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こんな時にスマートに返せないのが、俺と彼の違いなのだろう

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「え……もう、帰っちゃうんですか?」

「うむ、済まないな」

 一杯目の紅茶が空になったところでヨミ様は席を立った。いつもなら後二杯、いや三杯は。なんなら、お昼もご一緒してくれるもんだと思っていた。これから挑戦しようと思っている料理を、ヨミ様にも食べてもらえるもんだと。

「初めての料理をバアルに振る舞うアオイ殿の姿を、この目に収めたかったのだが……少々、ごたついてしまっていてな。次の機会には、是非ともお邪魔させて頂きたいのだが……」

 真っ赤な瞳が申し訳無さそうに細められ、薄い唇が困ったような形の笑みを描く。

 ……そりゃあそうか。ヨミ様は地獄を治める王様だ。お忙しい身の上に決まっている。俺達の為に、定期的に時間を作っては訪れてくれていたもんだから、実感が薄れてしまっていたけれど。

 残念な気持ちを押し込んで、精一杯の笑顔で返す。

「勿論! ヨミ様ならいつでも大歓迎ですよ。ねぇ、バアルさん」

「ええ、いつでもお待ちしております」

「あ、それまでに俺、チーズたっぷりのスクランブルエッグ、美味しく作れるように頑張りますから」

「おお、それは楽しみだな!」

 綻び、明るさの戻った声に釣られて俺も笑っていた。

 では、またな、と柔らかく微笑んだヨミ様を見送って、ソファーに座り直して。二人っきりに戻った室内。

 いつも通りなんだけれど、なんだかちょっぴりそわそわしてしまう沈黙。背中の辺りが擽ったくなるそれを破ったのは、おずおずと尋ねてきた穏やかな声だった。

「ところでアオイ様、お昼は……何を作って頂けるのでしょうか?」

「は、はい……ハンバーグ、なんて……どう、ですかね?」

 レシピの一番最初のページに書かれていたってのもある。あるんだけれど、バアルさんが嬉しそうに食べてたな……って。

 城下町デートで訪れた個室のレストラン。そこで頼んだハンバーグと海老フライがついたプレートを、頬張る彼の笑顔が印象的で。だから、作ってみたいなって思ったんだ。

「それは、誠でございますかっ? 大変嬉しく存じます」

 穏やかな低音が明るく弾み、細められた瞳が期待に揺れる。今日のお昼は、俺の最初の手料理はたった今、ハンバーグに決定した。



 相変わらずの見事なお手並みで、上品なヨーロッパ風の室内が瞬く間に姿を変えていく。広い調理台に一式揃った調理器具、レンジに冷蔵庫……と大抵の物は何でも作れそうな至れり尽くせりな調理場へと。

 教えてくれるバアルさんもお料理スタイルだ。黒いジャケットを脱ぎ、白いシャツに黒のネクタイとベスト。キュッと引き締まった腰には、足首まですっぽり覆う黒いエプロンが巻かれている。

 捲くられた袖から伸びる、男らしいゴツゴツした腕がカッコいい。浮き出た筋肉や骨格のラインが、なんだかスゴく色っぽい。

「ふふ……いかがなさいましたか?」

 そわそわしていた鼓動が大きく跳ねた。若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳。淡い光を帯びた眼差しが、擽ったそうに細められる瞬間に心を奪われて。

「あっ、いや……その……」

 こんな時に、カッコよくて見惚れてました! とかスマートに返せないのが、俺と彼との違いなのだろう。

 なんせ、すぐさま見せつけられることになったんだからな。お手本だといわんばかりに。

 ……まぁ、タイミングが良すぎただけで……彼には、そのつもりは微塵もないんだろうけどさ。

「斯様にお顔を真っ赤に染めて……お可愛らしいですね」

「ひぇ……」

「その愛らしいエプロン姿にも、年甲斐もなく胸が躍ってしまいます。特に本日は、私の好物を貴方様自ら作って頂けるのですから……」

「あぅ……」

 貰いっぱなしではいられない。俺だって、返さなければ。その気持ちだけが先行したんだろう。

「か、カッコいいでふ! ばありゅしゃんも……」

 ゆるっゆるに緩みまくっていた俺の口は、肝心の言葉どころか、名前までをも噛み倒してしまっていた。これ以上はないってくらいに。

「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」

 やはり彼は優しさの化身に違いない。ダメダメで、秘めた想いの欠片くらいしか伝えられなかったのに、心の底から嬉しそうに微笑んでくれたんだから。
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