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うつるのは、何も笑顔だけじゃない
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「……っ……ひぐ…………うぇ、っうぅ……」
泣かせてしまった。
いや、そんな可愛らしいもんじゃない。号泣だ。天井を仰ぎ、壊れた蛇口みたいに大粒の涙をボロボロ流しながら、嗚咽を漏らしていらっしゃる。
どうして、こうなった。いや絶対に、確実に、俺の発言のせいなんだが。
笑いもそうだが、涙ってのもうつるもんだ。もらい泣きとか言うしな。何で、今そんなことを言うのかって? うつっちゃってるからだよ。周りにもな!
息子さんが泣いてりゃ親御さんも泣く。主様が泣いてりゃ部下さんも。そんな感じで瞬く間に広がってしまった涙の輪。あんなに静かだった室内は、今や涙声による大合唱の真っ最中だ。いやホント、どうして、こうなった。
「……だから言ったじゃないですか。そんな簡単にアオイ様が貴方様のことを嫌いになる筈がないでしょう、と」
ぽつりと聞こえた呆れたような声。涙のオーケストラに参加していなかったのは、俺とコルテだけじゃなかったらしい。
声がした方へと顔を向ければ、困ったように微笑むレタリーさんが、黄緑色のハンカチでヨミ様の目元に優しく触れているところだった。
……ってちょっと待てよ。何か、聞き捨てならぬ内容だったんだが?
「……俺が、ヨミ様を? ここに来てから、ずっとお世話になりっぱなしですし。いつも俺とバアルさんの為に楽しいイベントを考えてくれてるのに……嫌いになんかなる訳ないじゃないですか。俺、大好きですよ、ヨミ様のこと」
ぴたりと涙が止まった真っ赤な瞳にホッとする……間もなく、今度は滝のようにだばーっと涙があふれ出す。
……明らかにさっきよりも悪化したんだが? え? 何か俺、マズいこと言ったの?
理由は分からない。だが、俺が悪いってことだけはハッキリしてる。
「ご、ごめんなさい」
いまだに止まらない涙のせいで、上手く話せないんだと思う。真っ赤な頬をぐしゃぐしゃに濡らしたヨミ様が、弱々しく首を左右に振る。大丈夫だと言ってくれているんだろう。ご自身の方が大変なのに。やっぱり優しい御方だ。
「心配しなくて大丈夫ですよ、アオイ様。安心したのと、嬉しくて泣いてるだけですから」
「ふぇ?」
今度はふかふかのタオルへとバトンタッチし、主様の目元や頬を優しく押さえているレタリーさん。くすくす笑う彼からお水たっぷりのグラスを受け取り、一気に煽ったヨミ様が真っ赤に染まってしまった高い鼻を静かに啜った。
「……ぐすっ……怖かったんだ……」
滲んだ声がこぼした胸の内。また一筋、透明な雫が伝うのと一緒に、震える唇からぽつり、ぽつりとこぼれていく。
「本来なら……王である私が行くべきだった……だが、やはり怖かった……だから、止められなかった……無意識のうちに甘えてしまっていたんだ……バアルに、また守ってもらってしまった……」
「ヨミ様……」
「私は、そなたが言ってくれたように強くなどない……己が死ぬのも、バアルを失うのも怖くて仕方がない臆病者だ……」
少し長めに息を吐く。軽く吸ってから、俯いていた真っ赤な瞳が俺を見つめた。
「今朝も見送らなかったんじゃない……見送る勇気がなかったんだ……そなたに合わせる顔もなかった……嫌われてしまうのが、怖かったんだ……だから、私は……」
落ち着きかけていた声が震え出し、また赤い眼差しが涙の膜に覆われ始める。
……ああ、そうだったんだ……
「……じゃあ、俺と一緒ですね」
「え……」
「あ、ごめんなさい。何か、安心したっていうか……親近感を感じちゃって。ヨミ様もバアルさんと一緒で、全部一人で背負い込んじゃうじゃないですか。だから、ちゃんと聞くことが出来て嬉しいなって……」
