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照れる基準が、ズレ過ぎちゃあいないか?
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足を思いっきり伸ばしても、まだまだ全然余裕たっぷりな広い浴槽。じんわりと指先から、つま先から染み渡っていく温かさが熱いけれども心地いい。丁度いい湯加減だ。
おまけに浸かる前に、甘い桃のような香りがする滑らかな泡で、全身をくまなく洗ってもらっているもんだから余計に気分爽快。心も身体も完璧なリラックス状態……なハズなんだが。
後ろから、全身をすっぽり包み込んでくれている優しい体温が。背中にぴったりと密着している、ほどよい弾力のある分厚い胸板が。
しっとりすべすべな白いお肌が。時々耳元に感じる熱い吐息が。気持ちを、心音を、絶え間なく高鳴らせてくるもんだからリラックスなんてほど遠い。心は勿論、身体もそわそわしっぱなしなんだからな!
「……ズレてません? やっぱり」
「? と、申しますと?」
「だ、だって……さっきは、着替えの時はあんなに躊躇してたのに、洗ってくれた時も……今も、全然平気な顔、してるじゃないですかっ……」
そうなのだ。完全に俺は、越えられないと思っていたのだ。シャツのボタンすら全部外せなかったのに、背中の流し合いっこなんて高いハードルなんてと。そう、確信していたのに。
越えるどころの騒ぎじゃなかった。
「……なんて美しい。きめ細やかな真珠のように輝くお肌が赤く染まって……大変お可愛らしいですよ……力加減に問題はございませんか? 貴方様は大変繊細でいらっしゃる……ほんの少し指先に力を込めるだけで、ガラス細工のように儚く壊れてしまいそうで…………ああ、大丈夫、ですか? では、お次は御御足に触れさせて頂きますね……」
…………思い出しただけで、のぼせそうになってしまった。
終始うっとりと瞳を細め、柔らかく微笑みながら甘さを含んだ声で褒め倒されて。たっぷり泡立ったスポンジで、貴重な美術品に触れるかのごとく磨き上げられて。それも爪の先までピッカピカに。
ホント、何だったんだ? 少し前の慌てっぷりは。照れる基準、ズレ過ぎちゃあいないか?
お陰で、全身さっぱりした頃には、ときめきの供給過多ですっかりぐったり。お返しすることが出来なかった。気がつけば、自分で手早く身体を洗った彼に抱き抱えられ、湯船の中でしたって訳だ。
俺の問いかけに「ああ」と小さく漏らした声が、喜びに満ちあふれていく。
「アオイ様がお顔を真っ赤にして、可愛らしく照れていらっしゃったので……私めを一人の男として意識して下さっているのだと……喜びに打ち震えておりました」
「……それって、つまり……俺の方が照れまくってたから、逆に落ち着いたってことですか?」
「そう、ですね……そうやもしれません」
分かる。身に覚えがあり過ぎるからな。確かに、俺がまだ余裕がある時のが慌ててたっけ。なんか、シーソーみたいだな。
「…………」
「? アオイ様?」
身体ごと振り返った俺を、緑の瞳がきょとんと見つめている。それは、ちょっとした悪戯心と好奇心。思いついてしまったからには、試してみたいと思ってしまったんだ。
「バアル……好き」
照れずに俺が、バアルさんに素直な想いを伝えられたらどうなるのかなって。
「っ……」
盛大に浴室に響き、反響した。バケツたっぷりの水をぶち撒けたような水音が。勢いよく上がった水しぶきが。
「バアルさんっ!?」
いまだに波打っている水面からは、ボコボコといくつもの泡だけが浮かび続けている。
……沈んで、いや、沈ませてしまった。ひっくり返るみたいに、大きく後ろに仰け反らせてしまった。
どうにかして引っ張り上げなければ、と手を伸ばそうとした時、勢いよく水面が盛り上がっていく。
しっとりと濡れた白い髪、長いまつ毛、赤く染まったハリのある頬に盛り上がった筋肉。触覚の先端からも、羽からも、水が滴っているバアルさん。そっと開かれた瞳がぼんやりと俺を見つめていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……もう一度」
「へ?」
「もう一度、仰って頂けませんか?」
両手で包み込むように手を取られた。煩かった鼓動が、今度は違う意味で騒がしくなっていく。
「ふぇ……えっと、好き……ですよ」
「名前も……一緒にお願い致します。先程と同じように、敬称を付けずに、どうか……」
「……バアル、好き」
強請るように細められていた瞳が見開き、星が舞う。
「私も愛しております、アオイ」
ぱぁっと眩しく輝く笑顔が映ったのを最後に、俺の視界は、たちまち水色の湯船の中へと沈んでいった。
颯爽と助け出された腕の中で、俺は誓った。お風呂で告白するのはもう止めよう、と。
おまけに浸かる前に、甘い桃のような香りがする滑らかな泡で、全身をくまなく洗ってもらっているもんだから余計に気分爽快。心も身体も完璧なリラックス状態……なハズなんだが。
後ろから、全身をすっぽり包み込んでくれている優しい体温が。背中にぴったりと密着している、ほどよい弾力のある分厚い胸板が。
しっとりすべすべな白いお肌が。時々耳元に感じる熱い吐息が。気持ちを、心音を、絶え間なく高鳴らせてくるもんだからリラックスなんてほど遠い。心は勿論、身体もそわそわしっぱなしなんだからな!
