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ぎゅって、しないんですか?
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「ちょっ、ダメですよ……バアルさん、疲れているでしょう?」
……嬉しいけれど、困ってしまう。少しでも隙を見せれば肩に回された長く筋肉質な腕が、俺を抱き抱えようとしてくるんだから。
服装やカッコいいオールバックが乱れてはいるものの、顔色や雰囲気は今朝と変わらないご様子のバアルさん。だから、つい流されそうになってしまう。
けれども、彼は死地から帰ってきたのだ。約束通り、帰ってきてくれたのだ。疲れているどころの騒ぎじゃない。
おまけに優しい彼の場合、俺に心配をかけまいと頑張って元気に振る舞っている、という可能性が大いにあるからな。俺がしっかりしなければ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、不意に抱き寄せられたかと思えば、額をちょこんと重ねられる。
「少しでも多く、愛する貴方様を感じていたいのです……どうか、この老骨めに御慈悲を頂けないでしょうか?」
スッと通った高い鼻が甘えるように擦り寄ってくる。この時点ですでに、心を鷲掴みにされてしまったってのに。
強請るように見つめる緑の瞳が、どこか寂しそうに揺れているもんだから、大変だ。早くも俺の決意が儚く崩れ去ろうとしている。
「うぅっ……」
しっかりしなければ……いけないのに。ズルい、ズル過ぎる。分かっててやっているだろう、絶対に。
俺が、バアルさんからのお願いに弱いって。そんな目で見つめられたら一発だって、分かってるんだろう? ええ、弱いですよ。弱々ですよ。ちくしょう。
「っ…………せ、せめて、ソファーでお膝抱っこにしましょう? それなら、負担は少ないですし……ね?」
「……畏まりました」
すんでのところで堪えきり、絞り出した折衷案。吐息が触れ合う距離にある形のいい唇が少し不満げに歪んだものの、納得はしてくれたようだ。
伏せられた、銀の糸のような睫毛が優しい風に揺れている。繋いで絡めた指をゆるゆる握ったり緩めたりしながら、再び緑の瞳がおずおずと見つめてきた。
「では、お部屋に戻る前にもう一度、御身を抱き締めさせては頂けないでしょうか?」
さっきより、内容も声も控えめになったお願い。俺より遥かに年上で、カッコよくて男らしい彼からのお願い。こんなの、受けない理由なんてある訳がない。
「はい、それは勿論……俺も、嬉しいですし……」
「……アオイ様」
「……バアルさん」
温かい腕が俺を包み込む。彼との間にあった僅かな距離が、再びなくなろうとしていた時だ。
「……また、そなたらの仲良しさんっぷりを見れて、嬉しいことこの上ないのだが……そろそろ部屋の方でのんびりしてはどうだ? もう、かれこれ数回は繰り返しておるであろう? その流れ」
「ぼ、僕は、素敵だと思います!」
「幸せそうで何よりですが……心配ではありますねぇ、少し寒くなってきましたし」
いつの間にか俺達のところまで来てくれていた皆さん。先頭に立つヨミ様の、申し訳無さそうな声を皮切りに、丸い頬を染めたグリムさんがフォローを。彼と手を繋ぐクロウさんが、男らしい眉を下げ微笑んだ。
「ひょわっ」
……確かに。お城へと少し進んでは抱き合い、また少し進んでは……を繰り返していたような気がするな……
バアルさんにぎゅってしてもらえるのが幸せ過ぎて、俺自身も抱きつきたくて、指摘されるまで気づかなかったけど。
「只今戻りました、ヨミ様。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「うむっ、気にするな。よく帰ってきてくれたな、バアル」
変わらない、いつもの挨拶だ。バアルさんが丁寧なお辞儀を披露して、ヨミ様が微笑み労う、いつもの。
「……ぎゅって、しないんですか?」
「はい?」
「うむ?」
ほんのり感じた寂しさが、つい口から漏れていた。きょとんと見つめる緑と赤に、顔が一気に熱を持つ。
「あっ、いや、すみません……ヨミ様も、スゴくバアルさんのこと心配してたから……確認、したくならないのかなって……バアルさんがちゃんと居るんだって……その……」
