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とある兵団長は、しみじみと物思いに耽る
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昼間の賑やかさとは打って変わり、夜の帳が落ちた城内は穏やかな静けさに満ちている。
兵舎とは真逆だ。あちらは、今時分の方が騒がしい。元気が有り余っている部下達のどんちゃん騒ぎで。
まぁ、警護に訓練、それから厳しい遠征後の唯一の息抜き。癒やしの時間だからな。明日にさえ支障が出なければ、大いに羽を伸ばして欲しいものだ。
……いや、唯一ではないか。最近は、甘いお菓子を携えた癒やしの使者が、度々訪れてくれるからな。休憩時間や訓練後、私達の邪魔にならない時間を狙っては仲睦まじいご様子を見せてくれる、バアル様とアオイ様ご夫婦が。
お陰様で部下達の士気が下がることはなく、常に高い状態を維持している。アオイ様が魔術の訓練を楽しそうに見てくれるものだから、より綺麗なものを、派手なものを、とオリジナルの術を編み出す者まで出てくるほどだ。見た目と同様、凄まじい威力故に、使用後の修練場の整備が大変ではあるが。
思えば、随分と変わったものだ。アオイ様が来られてから、この国は良い方向へと。バアル様の笑顔が増えたのは勿論だが、ヨミ様やサタン様もだ。以前と比べ、心穏やかに過ごしていらっしゃるというか……とにかく楽しそうで何よりだ。国民も、微笑ましい王家の皆様のご様子が見られるのを、いつも楽しみにしている。
国が活気に満ちているからだろうか。不思議なことに穢れも減ってきている。反抗的だった人間も、以前に比べれば少ない。遠征においての危険が減ったことは、隊長である私としては大変喜ばしい。本当に良いこと尽くめだ。
……ただ、アオイ様御本人は望まれて我が国に来られた訳ではない。だから、こんなことを思ってしまうのは、良くないことだ。
しかし、このところ常々思ってしまう。元はと言えば不幸な事故だったとはいえ、我が国が起こした不祥事の結果だったとはいえ、アオイ様がこの国に来られて良かったと。
……どうやら、物思いに耽り過ぎていたようだ。行き慣れた目的地を目指し、勝手に動いていた私の足はもう、とうに止まっていたらしい。気がつけば、扉の前でぼんやりと立ち尽くしていた。
誰が見ている訳でもなかったが、つい咳払いをしてまう。なんとなく髪型と襟元も正し、ノックをしてからドアを開いた。
「遅くに済まないスヴェン、いつものを……ん?」
……誰もいない。
使い込まれた多種多様な大きさの鍋やフライパンがいくつも壁に掛けられ、調味料やスパイスが棚に所狭しと並ぶ、スヴェン達の戦場。
いつもならば、酒瓶を片手に「おうっ!」とにこやかに鋭い牙を見せる彼の姿は勿論のこと。籠の中でお休み中だったり、輪になって踊っていたりと思い思いに過ごしている、可愛らしい小さな助手達の姿もない。
温かみのある明かりだけがほのかに照らす、がらんとした厨房。その入り口で立ち尽くし、ぼーっと見回してしまっていた私の耳に、愛らしい鳴き声が届く。
「ぷきゃっ」
いつの間に居たんだろうか。小さな黒い羽をはためかせ、鮮やかな緑のリボンを首元に結んだ小さな彼。スヴェンの助手の内の一匹であり、副料理長でもあるスーが、尖った耳をぴょこんと立てながら小さな前足を上げた。
「あぁ、今晩はスー。スヴェンと他の皆は……奥か? ナポリタンを作ってもらおうかと思っていたんだが……」
「ぷきゅっ、ぷきゃっ」
「? そうか。では、お言葉に甘えて少し待たせてもらうとしよう」
小さな豚鼻をふんすと鳴らし、蹄の先っちょで勧めてきた、いつもの私の席。こじんまりとした木製のテーブルを囲む、四席の内の一つへと腰掛ける。私が座るのを見届けてから、スーは再び奥の部屋へとぱたぱた飛んでいってしまった。
この時間帯に私以外の客人か……珍しいこともあるものだ。それも、おそらくは特別な客人なのだろう。いつも以上に輝いていた、つぶらな黒い瞳を思い出し、無意識の内に顔に力が入ってしまう。
全く……何故、可愛らしいものを見たり、思い浮かべると無駄な力がこもってしまうんだろうか? こんなんだから……部下達からは苦笑いされ、アオイ様からは怖がられてしまうんだろうな。
分かってはいる、分かってはいるんだが……一縷の望みをかけて、眉間にそっと触れてみる。