きょとんと見開いた瞳から涙が止まる。止まったのはいいんだが、今度は耳まで真っ赤に染まっていく。
「……えっと、とにかく! 俺はヨミ様のことが大好きですし、バアルさんもヨミ様のこと、すっごく大事に思ってますから! だから安心してください!」
思わず立ち上がり、言い放った途端に視線が俺へと集中する。前からだけじゃない。全方位からだ。
それから、静まり返ってもしまっていた。今度は俺の番だった。一気に顔が、全身が、カッと熱くなっていく。
じっと見つめていた眼差しがゆるりと細められ、ふわりと頬が綻ぶ。
「……ふはっ、そうか……ならば、安心であるな。アオイ殿が、そう言ってくれるのであれば」
「あぅ……よ、良かった……でふ」
口元を押さえ、ころころと笑うヨミ様。ついさっきも見たハズなのに、何でだろう。この御方が心の底から笑っているのを久しぶりに見たような、そんな気がしたんだ。
「じゃあ、そろそろ頂きません? こんなに美味しそうなお料理を前に、お預けはしんどいですよ」
唇を尖らせたレタリーさんが、ヨミ様の前へ山盛りスクランブルエッグのお皿とハンバーグプレートを差し出す。
いつの間にか、自分の元へと主様のお代わりを避難させていたようだ。もしかして、ヨミ様がボロ泣きしてしまうのを想定していたんだろうか? いや、まさかな。
「……本当に、そういうところだぞ、そなた……確かに、アオイ殿の料理は美味しいし。さっきよりも余計にお腹は空いてしまっておるがな」
「……あ、ありがとうございます」
じとりと瞳を細め、見つめたヨミ様に対してレタリーさんが「だって美味しい物は美味しい内に食べたいじゃないですか」とますます唇を尖らせる。
であるがなぁ……だって、と片や黒い羽をはためかせ、片や黄緑の尾羽を揺らし、わちゃわちゃと言い合っている。なんというか、息ピッタリだ。
「あの……まだ、お代わりありますし、デザートにパウンドケーキもありますよ? 紅茶とチョコの」
「おおっ! では、そちらも頼めるだろうか?」
「はいっ、勿論」
「私も、厚切りでお願い致します」
「はいっ、喜んで」
再び、グリムさんとクロウさんに手伝ってもらい、ケーキを運ぶ。
ヨミ様とレタリーさんの気持ちのいい食べっぷりに、皆さん方もお腹が空いたんだろうか。追加のお料理やケーキを運んでいる内に、気がつけば青空がオレンジ色に染まっていた。
泣かせてしまった。
いや、そんな可愛らしいもんじゃない。号泣だ。天井を仰ぎ、壊れた蛇口みたいに大粒の涙をボロボロ流しながら、嗚咽を漏らしていらっしゃる。
どうして、こうなった。いや絶対に、確実に、俺の発言のせいなんだが。
笑いもそうだが、涙ってのもうつるもんだ。もらい泣きとか言うしな。何で、今そんなことを言うのかって? うつっちゃってるからだよ。周りにもな!
息子さんが泣いてりゃ親御さんも泣く。主様が泣いてりゃ部下さんも。そんな感じで瞬く間に広がってしまった涙の輪。あんなに静かだった室内は、今や涙声による大合唱の真っ最中だ。いやホント、どうして、こうなった。
「……だから言ったじゃないですか。そんな簡単にアオイ様が貴方様のことを嫌いになる筈がないでしょう、と」
ぽつりと聞こえた呆れたような声。涙のオーケストラに参加していなかったのは、俺とコルテだけじゃなかったらしい。
声がした方へと顔を向ければ、困ったように微笑むレタリーさんが、黄緑色のハンカチでヨミ様の目元に優しく触れているところだった。
……ってちょっと待てよ。何か、聞き捨てならぬ内容だったんだが?
「……俺が、ヨミ様を? ここに来てから、ずっとお世話になりっぱなしですし。いつも俺とバアルさんの為に楽しいイベントを考えてくれてるのに……嫌いになんかなる訳ないじゃないですか。俺、大好きですよ、ヨミ様のこと」
ぴたりと涙が止まった真っ赤な瞳にホッとする……間もなく、今度は滝のようにだばーっと涙があふれ出す。
……明らかにさっきよりも悪化したんだが? え? 何か俺、マズいこと言ったの?
