間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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今の俺に出来ることを精一杯

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「立ち話もなんですし……良かったら、部屋でお話ししませんか?」

 コルテが一緒に居てくれるけれど、このまま皆さんとさよならするのは寂しかった。

 ……我が儘だろうか? そんな俺の不安や申し訳無さを、ぱあっと輝いた笑顔が、ニッと持ち上がった口角が吹き飛ばしていく。

「は、はいっ! ぜひ!」

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

「シアンさんとサロメさんも良かったら……来てくれませんか?」

 調子に乗ってしまった俺は、お二人にも声をかけていた。この後も部屋の前に居てくれるんだったら、中でもいいんじゃないか? と甘えてしまったんだ。

 途端にシアンさんの肩がびくんっと跳ねる。続けてぴょんっと髪の色と同じ耳と尻尾が逆立ち、白い頬がぼぼぼっと赤く染まっていく。

「はぇっ!? し、しかし俺達は……」

 困っているのか、忙しなく耳をぱたぱた、尻尾をぶんぶん揺らすシアンさん。鈍く光る胸当ての前で、ふわもふな白銀の毛に覆われ黒い肉球のついた手を、わたわた動かしていた彼を快活な声が遮った。

「では、食堂でお水やお茶をもらってから、お邪魔させていただきますね。お茶菓子なんかも見繕ってきます」

 大きな口をニカッと開き、鋭い爪の生えた親指を立てるサロメさん。爽やかな笑顔が頼もしい。

 そういえば、食べちゃったし飲んじゃってたな。コルテと一緒に、ほとんど俺が。

 せっかくお招きするってのに、お茶どころか水まで無いってのはなぁ。本来ならば俺が運んでくるのが筋だろうが……ご厚意に甘えてしまおう。

「ありがとうございます。そうしていただけると、スゴく助かります」

「いえ、すぐに戻りますね」

「うぇっ? ちょっ……」

 黄色の瞳が細められ、肘の辺りくらいまで黒い鱗に覆われたガッシリとした太い腕が、シアンさんの肩をガシッと引っ掴んで連れて行く。いってらっしゃいと手を振れば、大きく振ってくれた黒い鱗に覆われた手に続き、ふわもふな手もおずおずと振り返してくれた。



 いつもと同じ向かいのソファーへと、クロウさんと肩を並べて腰掛けたグリムさん。まだ少し目元が赤い彼の口が小さく開く。

「その……いきなり、押しかけちゃってすみませんでした……サタン様から……アオイ様のご様子を聞いて、僕、居ても立っても居られなくて……」

 よっぽど俺は悲惨な顔をしていたんだろう。グリムさんの表情が物語っている。くしゃりと顔を歪め、今にも泣き出してしまいそうに唇を噛むその表情からヒシヒシと。

 心配そうに眉をしかめたクロウさんが、丸まった細い背中を宥めるように撫でている。

「……嬉しかったですよ。グリムさん達が来てくれて。だから、気にしないでください」

 ホントだ。スゴく嬉しかった。俺の好きな色の花束を手に、駆けつけてきてくれたに人の優しさが。でも。

 何でだろう? 二人の姿を見ていると胸の辺りがほっこり温かくなるんだけど寂しくて。気がつけば視界がゆっくり俯いてしまっていた。

「アオイ様……」

 こんな時でも輝きの変わらない銀の輪。手元ばかりを映していた視界に、緑色に瞬く粒がぴょいっと乱入してくる。コルテだ。

 俺を元気づけようとしてくれているんだろう。ガラス細工のような羽をはためかせ、踊るような舞をくるくる披露してくれる。最後にじゃじゃんと決めポーズ。んばっと伸ばした線のように細い手足には、お馴染みのポンポンがあった。

「ふふっ」

 気がつけば笑えていた。小さな彼の可愛らしさに癒されて。小さな彼の後ろに、また彼を感じることが出来て。ホントにそっくりだ。優しいところは勿論だけど、察しの良いところとか、タイミングがバッチリなとことか、特に。

