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大切な人に贈るのならば
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どうやら、ヨミ様はカップケーキを作られているらしい。丸い型に流し込んだ生地をオーブンに入れ、今はクリーム作りに勤しんでいる。多分、トッピングに使うんだろう。赤、緑、オレンジ、黄色、紫と次々に小分けにしたクリームをカラフルに染めていく。
クロウさんの方も色とりどりだ。クッキングシートを敷いたオーブンの天板の上に絞り器で、鮮やかな色の丸をくるくる量産している。紫が多めなのは、やっぱりメインの贈る相手がグリムさんだからだろう。
でも、何を作ってるのかは分からないな。少なくとも俺が愛用している、スヴェンさんのお手軽焼き菓子レシピにはないものだ。ということは、上級者なお菓子だとは思うんだけど。
そんな俺の疑問は、思いがけない形で解消されることになる。
グリムさんなら分かるかな? とお隣で薄紫色の瞳を輝かせっぱなしの彼に尋ねようとする前に、一人だけゴム手袋を着用しているバアルさんの一言によって。
「おや、クロウさん。グリムさんの分のマカロンを、ハート型にはなさらないのですか?」
へぇ、マカロンかぁ……クリーム? か何かをサンドイッチみたいに挟んでるヤツだよな。ショーケースに並べられていると、色のグラデーションみたいでキレイなんだよな。淡い色だったり、鮮やかだったり、とにかく種類豊富でさ。
「貴殿にとっての本命であろう? であれば、やはり形にも拘るべきではないか?」
俺がマカロンに思いを馳せている間も、会話は続いていく。すかさず参戦したヨミ様が「今からでも十分間に合うぞ!」と満面の笑みで、新しいクッキングシートを差し出した。形通りに絞る為の下書き用に……なのかな? 鉛筆も一緒だ。
分かりやすく幅広の肩をビクリと跳ねさせたクロウさんの顔が、一気にぼぼぼと真っ赤に染まっていく。ふぇ……と絞り出すような上擦った声に釣られ、隣を見れば、連動するみたいにグリムさんの頬もぽぽぽと染まっていた。
バアルさん達から、ふいっと顔ごと視線を逸したクロウさんが、への字に歪んだ口を開く。
「……か、形を変えても、味は同じでしょうよ」
照れ隠しで言ったんだと思う。だって、否定はしなかったし。肝心要の「本命」って部分は。でも……
「それにハートなんて、柄じゃ……」
「違いますよっ全然!」
期待に輝いていた薄紫が、嬉しそうにはにかんでいた笑顔が、徐々にしょんぼり沈んでいく様に、我慢が出来なかったんだ。
「あっ……いや、その……」
つい立ち上がり、声を大にしてしまっていた俺に視線が集まる。驚き見開いた金色、きょとんとした赤と緑。そして、驚いているけれど少し光の戻った薄紫。
ヨミ様とバアルさんの背中ではためいていた羽すら止まる沈黙に、ヘタれた俺が顔を出しかけたけれど、力づくで押し戻した。
「いきなりすみません……大きな声、出しちゃって……でも俺も、違うと思います。食べる前の気分というか……ドキドキ感というか……」
少しでも、気持ちが伝わるように言葉を探す。余計なお節介だってのは分かってる。困らせてしまってるのも。
でも、やっぱり嬉しいじゃないか。好きな人から、好きだって気持ちを形にしてもらえたら。ちょっぴり照れくさいし、勇気がいるけれど。
「左様でございます」
不意の肯定に、俺もみんなの視線も移る。
真っ直ぐにすらりと伸びた長身を僅かに傾け、バアルさんが微笑んだ。ふと絡んだ淡い光を帯びた緑の眼差しが、ゆるりと細められる。お任せください、と言ってくれているみたいに。