理由は分からない。だが、俺が悪いってことだけはハッキリしてる。
「ご、ごめんなさい」
いまだに止まらない涙のせいで、上手く話せないんだと思う。真っ赤な頬をぐしゃぐしゃに濡らしたヨミ様が、弱々しく首を左右に振る。大丈夫だと言ってくれているんだろう。ご自身の方が大変なのに。やっぱり優しい御方だ。
「心配しなくて大丈夫ですよ、アオイ様。安心したのと、嬉しくて泣いてるだけですから」
「ふぇ?」
今度はふかふかのタオルへとバトンタッチし、主様の目元や頬を優しく押さえているレタリーさん。くすくす笑う彼からお水たっぷりのグラスを受け取り、一気に煽ったヨミ様が真っ赤に染まってしまった高い鼻を静かに啜った。
「……ぐすっ……怖かったんだ……」
滲んだ声がこぼした胸の内。また一筋、透明な雫が伝うのと一緒に、震える唇からぽつり、ぽつりとこぼれていく。
「本来なら……王である私が行くべきだった……だが、やはり怖かった……だから、止められなかった……無意識のうちに甘えてしまっていたんだ……バアルに、また守ってもらってしまった……」
「ヨミ様……」
「私は、そなたが言ってくれたように強くなどない……己が死ぬのも、バアルを失うのも怖くて仕方がない臆病者だ……」
少し長めに息を吐く。軽く吸ってから、俯いていた真っ赤な瞳が俺を見つめた。
「今朝も見送らなかったんじゃない……見送る勇気がなかったんだ……そなたに合わせる顔もなかった……嫌われてしまうのが、怖かったんだ……だから、私は……」
落ち着きかけていた声が震え出し、また赤い眼差しが涙の膜に覆われ始める。
……ああ、そうだったんだ……
「……じゃあ、俺と一緒ですね」
「え……」
「あ、ごめんなさい。何か、安心したっていうか……親近感を感じちゃって。ヨミ様もバアルさんと一緒で、全部一人で背負い込んじゃうじゃないですか。だから、ちゃんと聞くことが出来て嬉しいなって……」
きょとんと見開いた瞳から涙が止まる。止まったのはいいんだが、今度は耳まで真っ赤に染まっていく。
「……えっと、とにかく! 俺はヨミ様のことが大好きですし、バアルさんもヨミ様のこと、すっごく大事に思ってますから! だから安心してください!」
思わず立ち上がり、言い放った途端に視線が俺へと集中する。前からだけじゃない。全方位からだ。
それから、静まり返ってもしまっていた。今度は俺の番だった。一気に顔が、全身が、カッと熱くなっていく。
じっと見つめていた眼差しがゆるりと細められ、ふわりと頬が綻ぶ。
「……ふはっ、そうか……ならば、安心であるな。アオイ殿が、そう言ってくれるのであれば」
「あぅ……よ、良かった……でふ」
口元を押さえ、ころころと笑うヨミ様。ついさっきも見たハズなのに、何でだろう。この御方が心の底から笑っているのを久しぶりに見たような、そんな気がしたんだ。
「じゃあ、そろそろ頂きません? こんなに美味しそうなお料理を前に、お預けはしんどいですよ」
唇を尖らせたレタリーさんが、ヨミ様の前へ山盛りスクランブルエッグのお皿とハンバーグプレートを差し出す。
いつの間にか、自分の元へと主様のお代わりを避難させていたようだ。もしかして、ヨミ様がボロ泣きしてしまうのを想定していたんだろうか? いや、まさかな。
「……本当に、そういうところだぞ、そなた……確かに、アオイ殿の料理は美味しいし。さっきよりも余計にお腹は空いてしまっておるがな」
「……あ、ありがとうございます」
じとりと瞳を細め、見つめたヨミ様に対してレタリーさんが「だって美味しい物は美味しい内に食べたいじゃないですか」とますます唇を尖らせる。
であるがなぁ……だって、と片や黒い羽をはためかせ、片や黄緑の尾羽を揺らし、わちゃわちゃと言い合っている。なんというか、息ピッタリだ。
「あの……まだ、お代わりありますし、デザートにパウンドケーキもありますよ? 紅茶とチョコの」
「おおっ! では、そちらも頼めるだろうか?」
「はいっ、勿論」
「私も、厚切りでお願い致します」
「はいっ、喜んで」
再び、グリムさんとクロウさんに手伝ってもらい、ケーキを運ぶ。
ヨミ様とレタリーさんの気持ちのいい食べっぷりに、皆さん方もお腹が空いたんだろうか。追加のお料理やケーキを運んでいる内に、気がつけば青空がオレンジ色に染まっていた。
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