「ありがとうコルテ、もう大丈夫だよ」

 手を差し出せば、弾むように飛んでくる。くりくりお目々を輝かせ、緑に瞬くコルテが手のひらにちょこんと着地した。

「……あのっ、アオイ様」

 不意に俺を呼んだ声に釣られ顔を上げれば、一心に見つめる薄紫とかち合った。

「僕も……お側に居ても、いいですか?」

 俺が口を開く前に、そう尋ねた言葉を自ら否定する。

「いえ、居させ欲しいんです!」

 膝の上で小さな拳を、フードマントの裾ごと握り締めている。

「僕、バアル様みたいに色んな術を使えないし、ヨミ様みたいにアオイ様が元気になれるような素敵なサプライズも出来ません……」

 続けた言葉が語尾に近づくにつれ、声のトーンが落ちていく。俯きかけている華奢な身体に、そんなことはないと声を掛けようとして。

「でも、側に居ることは出来ます。一緒に居て、お話することは出来ます……僕に出来ることなら、何でもしますからっ」

 弾かれるように立ち上がり、胸に手を当て力強く宣言した。

「グリムさん……」

「申し訳ないですけど……こういう時のグリムはテコでも動きませんから、一人ぼっちは諦めて下さい」

 すっくと立ち上がり、フード越しにグリムさんの後頭部をわしわし掻きながらクロウさんが小さく頭を下げる。

「クロウさん……」

「ああ、勿論、俺もバアル様が帰ってくるまで離れないんで。セットでじゃんじゃん頼って下さいね」

 クロウさんが親指でご自身とグリムさんを順々に指し示してから、口の端を持ち上げ悪戯っぽく笑う。彼に続けてグリムさんが「じゃんじゃん任せてくださいっ」と大きな瞳を輝かせた。

 お二人からの温かい言葉に、優しい笑顔に、目の奥がジンと熱くなっていく。グリムさんからいただいた言葉の一つが頭の中で、何度も響いた。

 ……出来ること……か。

 そう、だよな。そうだ。落ち込んでいても、寂しがっていても仕方がない。俺が出来ることは待つだけなんだから。バアルさんが無事に帰ってきてくれるのを……信じて待つだけなんだから。

 ……でも、ただ待つだけなのは、イヤだ。

 だから、俺も出来ることをしよう。今の俺に出来ることを、精一杯。

「よしっ」

「……アオイ様?」

「グリムさん、クロウさん……お願いがあるんですけど……」

 きょとんと見つめていた薄紫と金が見る見るうちに輝いていく。

「は、はいっ! 僕達にどどんっとお任せください!」

「待ってました。遠慮なく、何でも申しつけて下さいね」

「ありがとうございます。じゃあ、早速何ですけど……」

「そのお願いとやらに後二人、追加で加われたりします?」

 どこか楽しそうな声からの突然の申し出。

「え?」

 ほぼ同時に俺達が顔を向けた先には、黒い鱗に覆われた尻尾を揺らし、白い牙を見せるサロメさん。お隣にはふわもふな耳と尻尾をピンっと立てたシアンさんが、少し潤んだ瞳で真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 二人の側には銀のワゴンが、ティーセットやピッチャー、山盛りのクッキーやスコーンにサンドイッチとお約束の品々をふんだんに乗せていた。

「お、俺達は、貴方様の親衛隊ですのでっ!! ですから、ですからっ……」

「貴方様のお望みとあらば、何だって叶えてみせますよ? ってことで、どうです?」

 少し滲んだ熱のこもった声に、飄々としているけれども真剣な眼差しに、熱くなっていた胸が詰まりそうになる。

 ……何だか、今日は泣いてばかりだな。これは、嬉しい方のだけれど。

「ありがとうございます……皆さん、どうかよろしくお願いします」

 嬉しさに満ちた、頼もしい了承の声が部屋いっぱいに響く。飛び立ち、俺の前でくるくる舞うコルテ。彼の瞳と同じ緑の輝きが、一際明るく瞬いた。
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