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ヨミ様が、俺に言いたいけれど、言いにくいこと
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「ありがとうございます、アオイ様。まぁ、先ずはお座り下さい」
冷や汗をかくヨミ様とは対照的で、レタリーさんはさっきと変わらない。タレ目の瞳をゆるりと細め「どうぞ、どうぞ」と元いた俺の席を勧めてくる。
「え、あ、はい」
何かを察したクロウさんが、グラッセ多めのハンバーグプレートをレタリーさんの前へ。グリムさんの手にあるハンバーグニつとグラッセのお皿を素早く受け取り、ヨミ様の前へ。瞬く間に、スムーズに一連の動作を行ってから、ぽかんとしているグリムさんの手を引き隣のテーブルに戻っていく。
「ほら、ヨミ様。観念してまるっとお話し下さい。せっかくのアオイ様の手料理が冷めてしまいますよ?」
呆れたような顔をしたレタリーさんが、長い尾羽根でヨミ様の肩をちょんちょん突いている。器用だ。
……何か小さな声で「おら、さっさと話せよ」とか聞こえたのは気のせいだろう。バアルさんと同じく物腰柔らかな彼が、そんな荒っぽい言葉遣いをする訳がないもんな。ましてや、お相手は王様なんだし。
「うぐ……」
声を詰まらせるヨミ様の表情は苦しそうだ。美しいお顔が痛みを堪えているみたいに歪んでしまっている。
大きく広がっていた羽もしょんぼり折り畳まれている。心なしか両側頭部から生えている鋭い角の光沢も、暗く沈んでいるように見えた。
ヨミ様が俺に言いたいけれど、言いにくいこと……か。
……ああ、やっぱりお優しい方だな。
俺にしてはすぐに思い至り、胸の内が擽ったくなる。自然と綻んだ口から気がつけば、ぽつりと漏れていた。
「……俺、気にしていませんよ。全然」
重く沈んだ空気が僅かに揺れる。はたと見開いた真っ赤な瞳も。
「え?」
また少し頬が緩んでしまう。その驚き様から伝わってきたんだ。この優しい王様が、どれだけバアルさんと俺のことを想い、心を痛めてくれていたのかが。
「だって、俺の為に隠してくれていたんですよね? 穢れのことも、バアルさんの使命のことも……俺が知ったら、スゴく悲しむから……」
「アオイ殿……」
図星だったんだと思う。俺の名をこぼした唇が、何か言おうとして。でも、すぐに閉じて切なく歪む。まるで、自分は何も言える立場じゃないと思い込んでいるみたいだ。そんなこと、ないのに。
「……実際、いっぱい泣いて、落ち込んで、皆さんに沢山心配かけちゃいました……バアルさんに、信じてるって言ったのに。ホント、弱いですよね、俺……ヨミ様と違って」
「……私と、違って?」
「はい。だってヨミ様は、絶対にバアルさんが帰ってくるって信じてるから、ご自分がなすべきことをなさっていたんですよね? そんなにクマが出来ちゃうまで……正直、嫉妬しちゃいました。二人の信頼関係が羨ましくて……あ、バアルさんには内緒ですよ?」
不思議そうに言葉を返したヨミ様。彼の表情が、また驚きの形で固まっている。
……少しは、オブラートに包むべきだったのかな。いや、でも事実だし。彼の誤解というか憂いを払う為にも、俺の思っていることを全部伝えた方がいいだろう。
「……でも、俺、決めたんです。皆さんのお陰で思えたんです。俺なりに、今バアルさんの為に出来ることを精一杯やろうって。多分……いや絶対に、また泣いちゃうと思います。これからも、バアルさんの使命は続いていくんですから」
怖くて仕方がないのです……と初めて弱音を吐いてくれたバアルさん。涙に濡れる緑の瞳と切なく歪んだ彫りの深い顔。思い出しただけで、胸が潰れそうになる。視界がボヤけてしまう。
「だけど、俺は一人じゃないから……皆さんが、ヨミ様が、側に居てくれるから頑張れるんです……弱い俺でも、強くなれるんです。だから、大丈夫ですよ」
全身全霊で伝えたつもりだった。皆さんが居てくれるから大丈夫だって。一緒なら、寂しくても頑張れるって。だからもう、そんなに心を痛めてくれなくていいんだと。