「……ズレてません? やっぱり」
「? と、申しますと?」
「だ、だって……さっきは、着替えの時はあんなに躊躇してたのに、洗ってくれた時も……今も、全然平気な顔、してるじゃないですかっ……」
そうなのだ。完全に俺は、越えられないと思っていたのだ。シャツのボタンすら全部外せなかったのに、背中の流し合いっこなんて高いハードルなんてと。そう、確信していたのに。
越えるどころの騒ぎじゃなかった。
「……なんて美しい。きめ細やかな真珠のように輝くお肌が赤く染まって……大変お可愛らしいですよ……力加減に問題はございませんか? 貴方様は大変繊細でいらっしゃる……ほんの少し指先に力を込めるだけで、ガラス細工のように儚く壊れてしまいそうで…………ああ、大丈夫、ですか? では、お次は御御足に触れさせて頂きますね……」
…………思い出しただけで、のぼせそうになってしまった。
終始うっとりと瞳を細め、柔らかく微笑みながら甘さを含んだ声で褒め倒されて。たっぷり泡立ったスポンジで、貴重な美術品に触れるかのごとく磨き上げられて。それも爪の先までピッカピカに。
ホント、何だったんだ? 少し前の慌てっぷりは。照れる基準、ズレ過ぎちゃあいないか?
お陰で、全身さっぱりした頃には、ときめきの供給過多ですっかりぐったり。お返しすることが出来なかった。気がつけば、自分で手早く身体を洗った彼に抱き抱えられ、湯船の中でしたって訳だ。
俺の問いかけに「ああ」と小さく漏らした声が、喜びに満ちあふれていく。
「アオイ様がお顔を真っ赤にして、可愛らしく照れていらっしゃったので……私めを一人の男として意識して下さっているのだと……喜びに打ち震えておりました」
「……それって、つまり……俺の方が照れまくってたから、逆に落ち着いたってことですか?」
「そう、ですね……そうやもしれません」
分かる。身に覚えがあり過ぎるからな。確かに、俺がまだ余裕がある時のが慌ててたっけ。なんか、シーソーみたいだな。
「…………」
「? アオイ様?」
身体ごと振り返った俺を、緑の瞳がきょとんと見つめている。それは、ちょっとした悪戯心と好奇心。思いついてしまったからには、試してみたいと思ってしまったんだ。
「バアル……好き」
照れずに俺が、バアルさんに素直な想いを伝えられたらどうなるのかなって。
「っ……」
盛大に浴室に響き、反響した。バケツたっぷりの水をぶち撒けたような水音が。勢いよく上がった水しぶきが。
「バアルさんっ!?」
いまだに波打っている水面からは、ボコボコといくつもの泡だけが浮かび続けている。
……沈んで、いや、沈ませてしまった。ひっくり返るみたいに、大きく後ろに仰け反らせてしまった。
どうにかして引っ張り上げなければ、と手を伸ばそうとした時、勢いよく水面が盛り上がっていく。
しっとりと濡れた白い髪、長いまつ毛、赤く染まったハリのある頬に盛り上がった筋肉。触覚の先端からも、羽からも、水が滴っているバアルさん。そっと開かれた瞳がぼんやりと俺を見つめていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……もう一度」
「へ?」
「もう一度、仰って頂けませんか?」
両手で包み込むように手を取られた。煩かった鼓動が、今度は違う意味で騒がしくなっていく。
「ふぇ……えっと、好き……ですよ」
「名前も……一緒にお願い致します。先程と同じように、敬称を付けずに、どうか……」
「……バアル、好き」
強請るように細められていた瞳が見開き、星が舞う。
「私も愛しております、アオイ」
ぱぁっと眩しく輝く笑顔が映ったのを最後に、俺の視界は、たちまち水色の湯船の中へと沈んでいった。
颯爽と助け出された腕の中で、俺は誓った。お風呂で告白するのはもう止めよう、と。
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