「クロウさんも……私と同様に、心に抱いたのではございませんか? 大切なお方の手からバレンタインのプレゼントを受け取った瞬間の高揚を、言葉にならない……あふれるような感激を」
「……それは、まぁ……そうですね。嬉しかったですよ……勿論」
気恥ずかしそうに男らしい眉を下げ、小さく頷くクロウさん。重たい腰を上げるまで、もうひと押しのところまできた時だ。すっくと立ち上がったグリムさんが、灰色のフードマントを揺らしながらクロウさんの前へ歩み寄っていく。
「クロウ……クロウにとって僕は特別、ですよね? 大切だって……言ってくれましたもんね?」
「……っ……グリム……」
ちょこんと首を傾げ、小さな口からこぼした縋るような声。友達の俺でも胸が切なく締め付けられる声色だ。クロウさんには効果抜群だったに違いない。
「……ヨミ様、そちらのクッキングシート、いただいてもよろしいですか?」
「うむっ!」
声を詰まらせた後の彼の行動は早かった。表彰状でも受け取るかのように恭しく、両手で丁重にいただいたクッキングシート。その上にサカサカとハートマークを描いていく。
「っクロウ! それ、僕の分……ですよね? 僕だけの特別ですよね?」
俯きかけていた顔が弾かれるように上がり、しょんぼりしていた声に色が戻る。グリムさんの問いかけに、クロウさんが柔らかく微笑んだ。
「……当然だろう。俺にとっての特別はお前だけだ」
「えへへ……」
「味も、形も、グリムがくれたプレゼントに見合う、完璧なのを仕上げるからな。楽しみに待ってろ」
「はいっ!」
得意げに口の端を持ち上げるクロウさんの宣言に、グリムさんが細い腕を上げ、元気よく応えた。そのままの勢いでバアルさんとヨミ様に「ありがとうございましたっ」と頭を下げている。
グリムさんが戻ってくる。その足取りにも、表情にも、行きでの沈み具合はない。ぴょこん、ぴょこんと小さな身体が弾む度に、柔らかい薄紫の髪がふわりと揺れる。
「アオイ様っありがとうございました! 僕、とっても嬉しかったです!」
一拍置いて小さな眉を下げ、実は……と口を開く。前にもハート、断られちゃったから……言い出しにくかったんです、と。
「でも、僕……やっぱりクロウからも、特別が欲しくて……だから、ありがとうございました!」
「いえ、楽しみですね。クロウさんのマカロン」
「はいっ!」
瞳を輝かせ、頷くグリムさんと一緒にキッチンの方を向く。
「アオイ様……背中を押してくれたお礼に、とびきりのを作るんで、覚悟しておいて下さいね」
袖を捲くり直したクロウさんが、照れくさそうに笑った。
クロウさんの方も色とりどりだ。クッキングシートを敷いたオーブンの天板の上に絞り器で、鮮やかな色の丸をくるくる量産している。紫が多めなのは、やっぱりメインの贈る相手がグリムさんだからだろう。
でも、何を作ってるのかは分からないな。少なくとも俺が愛用している、スヴェンさんのお手軽焼き菓子レシピにはないものだ。ということは、上級者なお菓子だとは思うんだけど。
そんな俺の疑問は、思いがけない形で解消されることになる。
グリムさんなら分かるかな? とお隣で薄紫色の瞳を輝かせっぱなしの彼に尋ねようとする前に、一人だけゴム手袋を着用しているバアルさんの一言によって。
「おや、クロウさん。グリムさんの分のマカロンを、ハート型にはなさらないのですか?」
へぇ、マカロンかぁ……クリーム? か何かをサンドイッチみたいに挟んでるヤツだよな。ショーケースに並べられていると、色のグラデーションみたいでキレイなんだよな。淡い色だったり、鮮やかだったり、とにかく種類豊富でさ。
「貴殿にとっての本命であろう? であれば、やはり形にも拘るべきではないか?」
