの活力になるのだと……そう言ってくれた、昨晩の彼からの嬉しい言葉が。
「ふぇ……」
大きな手が俺の手を取り、しなやかな指を絡めて繋ぐ。それだけでも、高鳴り続けている鼓動がますますはしゃいでしまったってのに。
「……ああ、やはりお可愛らしい……今一度、御身を抱き締めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
感極まった声で囁きながら、蕩けるような笑みを向けてくるもんだから。思わず、声を大にしそうになっちゃったじゃないか。それはこっちのセリフです! と。
だって、かわいい。そわそわと触覚を揺らしながら、ぱたぱた羽をはためかせながら、健気に俺の返事を待ってくれているんだから。
記憶が無い分、配慮してくれているんだろう。
……ホントに律儀だな。別に、好きな時に思う存分抱き締めてくれて構わないのに……俺はバアルさんのものなんだからさ。
とにかく歓迎の意志を示そうと、先ずは空いてる方の腕を広げる。そして昨日の成果を、皆さんと練習を重ねたとびきりの笑顔で見つめた。
「は、はいっ……どうぞ、お好きなだけ……」
上手く出来たのかな。中性的な整ったお顔が、ぱぁっと喜びに満ちあふれていく。ますますぶわりと広がった羽と一緒に長い腕が、俺の身体をそっと包み込んだ。
肩に少し重みを感じた後、しっとりつるつるの頬がぴたりと寄せられる。背中に腕を回せば上機嫌に羽をはためかせ、ますます擦り寄ってきてくれる。壊れてしまいそうなくらいに、鼓動がどんどこ高鳴ってしまう。
「……なんて、私は幸せなのでしょう。斯様に愛らしい妻と共にあれるとは……」
「っ……」
今度は耳元で囁かれた喜びに満ちた声。またしても、こっちのセリフですよ! 案件だ。
……だって、幸せなのは俺の方だ。今のバアルさんは俺のことを忘れてしまっているのに、俺のことを……あ、愛する妻だって思ってくれたんだから。また、好きになってもらえたんだから。
「それ故に、大変惜しく存じます。一時的とはいえ、貴方様と過ごした尊い日々を忘れてしまっているのですから……」
いくら、安心したからとはいえ泣きじゃくるって……何だか、最近緩みっぱなしな気がするな。俺の涙腺。
「その、すみません……ホントに俺のバアルさんなんだなって分かったら、ホッとしちゃって」
「ふふ、構いませんよ。これくらい些末なことでございます」
俺の髪を梳くように撫でてくれていた手が、シワを整えるようにさらりとシャツを撫でていく。
もはや俺にはすっかり馴染みになってしまった光景。白い指先が触れただけで、瞬く間にさっぱりぴっしりキレイになっていく。シワもシミも一つもない。洗いたて、かつアイロンかけたてって感じだ。
「それに元はと言えば……斯様な事態になる可能性があると、予め告げていない将来の私が悪いのですから」
どうやらこの事態は、彼にとっては予定調和だったらしい。それもそうか。俺の存在に驚いてはいたけれど、自分の姿に対しては何とも思っていなかったんだからな。
だったら……何で昨日、俺には言ってくれなかったんだろう?
ほんのり感じた寂しさと純粋な疑問。それらは思わぬ形で解消されることになる。
「……将来の私は、よっぽどアオイ様に甘えているようでございますね」
静かに息を吐いた唇が、緩やかなラインを描く。どこか擽ったそうに、少し困ったように。
「俺に? バアルさんが、甘える?」
「ええ。たとえ私が若返ろうと……貴方様ならば、アオイ様ならば、全てを受け止めて下さると信じきっていたのでしょう」
一気に塗り替わっていくのが分かった。寂しさが嬉しさに。不安な気持ちが、ちょっとした優越感に。
……俺も、少しはなれてるってこと……なのかな。ヨミ様までとはいかなくても、バアルさんが背中を預けてくれるような、安心して寄りかかってくれるような存在に。
「とはいえ、事前に愛する妻へ伝えておかないとは……少々不誠実ではないかと私めは存じますが……よほど、余裕がなかったのでしょうか?」
細く長い指をシャープな顎に当て、うんうんと首を捻るバアルさん。宙をさまよっていた瞳がはたと俺を捉えたかと思えば、うっとりと細められた。
「……いえ、夢中だったのかもしれませんね。僅かな間とはいえ、斯様に愛らしい御方と離れ離れだったのですから……」
柔らかく微笑みかけられ、蘇る。俺と過ごすひと時が何よりの活力になるのだと……そう言ってくれた、昨晩の彼からの嬉しい言葉が。
「ふぇ……」
大きな手が俺の手を取り、しなやかな指を絡めて繋ぐ。それだけでも、高鳴り続けている鼓動がますますはしゃいでしまったってのに。
「……ああ、やはりお可愛らしい……今一度、御身を抱き締めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
感極まった声で囁きながら、蕩けるような笑みを向けてくるもんだから。思わず、声を大にしそうになっちゃったじゃないか。それはこっちのセリフです! と。
だって、かわいい。そわそわと触覚を揺らしながら、ぱたぱた羽をはためかせながら、健気に俺の返事を待ってくれているんだから。
記憶が無い分、配慮してくれているんだろう。
……ホントに律儀だな。別に、好きな時に思う存分抱き締めてくれて構わないのに……俺はバアルさんのものなんだからさ。
とにかく歓迎の意志を示そうと、先ずは空いてる方の腕を広げる。そして昨日の成果を、皆さんと練習を重ねたとびきりの笑顔で見つめた。
「は、はいっ……どうぞ、お好きなだけ……」
上手く出来たのかな。中性的な整ったお顔が、ぱぁっと喜びに満ちあふれていく。ますますぶわりと広がった羽と一緒に長い腕が、俺の身体をそっと包み込んだ。
肩に少し重みを感じた後、しっとりつるつるの頬がぴたりと寄せられる。背中に腕を回せば上機嫌に羽をはためかせ、ますます擦り寄ってきてくれる。壊れてしまいそうなくらいに、鼓動がどんどこ高鳴ってしまう。
「……なんて、私は幸せなのでしょう。斯様に愛らしい妻と共にあれるとは……」
「っ……」
今度は耳元で囁かれた喜びに満ちた声。またしても、こっちのセリフですよ! 案件だ。
……だって、幸せなのは俺の方だ。今のバアルさんは俺のことを忘れてしまっているのに、俺のことを……あ、愛する妻だって思ってくれたんだから。また、好きになってもらえたんだから。
「それ故に、大変惜しく存じます。一時的とはいえ、貴方様と過ごした尊い日々を忘れてしまっているのですから……」
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