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ようやく返せた、ようやく笑えた

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 ハンバーグに、チーズたっぷりなスクランブルエッグと人参のグラッセ。皆さんから花丸を頂けたお料理は、コルテに保存の術をかけてもらって出来立て熱々をキープ済み。

 お出迎えの準備は万端だ。後は、笑顔だけ。

「えっと……どう、でしょうか?」

 バアルさんのお帰りを待つ最中。今朝、彼を見送った、城門から外界へと飛び立つ為の青い石造りの橋で、俺は笑顔の練習に励んでいた。

 そして、練習後の最終確認。ちゃんと笑えているかを確認してもらう……なんて、恥ずかしくて仕方がない。が、バアルさんをとびきりの笑顔で迎える為だ。そう言い聞かせて、渾身のを皆さん方に向けてみる。

「すっごく可愛いですよっ! アオイ様!」

「ええ、バッチリですね」

「うむっ! そなたの愛らしさに、バアルの疲れも一気に吹き飛ぶであろう!」

 大きな瞳を輝かせ、褒めてくれるグリムさんを皮切りに、クロウさんがグッと親指を立て、満足気に笑うヨミ様が心強い言葉を贈ってくれる。ふわりと靡いた黒髪と金糸で彩られた片マントが、茜色の光沢を帯びた。

「誠に可愛らしいのう」

「大変素敵だと存じます」

「パーフェクトですね! 私めがアドバイスすることは、もう何もございません」

 微笑ましそうに目を細め、立派な顎髭を撫でるサタン様。ピシリと姿勢を正したまま、凄みのある顔で頷くレダさん。満面の笑みで上品な拍手を送ってくれるレタリーさん。更には。

「か、かか、可愛い……ですっ……」

「バアル様の喜ぶ顔が目に浮かびますね」

 耳と尻尾を、ぱたぱたぶんぶん揺らすシアンさん。震える彼を支えるように、鱗に覆われた太い腕を肩に回しているサロメさんからも、有り難い言葉をいただいてしまった。

 胸と一緒にジンと目の奥が熱くなる。早くもぐしゃぐしゃに崩れてしまいそうだ。この笑顔を保たないといけないのに。ちゃんと、バアルさんの前で出来ないといけないのに。

「あ、ありがとうございます……」

 ボヤけかかった視界に映る、皆さんの笑顔が深くなる。不意に、ぴょこんと花丸が書かれたスケッチブックが視界に飛び込んでくる。コルテだ。

 緑色に瞬きながらくるくると舞い踊る。手にしていたスケッチブックはいつの間にか、緑のポンポンに変わっていた。

「ふふっ、コルテもありがとう」

 可愛らしい応援を受け、気合を入れ直す。その時だった。

「……アオイ殿!」

 歓喜に満ちた声が俺を呼ぶ。ヨミ様の指差す先、茜色の中にぽつんと浮かんだ黒を見つけた時。

 ……全部、吹き飛んだ。夕日を浴び、空を泳ぐようにはためく羽の煌めき。今朝と変わらない、柔らかく微笑む彼の姿が見えた瞬間に、全て。

「……バアルさんッ!!」

 駆けるというよりは、跳ぶように走っていた。

 大きく、速く。もっと大きく、速く。一気にあふれて滲んだ視界も構わずに。途切れた青い橋の端っこに、静かに降り立った彼の元へ、速く、速く。

 こんなにも、我武者羅に走ったことなんてなかったからだ。地を蹴っていたハズの足がもつれて、捻って。ボヤけた目の前が、ぐらりと茜に滲んだ青に染まっていく。でも、覚悟していた衝撃は来なかった。

 代わりに柔らかいものが、ぽふんっと俺の顔を、身体を、受け止めてくれた。包み込んでくれた。目を開けば、青ではなく黒。少し歪んだ黒のネクタイに、シワの寄った白いシャツ。

 少し見上げた先には、鮮やかな緑の眼差しが。俺が焦がれて止まなかった煌めきが、穏やかな微笑みが、俺を迎えてくれた。

 はくはくと浅い呼吸を繰り返すだけだった俺の口に、柔らかい温もりがそっと触れてくれる。

「……只今戻りました、アオイ様。お怪我はございませんか?」

 ……上手く言葉が出てこない。

 お帰りなさいとか。ありがとうございますとか。大丈夫ですとか。他にも沢山、言いたいことがあるのに。あったハズなのに。

「……っ、バアルさ、バアルさん……」

「はい、貴方様のバアルです」

 ただただ、彼の名ばかりを呼んでしまう。ちゃんとここに居てくれるんだって。約束通りに無事に帰ってきてくれたんだって。確認するみたいに何度も、何度も……

「……バアルさん」

「はい、アオイ様」

「……バアル」

「はい、アオイ」

 返ってくる。呼んだらちゃんと、優しい微笑みと一緒に穏やかな低音が返ってきてくれる。

 俺の名前を呼んでくれる。バアルさんが、ここに居る。

「……もう一回、ただいまって……してくれませんか?」

「……ええ、勿論。何度だって致しますよ」

 俺の目元を優しく拭ってくれていた長い指が、顎をそっと持ち上げてくれる。鮮やかな緑に見つめられながら……もう一度、約束のキスを交わす。互いの存在を確かめ合うように。

「……お帰りなさい、バアルさん」

 ようやく返せた。ようやく笑えた。

「……はい、只今戻りました、アオイ様」

 手を伸ばせば、すぐに触れることが出来る、俺の大好きな柔らかい微笑み。緩やかな笑みを描く唇が、ますますふわりと綻んだ。
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