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好きな人からの労いが、一番の報酬

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「では、実際に切ってみましょう。知識を得ることは大切ですが……確実に身につける為には、経験を積むより他はありませんからね」

「はいっ頑張ります」

 玉ねぎの頭と尻尾を切り落としてから皮を剥く。薄茶から、つるんと真っ白なボディに衣替えさせた身を半分に。そこまでは順調だった。けれども。

「んー……中々、細くは……切れない、ですね……」

 ……難しい。反対の部分を残して横の部分に縦の切れ目を、更には包丁を横へスライドさせて切れ目を入れていかなければならないなんて。

 だけど、それらをちゃんと入れられた後は、バアルさんがさっき見せてくれたお手本は、スゴくキレイで気持ちがよかったんだ。タン、タン、タンと端から切っていくだけで、見る見るうちにみじん切りの山がもりもり出来ていくんだからさ。

 まぁ、俺の玉ねぎはまだ半分も入れられていないのに、入れた切り込みの長さも、太さもばらっばら。こんなんじゃ……たん、とん切っても、みじん切りというよりは、ただただ粗く刻んだだけってのが関の山だろう。

「ある程度出来れば宜しいですよ。最終的に、このように……」

 バアルさんのまな板の上でキレイな山を作っているみじん切り。それに向かい包丁を構え、刃先の背の部分に反対の手を添えながら、ジャク、ジャク、ジャクと叩いていく。

 えーっと……何だっけ……ああ、あれだ。漁師さんが尖った細い包丁で、刺し身をすり身にしてるヤツ。それみたいだ。

「後から、どうとでも誤魔化せます。兎にも角にも、みじんにすればよいだけ、でございますので」

 瞳を細め、清潔感漂う髭が素敵な口元をクスリと持ち上げ、悪戯っぽく「混ぜて捏ねてしまえば分かりません」とのこと。

「成る程。確かに……見た目はどうあれ、みじんにはなってますもんね」

「ふふ、左様でございます」

 笑みを深くした彼に倣い、ある程度刻まれた玉ねぎ達に刃を落とす。

 たん、とん、たん、とん、たんとんとん。まな板と包丁が奏でる不格好なリズムに合わせ、ギリギリみじん切りの名を語ってもいいであろうものが完成した。

 何とも言えない達成感。もはや、全てを終えたような安堵と爽やかな疲労感に浸っていた俺の耳に、穏やかな低音が届く。

「よく頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます」

 白い手が、緑の三角巾越しに俺の頭を優しく撫でてくれる。

 ……好きな人からの労い。やっぱりこれが一番の報酬だ。まだ全然、クリアした工程としては序盤も序盤もいいとこなんだけどさ。

「あぁ、でも、意外でした。俺、玉ねぎって涙が出るくらい染みるってイメージだったんですけど……そうでもないんですね」

 ふと浮かんだ、そう言えば。何の気なしに振った話題により、新たな事実が判明することになるとは。

「ああ……勿論、そちらも防いでおりますので」

「へ?」

 当たり前のように告げられた一言に、再び俺の口から気の抜けた一音が出る。

 固まった俺を置き去りに、柔らかな低音が歌い上げるようにツラツラとネタばらしを……いや、施してくれた術の説明をしてくれる。

「貴方様の可愛らしい瞳とお鼻がツンとしてはなりません。ですから、御手を守る際に、同時に張っておきました」

 あやふやな俺の記憶では、玉ねぎのなんちゃらとかいう成分が、切った際に飛び散って染みる……とかだったハズだ。だから、ゴーグルを付けてると防げるとか。ということは……

「……し、汁も防げるんですか?」

「はい、ガスも防げますよ」

「すごっ……」

 語彙力の欠片もない、賛辞とも取れるのか微妙な一言。けれども律儀な彼は、エプロン越しからでも逞しさの分かる胸に手を当て、カーテンコールの演者のような美しいお辞儀を披露してくれる。勿論「ありがとうございます」と嬉しさを隠しきれていない微笑みもセットで。
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