……でも、俺は、間違えたらしい。
冷や汗をかくヨミ様とは対照的で、レタリーさんはさっきと変わらない。タレ目の瞳をゆるりと細め「どうぞ、どうぞ」と元いた俺の席を勧めてくる。
「え、あ、はい」
何かを察したクロウさんが、グラッセ多めのハンバーグプレートをレタリーさんの前へ。グリムさんの手にあるハンバーグニつとグラッセのお皿を素早く受け取り、ヨミ様の前へ。瞬く間に、スムーズに一連の動作を行ってから、ぽかんとしているグリムさんの手を引き隣のテーブルに戻っていく。
「ほら、ヨミ様。観念してまるっとお話し下さい。せっかくのアオイ様の手料理が冷めてしまいますよ?」
呆れたような顔をしたレタリーさんが、長い尾羽根でヨミ様の肩をちょんちょん突いている。器用だ。
……何か小さな声で「おら、さっさと話せよ」とか聞こえたのは気のせいだろう。バアルさんと同じく物腰柔らかな彼が、そんな荒っぽい言葉遣いをする訳がないもんな。ましてや、お相手は王様なんだし。
「うぐ……」
声を詰まらせるヨミ様の表情は苦しそうだ。美しいお顔が痛みを堪えているみたいに歪んでしまっている。
大きく広がっていた羽もしょんぼり折り畳まれている。心なしか両側頭部から生えている鋭い角の光沢も、暗く沈んでいるように見えた。
ヨミ様が俺に言いたいけれど、言いにくいこと……か。
……ああ、やっぱりお優しい方だな。
俺にしてはすぐに思い至り、胸の内が擽ったくなる。自然と綻んだ口から気がつけば、ぽつりと漏れていた。
「……俺、気にしていませんよ。全然」
重く沈んだ空気が僅かに揺れる。はたと見開いた真っ赤な瞳も。
「え?」
また少し頬が緩んでしまう。その驚き様から伝わってきたんだ。この優しい王様が、どれだけバアルさんと俺のことを想い、心を痛めてくれていたのかが。
「だって、俺の為に隠してくれていたんですよね? 穢れのことも、バアルさんの使命のことも……俺が知ったら、スゴく悲しむから……」
「アオイ殿……」
図星だったんだと思う。俺の名をこぼした唇が、何か言おうとして。でも、すぐに閉じて切なく歪む。まるで、自分は何も言える立場じゃないと思い込んでいるみたいだ。そんなこと、ないのに。
「……実際、いっぱい泣いて、落ち込んで、皆さんに沢山心配かけちゃいました……バアルさんに、信じてるって言ったのに。ホント、弱いですよね、俺……ヨミ様と違って」
「……私と、違って?」
「はい。だってヨミ様は、絶対にバアルさんが帰ってくるって信じてるから、ご自分がなすべきことをなさっていたんですよね? そんなにクマが出来ちゃうまで……正直、嫉妬しちゃいました。二人の信頼関係が羨ましくて……あ、バアルさんには内緒ですよ?」
不思議そうに言葉を返したヨミ様。彼の表情が、また驚きの形で固まっている。
……少しは、オブラートに包むべきだったのかな。いや、でも事実だし。彼の誤解というか憂いを払う為にも、俺の思っていることを全部伝えた方がいいだろう。
「……でも、俺、決めたんです。皆さんのお陰で思えたんです。俺なりに、今バアルさんの為に出来ることを精一杯やろうって。多分……いや絶対に、また泣いちゃうと思います。これからも、バアルさんの使命は続いていくんですから」
怖くて仕方がないのです……と初めて弱音を吐いてくれたバアルさん。涙に濡れる緑の瞳と切なく歪んだ彫りの深い顔。思い出しただけで、胸が潰れそうになる。視界がボヤけてしまう。
「だけど、俺は一人じゃないから……皆さんが、ヨミ様が、側に居てくれるから頑張れるんです……弱い俺でも、強くなれるんです。だから、大丈夫ですよ」
全身全霊で伝えたつもりだった。皆さんが居てくれるから大丈夫だって。一緒なら、寂しくても頑張れるって。だからもう、そんなに心を痛めてくれなくていいんだと。
……でも、俺は、間違えたらしい。
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