胸に過ぎった不思議な感覚を上手く言葉に出来なくて、自分の気持ちをそのまま口にしていた。
淡い光を帯びた緑の眼差しが擽ったそうに細められる。頬にそっと添えられた大きな手が、ゆるゆると優しく撫でてくれる。
「ふふ、アオイ様は、確認していらっしゃったのですか?」
「は、はい……安心出来るし、スゴく嬉しいから……」
「成る程……では、ヨミ様もご確認致しますか?」
よしよしと俺の頭を撫でてくれてから「さあ、どうぞ」と招くように、引き締まった両腕をヨミ様に向けて広げる。
「え? い、いや……私は……」
口では否定してはいるものの、満更ではなさそうだ。陶器よりも白い頬はほんのり染まり、背中の羽もそわそわとはためいていらっしゃる。
抱きつきたいけれど……皆さんの前だから、ってことかな……それじゃあ……
「バアルさん」
「……ふむ、心得ました」
流石の察しのよさだ。俺が手を握っただけで、小さく頷き、微笑んでくれる。
「? そなたら、一体何を……おわっ!?」
繋いだまま、じわりじわりと近づいていき、一気に両側から抱きついてやった。
バアルさんと一緒にぎゅうぎゅう抱き締めていると、ふにゃりと微笑むヨミ様が擽ったそうな声を漏らす。
「ちょ……アオイ殿、バアル、苦しいぞ……」
「えー苦しいだけですか?」
「それだけでは、少々寂しく感じますね」
何だか楽しくなってきたな。バアルさんも同じ気持ちなんだろう。悪戯っぽく微笑みながら、くすくす笑っている。
「……全く、嬉しいに決まっておろうが……」
ぽつりと漏らした言葉と一緒に、温かい雫が頭の上からぽろりと降ってくる。
「……本当に良かった……本当に……」
声を震わせながら、しなやかな腕が俺とバアルさんを纏めて抱き締める。
……確かに、少し苦しい。でも、それ以上に温かくて、嬉しかったんだ。
……しばらくして、おずおずと小さな手を上げたグリムさんからの一言。
「……僕も、お二人からぎゅってしてもらってもいいですか?」
もじもじと華奢な身体を揺らす彼からのお願いをきっかけに、じゃあ俺も、ではわしも、と。あれよあれよという間に城門前が、少しの間、俺達とのハグ会場になってしまった。
……嬉しいけれど、困ってしまう。少しでも隙を見せれば肩に回された長く筋肉質な腕が、俺を抱き抱えようとしてくるんだから。
服装やカッコいいオールバックが乱れてはいるものの、顔色や雰囲気は今朝と変わらないご様子のバアルさん。だから、つい流されそうになってしまう。
けれども、彼は死地から帰ってきたのだ。約束通り、帰ってきてくれたのだ。疲れているどころの騒ぎじゃない。
おまけに優しい彼の場合、俺に心配をかけまいと頑張って元気に振る舞っている、という可能性が大いにあるからな。俺がしっかりしなければ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、不意に抱き寄せられたかと思えば、額をちょこんと重ねられる。
「少しでも多く、愛する貴方様を感じていたいのです……どうか、この老骨めに御慈悲を頂けないでしょうか?」
スッと通った高い鼻が甘えるように擦り寄ってくる。この時点ですでに、心を鷲掴みにされてしまったってのに。
強請るように見つめる緑の瞳が、どこか寂しそうに揺れているもんだから、大変だ。早くも俺の決意が儚く崩れ去ろうとしている。
「うぅっ……」
しっかりしなければ……いけないのに。ズルい、ズル過ぎる。分かっててやっているだろう、絶対に。
俺が、バアルさんからのお願いに弱いって。そんな目で見つめられたら一発だって、分かってるんだろう? ええ、弱いですよ。弱々ですよ。ちくしょう。
「っ…………せ、せめて、ソファーでお膝抱っこにしましょう? それなら、負担は少ないですし……ね?」
「……畏まりました」
すんでのところで堪えきり、絞り出した折衷案。吐息が触れ合う距離にある形のいい唇が少し不満げに歪んだものの、納得はしてくれたようだ。
伏せられた、銀の糸のような睫毛が優しい風に揺れている。繋いで絡めた指をゆるゆる握ったり緩めたりしながら、再び緑の瞳がおずおずと見つめてきた。
「では、お部屋に戻る前にもう一度、御身を抱き締めさせては頂けないでしょうか?」
