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私が、アオイ様にではなく……アオイ様が、私に……ですか?

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 部屋の奥で鎮座する、キングサイズよりも大きなふかふかベッド。その真っ白なシーツの上に、バアルさんがしなやかな足をゆったり投げ出す。

 多分、抱き締めやすいからなんだろう。ソファーからベッドまで横抱きで運んでもらっていた俺の身体は抱き直され、長く温かい腕の中へとすっぽり収まった。程よい弾力がある、バアルさんのお胸に後頭部を預ける形で。

「では……まず一度、貴方様からのご要望を整理していきましょうか」

 大きな手が俺のみぞおち当たりに重なり組まれ、しっとりすべすべな頬がぴたりと俺の頬にくっつけられる。

 全身を包み込む優しい体温とハーブの香り。それらだけでも浮かれた熱で頭がぱんぱかしてるってのに、耳元で静かに囁くダンディボイスまで参戦してしまったから、さあ大変だ。心臓までどんどこはしゃぎはじめてしまったんだが。

「は、はい……よろしくお願いします」

 出だしはコケかけたけれど、なんとか返せたな。これも、懸命に繰り返した深呼吸のお陰だろう。無事、情けのない悲鳴を上げてしまうのは回避出来たな! と思ったのもつかの間だった。

「最初のお願いは、貴方様を一晩中抱き締めさせて頂き、余すことなく口づけさせて頂く……とお間違いはございませんね?」

「ふぇっ!?」

 密かな俺の努力はあっさり水泡に帰した。

 思わず顔だけ振り向くと、柔らかく綻ぶ鼻筋の通った顔に迎えられる。清潔感漂う髭がカッコいい口元、その形のいい唇に浮かんだ笑みがますます深くなっていく。

 ……なんということでしょう。俺が願った内容よりも、明らかにグレードアップしていらっしゃる。出血大サービスなんてどころの騒ぎじゃない。

「おや、違いましたか?」

 水晶のように透き通った羽をはためかせ、彼が尋ねる。その声色は、聞き慣れた波音のような穏やかさに比べて明るめだ。明らかに楽しんでいらっしゃる。

 ということは、確信犯だろう。そう言えば「全身全霊を持って……」って言ってくれた気がするな。さっき。

「い、いえ……合ってます……」

 すでにサービスは始まっているらしい。頷けば、お返事代わりのキスを頬にいただいてしまった。

「他にもございますよね? 先程は私が遮ってしまいましたが」

「あ、はい……その、頭を撫でさせてもらいたい……です。あと膝枕、してみたいな……って」

「私が、アオイ様にではなく……アオイ様が、私に……ですか?」

 よっぽど意外だったらしい。再確認されてしまった。主語を強調して。

「はい……俺の膝じゃあ居心地悪いかもしれ……わっ」

 突然、力のこもった両腕に声を上げてしまっていた。吐息を吹き込むような距離で、耳元で彼が口を開く。どんな時でも冷静で、物腰が柔らかな彼にしては珍しくキツく俺を抱き締めながら。

「悪くなど、あるはずがございません……貴方様と斯様に触れ合えるだけでも、私の胸は有り余る幸福で満たされておりますのに……」

 見えないけれど、どんな顔をしてくれているのか想像出来た。だって、あふれるような温かさが滲み出ていたんだから。噛みしめるように告げられた声色から、嬉しくて堪らない言葉の端々から。

「バアルさん……」

 身を捩り、俺が振り向くのと同時だった。少し余裕のない動きで大きな手が、俺の顎を掴んだのは。

「んん……ふ、んっ、ん……」

 優しく触れてくれるでも、甘やかしてくれるでもない、噛みつくようなキス。物腰柔らかな彼が秘めている男の部分を強く感じた触れ合いは、当然このまま深く、溶け合うものに変わっていくんだと。そう、思っていたんだけど……

「んっ……は…………ぁ……」

 何度か食まれただけで、離れていってしまったんだ。声だけじゃなく、顔にまで物欲しさが出てしまっていたんだろう。

「大丈夫ですよ……斯様に寂しいお顔をなさらなくとも、お望み通り、後でたっぷり致して差し上げます。貴方様からの膝枕を頂いた後に」

 どこか艶のある笑みをクスリと深めた彼に、ズバリ指摘されてしまったんだ。

 でも、今の俺にとってはそんなの些細なことだった。続けてしてもらえた約束に、すっかり浮かれてしまっていた俺にとっては。

「……約束、ですよ?」

「ええ。ですから、少しお待ち下さい。今、これ以上してしまうとこの老骨、昂ぶる想いを抑えられずに……夜が明けるまで、貴方様を離したくなくなってしまいますので」

 離さない……ってのは、そういう意味だろう。はっきりと言葉にして示さなくても、彼の手つきの変化が物語っている。

 俺の頬をゆるゆる撫でてくれていた大きな手。その動きが優しく癒してくれるものから、ぞくぞくする感覚を引き出すような、甘く蕩かすものへと変わっていたんだから。

「あぅ……その……お、お手柔らかにお願いします……」

 こういう時にもっと嬉しさを、彼に求めてもらえる喜びを、全面的に伝えることが出来ればいいのに。やっぱりヘタれてしまった俺は、頷くのが精一杯だった。

「ええ、勿論。貴方様が心地よいと感じられることしか致しませんよ」

「ひょわ……」

 思わずひっくり返った声を出してしまっていた。細められた瞳の熱っぽさに、一切の照れもない真っ直ぐなお言葉に、心のど真ん中をぶち抜かれて。

 お陰様で、早くも色んなところがオーバーキルされかかっている。抜けかかっている腰を筆頭に。そんな俺の状態なんぞ、知る由もない彼はご機嫌だ。ぱたぱたと半透明な羽をはためかせている。かわいい。

 だから無理矢理飲み込んだ。それはそれでマズいとか、心臓がもたないだとか、色々と喉の奥から出そうになっていたけれど。
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