やはり、しっかりと刻まれていた深いシワに、うんざりする。つい、口から漏れてしまっていた深いため息が、いつもより涼しい厨房内に溶けて消えた。
兵舎とは真逆だ。あちらは、今時分の方が騒がしい。元気が有り余っている部下達のどんちゃん騒ぎで。
まぁ、警護に訓練、それから厳しい遠征後の唯一の息抜き。癒やしの時間だからな。明日にさえ支障が出なければ、大いに羽を伸ばして欲しいものだ。
……いや、唯一ではないか。最近は、甘いお菓子を携えた癒やしの使者が、度々訪れてくれるからな。休憩時間や訓練後、私達の邪魔にならない時間を狙っては仲睦まじいご様子を見せてくれる、バアル様とアオイ様ご夫婦が。
お陰様で部下達の士気が下がることはなく、常に高い状態を維持している。アオイ様が魔術の訓練を楽しそうに見てくれるものだから、より綺麗なものを、派手なものを、とオリジナルの術を編み出す者まで出てくるほどだ。見た目と同様、凄まじい威力故に、使用後の修練場の整備が大変ではあるが。
思えば、随分と変わったものだ。アオイ様が来られてから、この国は良い方向へと。バアル様の笑顔が増えたのは勿論だが、ヨミ様やサタン様もだ。以前と比べ、心穏やかに過ごしていらっしゃるというか……とにかく楽しそうで何よりだ。国民も、微笑ましい王家の皆様のご様子が見られるのを、いつも楽しみにしている。
国が活気に満ちているからだろうか。不思議なことに穢れも減ってきている。反抗的だった人間も、以前に比べれば少ない。遠征においての危険が減ったことは、隊長である私としては大変喜ばしい。本当に良いこと尽くめだ。
……ただ、アオイ様御本人は望まれて我が国に来られた訳ではない。だから、こんなことを思ってしまうのは、良くないことだ。
しかし、このところ常々思ってしまう。元はと言えば不幸な事故だったとはいえ、我が国が起こした不祥事の結果だったとはいえ、アオイ様がこの国に来られて良かったと。
……どうやら、物思いに耽り過ぎていたようだ。行き慣れた目的地を目指し、勝手に動いていた私の足はもう、とうに止まっていたらしい。気がつけば、扉の前でぼんやりと立ち尽くしていた。
誰が見ている訳でもなかったが、つい咳払いをしてまう。なんとなく髪型と襟元も正し、ノックをしてからドアを開いた。
「遅くに済まないスヴェン、いつものを……ん?」
……誰もいない。
使い込まれた多種多様な大きさの鍋やフライパンがいくつも壁に掛けられ、調味料やスパイスが棚に所狭しと並ぶ、スヴェン達の戦場。
いつもならば、酒瓶を片手に「おうっ!」とにこやかに鋭い牙を見せる彼の姿は勿論のこと。籠の中でお休み中だったり、輪になって踊っていたりと思い思いに過ごしている、可愛らしい小さな助手達の姿もない。
温かみのある明かりだけがほのかに照らす、がらんとした厨房。その入り口で立ち尽くし、ぼーっと見回してしまっていた私の耳に、愛らしい鳴き声が届く。
「ぷきゃっ」
いつの間に居たんだろうか。小さな黒い羽をはためかせ、鮮やかな緑のリボンを首元に結んだ小さな彼。スヴェンの助手の内の一匹であり、副料理長でもあるスーが、尖った耳をぴょこんと立てながら小さな前足を上げた。
「あぁ、今晩はスー。スヴェンと他の皆は……奥か? ナポリタンを作ってもらおうかと思っていたんだが……」
「ぷきゅっ、ぷきゃっ」
「? そうか。では、お言葉に甘えて少し待たせてもらうとしよう」
小さな豚鼻をふんすと鳴らし、蹄の先っちょで勧めてきた、いつもの私の席。こじんまりとした木製のテーブルを囲む、四席の内の一つへと腰掛ける。私が座るのを見届けてから、スーは再び奥の部屋へとぱたぱた飛んでいってしまった。
この時間帯に私以外の客人か……珍しいこともあるものだ。それも、おそらくは特別な客人なのだろう。いつも以上に輝いていた、つぶらな黒い瞳を思い出し、無意識の内に顔に力が入ってしまう。
全く……何故、可愛らしいものを見たり、思い浮かべると無駄な力がこもってしまうんだろうか? こんなんだから……部下達からは苦笑いされ、アオイ様からは怖がられてしまうんだろうな。
分かってはいる、分かってはいるんだが……一縷の望みをかけて、眉間にそっと触れてみる。
やはり、しっかりと刻まれていた深いシワに、うんざりする。つい、口から漏れてしまっていた深いため息が、いつもより涼しい厨房内に溶けて消えた。
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