さっきより、内容も声も控えめになったお願い。俺より遥かに年上で、カッコよくて男らしい彼からのお願い。こんなの、受けない理由なんてある訳がない。
「はい、それは勿論……俺も、嬉しいですし……」
「……アオイ様」
「……バアルさん」
温かい腕が俺を包み込む。彼との間にあった僅かな距離が、再びなくなろうとしていた時だ。
「……また、そなたらの仲良しさんっぷりを見れて、嬉しいことこの上ないのだが……そろそろ部屋の方でのんびりしてはどうだ? もう、かれこれ数回は繰り返しておるであろう? その流れ」
「ぼ、僕は、素敵だと思います!」
「幸せそうで何よりですが……心配ではありますねぇ、少し寒くなってきましたし」
いつの間にか俺達のところまで来てくれていた皆さん。先頭に立つヨミ様の、申し訳無さそうな声を皮切りに、丸い頬を染めたグリムさんがフォローを。彼と手を繋ぐクロウさんが、男らしい眉を下げ微笑んだ。
「ひょわっ」
……確かに。お城へと少し進んでは抱き合い、また少し進んでは……を繰り返していたような気がするな……
バアルさんにぎゅってしてもらえるのが幸せ過ぎて、俺自身も抱きつきたくて、指摘されるまで気づかなかったけど。
「只今戻りました、ヨミ様。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「うむっ、気にするな。よく帰ってきてくれたな、バアル」
変わらない、いつもの挨拶だ。バアルさんが丁寧なお辞儀を披露して、ヨミ様が微笑み労う、いつもの。
「……ぎゅって、しないんですか?」
「はい?」
「うむ?」
ほんのり感じた寂しさが、つい口から漏れていた。きょとんと見つめる緑と赤に、顔が一気に熱を持つ。
「あっ、いや、すみません……ヨミ様も、スゴくバアルさんのこと心配してたから……確認、したくならないのかなって……バアルさんがちゃんと居るんだって……その……」
胸に過ぎった不思議な感覚を上手く言葉に出来なくて、自分の気持ちをそのまま口にしていた。
淡い光を帯びた緑の眼差しが擽ったそうに細められる。頬にそっと添えられた大きな手が、ゆるゆると優しく撫でてくれる。
「ふふ、アオイ様は、確認していらっしゃったのですか?」
「は、はい……安心出来るし、スゴく嬉しいから……」
「成る程……では、ヨミ様もご確認致しますか?」
よしよしと俺の頭を撫でてくれてから「さあ、どうぞ」と招くように、引き締まった両腕をヨミ様に向けて広げる。
「え? い、いや……私は……」
口では否定してはいるものの、満更ではなさそうだ。陶器よりも白い頬はほんのり染まり、背中の羽もそわそわとはためいていらっしゃる。
抱きつきたいけれど……皆さんの前だから、ってことかな……それじゃあ……
「バアルさん」
「……ふむ、心得ました」
流石の察しのよさだ。俺が手を握っただけで、小さく頷き、微笑んでくれる。
「? そなたら、一体何を……おわっ!?」
繋いだまま、じわりじわりと近づいていき、一気に両側から抱きついてやった。
バアルさんと一緒にぎゅうぎゅう抱き締めていると、ふにゃりと微笑むヨミ様が擽ったそうな声を漏らす。
「ちょ……アオイ殿、バアル、苦しいぞ……」
「えー苦しいだけですか?」
「それだけでは、少々寂しく感じますね」
何だか楽しくなってきたな。バアルさんも同じ気持ちなんだろう。悪戯っぽく微笑みながら、くすくす笑っている。
「……全く、嬉しいに決まっておろうが……」
ぽつりと漏らした言葉と一緒に、温かい雫が頭の上からぽろりと降ってくる。
「……本当に良かった……本当に……」
声を震わせながら、しなやかな腕が俺とバアルさんを纏めて抱き締める。
……確かに、少し苦しい。でも、それ以上に温かくて、嬉しかったんだ。
……しばらくして、おずおずと小さな手を上げたグリムさんからの一言。
「……僕も、お二人からぎゅってしてもらってもいいですか?」
もじもじと華奢な身体を揺らす彼からのお願いをきっかけに、じゃあ俺も、ではわしも、と。あれよあれよという間に城門前が、少しの間、俺達とのハグ会場になってしまった。
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