間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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宜しければ……隅々までご確認なさいますか?

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 シャンデリアの明かりを受け、光の輪が浮かぶ艷やかな白い髪。梳くように撫でさせてもらえば、さらりと指の間を流れていく。

 続けて、柔らかい目元にそっと触れさせてもらう。笑いシワっていうんだっけ。薄っすら伸びるラインが色っぽい。ついつい指の腹でなぞっていると、目尻がゆるりと下がっていく。擽ったかったのかな。

「えっと……ごめんなさい」

 はたと瞬いた緑の瞳が、すぐにまた淡い光を帯びる。俺の腰を支えてくれていた手が、頬にそっと添えられた。

「ふふ、大丈夫ですよ。引き続き、お好きなだけ私めに触れてください」

 緩やかな笑みの形を描く唇が、俺に触れるだけのキスを送ってから離れていく。最後にひと撫でしてくれてから、また所定の位置へ。逞しいお膝の上にお邪魔させてもらっている俺を抱き直す。

 すらりと伸びた長身を再びソファーの背へと静かに預け「さあ、どうぞ」と微笑んだ。

「あ、ありがとうございます」

 普段から調子に乗りやすい俺だ。許可を貰えてしまえば、ますますノリノリになってしまう。早速、彼の滑らかな頬を両手でむにゅっと包み込んでしまっていた。

 撫で回して、しっとりとした肌を十分堪能してから次はお耳。普段触る機会が無かった、サラサラな渋いお髭や喉仏、カッコよく浮き出た首のラインにも触れていく。

 それでも優しい彼は何も言わない。時折、くつくつと喉を震わせるだけで、俺の好きにさせてくれている。

「……ホントに、何処にも怪我とか……していない、ですよね?」

 つい、不安が口から漏れてしまっていた。俺達の部屋に戻る道中も、今も。度々尋ねては「大丈夫ですよ」と言ってもらえていたのに。

 ……流石に、しつこかったかな……

 俺を見守っていた優しい眼差しが、ふっと伏せられる。過ぎった不安は、直ぐ様吹き飛ばされることになる。大きな手が俺の手を取り、繋いでくれた。

「ええ、宜しければ……隅々までご確認なさいますか?」

 片手で器用にネクタイを外し、シャツの襟元を緩めたバアルさんが艷やかに微笑んだ。ちらりと覗く、彫刻みたいに盛り上がった胸板が色っぽい。

「お、お風呂で! そちらは、お背中を流させていただく時に、改めてご確認させてくださいっ」

「……左様でございますか」

 残念そうに呟いて、ネクタイを宙へと放り投げる。ぽぽんっといつものように何処かへと消えていったかと思えば、勢いよく抱き寄せられていた。

 肩に少し重みを感じ、頬に柔らかいものが触れる。耳元で穏やかな低音が、熱い吐息混じりに囁く。

「……今日のアオイ様は、いつも以上にいい匂いが致しますね?」

「ふぁ……」

 ちょっぴり背筋が甘く痺れたせいだ。変に上擦った声を返してしまった。

「……何やら、私の好きな香りが致します……」

 高鳴りまくっていた鼓動がますます激しく踊り出す。甘えるように擦り寄られ、うっとりとした声に鼓膜を揺らされて。

 ……何か、俺、したっけ?

 お花が咲き乱れかけている頭を無理矢理回す。好きな香り……バアルさんの…………あ。

 そこで、ようやく思い出した。やっぱり俺はポンコツだ。あんなに皆さんに手伝ってもらったってのに。バアルさんに夢中ですっかり頭から抜け落ちていたんだから。

「ハンバーグ! 作ったんです、俺。後、チーズたっぷりのスクランブルエッグに、人参のグラッセ。デザートのパウンドケーキも有りますよ!」

「……なんと、左様でございましたか! 今、頂いても宜しいでしょうか?」

「はいっコルテ、お願い」

 待ってましたと言わんばかりに現れてくれた緑の粒。小さなハエのコルテが、んばっと針よりも細い手足を上げれば、瞬く間にテーブルに出来立てのままの料理が並んでいく。

 大皿に盛られた、甘酸っぱいソースが香るハンバーグ。ふわとろなスクランブルエッグに、色鮮やかなグラッセ。それらが取皿へとキレイに盛られて、俺の手元へと運ばれてきた。

 俺がバアルさんに食べさせやすいようにと、ご丁寧にハンバーグがひと口サイズに切り分けられている。スゴい。

「ありがとう、コルテ」

 ぴかぴか輝く小さな彼からフォークを受け取り振り向けば、複雑そうな顔をしたバアルさんと目が合った。

 何故か、ちょっぴり拗ねていらっしゃるようだ。八の字になった眉と連動するみたいに、額の触覚がしょんぼり下がり、半透明な羽も縮んでしまっている。

「えっと……どうか、しました?」

「いえ、随分と仲良くなられたご様子でしたので……」

「仲良く……ああ、コルテと、ですか?」

「……ええ」

 ちょこんと額を合わせてきた彼の瞳には、寂しさと嬉しさが混じっているように見えた。

 ……嫉妬、してくれているんだろうか。気持ちは分かるな、スゴく。

 だって俺も、バアルさんとヨミ様の関係に羨ましさを感じているもんな。比べられるようなものじゃないって、分かってるし。バアルさんが俺のこと……あ、愛してくれてるって分かってるんだけどさ。

 それはそれとして、俺の想いは伝えなければ。胸の内を口にする。

「……ずっと、元気をもらっていたんです」

「元気……でございますか?」

「はい……コルテの光、バアルさんの瞳にそっくりだから……だから、頑張れたんです。コルテを通して、バアルさんを感じることが出来たから……」

「アオイ……」

 丸くなっていた瞳が細められ、頬がほんのり染まっていく。触覚を揺らし、水晶のように透き通った羽を広げる彼の唇に、今度は俺からそっと触れた。

「……伝わりました? 俺が、バアルさんのこと……大好きだってこと……」

「……ええ、とても」

 蕩けるような微笑みに、俺だけを見つめてくれる緑の煌めきに見惚れてしまう。

 どちらともなく、それが自然のように触れ合おうとしていた俺達の間で突然、チリンチリンと音が鳴る。

「ひょわっ」

 ……コルテだ。おずおずと掲げたスケッチブックには「冷めちゃうよ?」と書かれている。

「……あ。ありがとう、コルテ……えっと、ハンバーグからにします?」

「……はい、よろしくお願い致します」

 また、ちょっぴり複雑な顔をしていたけれど、すぐにふわりと微笑んでくれる。その柔らかい微笑みは、ハンバーグを食べてくれた後にますます深くなった。

「素晴らしい……大変美味しいですよ。また、腕をお上げになられましたね」

「やった! ありがとうございますっ」

 ひと口食べるごとに目を輝かせ「美味しいですよ」と頭を撫でてくれる。好きな人の美味しそうな笑顔に釣られて俺まで笑顔になってしまう。胸いっぱいに温かさが満ちていく。

 今朝の胸が張り裂けるような別れが、昼の涙が止まらない寂しさが、全部ウソだったみたいな幸せな光景。

 ……夢なんかじゃない。戻ってきた俺達の日常が目の前にあった。
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