俺がマカロンに思いを馳せている間も、会話は続いていく。すかさず参戦したヨミ様が「今からでも十分間に合うぞ!」と満面の笑みで、新しいクッキングシートを差し出した。形通りに絞る為の下書き用に……なのかな? 鉛筆も一緒だ。
分かりやすく幅広の肩をビクリと跳ねさせたクロウさんの顔が、一気にぼぼぼと真っ赤に染まっていく。ふぇ……と絞り出すような上擦った声に釣られ、隣を見れば、連動するみたいにグリムさんの頬もぽぽぽと染まっていた。
バアルさん達から、ふいっと顔ごと視線を逸したクロウさんが、への字に歪んだ口を開く。
「……か、形を変えても、味は同じでしょうよ」
照れ隠しで言ったんだと思う。だって、否定はしなかったし。肝心要の「本命」って部分は。でも……
「それにハートなんて、柄じゃ……」
「違いますよっ全然!」
期待に輝いていた薄紫が、嬉しそうにはにかんでいた笑顔が、徐々にしょんぼり沈んでいく様に、我慢が出来なかったんだ。
「あっ……いや、その……」
つい立ち上がり、声を大にしてしまっていた俺に視線が集まる。驚き見開いた金色、きょとんとした赤と緑。そして、驚いているけれど少し光の戻った薄紫。
ヨミ様とバアルさんの背中ではためいていた羽すら止まる沈黙に、ヘタれた俺が顔を出しかけたけれど、力づくで押し戻した。
「いきなりすみません……大きな声、出しちゃって……でも俺も、違うと思います。食べる前の気分というか……ドキドキ感というか……」
少しでも、気持ちが伝わるように言葉を探す。余計なお節介だってのは分かってる。困らせてしまってるのも。
でも、やっぱり嬉しいじゃないか。好きな人から、好きだって気持ちを形にしてもらえたら。ちょっぴり照れくさいし、勇気がいるけれど。
「左様でございます」
不意の肯定に、俺もみんなの視線も移る。
真っ直ぐにすらりと伸びた長身を僅かに傾け、バアルさんが微笑んだ。ふと絡んだ淡い光を帯びた緑の眼差しが、ゆるりと細められる。お任せください、と言ってくれているみたいに。
「クロウさんも……私と同様に、心に抱いたのではございませんか? 大切なお方の手からバレンタインのプレゼントを受け取った瞬間の高揚を、言葉にならない……あふれるような感激を」
「……それは、まぁ……そうですね。嬉しかったですよ……勿論」
気恥ずかしそうに男らしい眉を下げ、小さく頷くクロウさん。重たい腰を上げるまで、もうひと押しのところまできた時だ。すっくと立ち上がったグリムさんが、灰色のフードマントを揺らしながらクロウさんの前へ歩み寄っていく。
「クロウ……クロウにとって僕は特別、ですよね? 大切だって……言ってくれましたもんね?」
「……っ……グリム……」
ちょこんと首を傾げ、小さな口からこぼした縋るような声。友達の俺でも胸が切なく締め付けられる声色だ。クロウさんには効果抜群だったに違いない。
「……ヨミ様、そちらのクッキングシート、いただいてもよろしいですか?」
「うむっ!」
声を詰まらせた後の彼の行動は早かった。表彰状でも受け取るかのように恭しく、両手で丁重にいただいたクッキングシート。その上にサカサカとハートマークを描いていく。
「っクロウ! それ、僕の分……ですよね? 僕だけの特別ですよね?」
俯きかけていた顔が弾かれるように上がり、しょんぼりしていた声に色が戻る。グリムさんの問いかけに、クロウさんが柔らかく微笑んだ。
「……当然だろう。俺にとっての特別はお前だけだ」
「えへへ……」
「味も、形も、グリムがくれたプレゼントに見合う、完璧なのを仕上げるからな。楽しみに待ってろ」
「はいっ!」
得意げに口の端を持ち上げるクロウさんの宣言に、グリムさんが細い腕を上げ、元気よく応えた。そのままの勢いでバアルさんとヨミ様に「ありがとうございましたっ」と頭を下げている。
グリムさんが戻ってくる。その足取りにも、表情にも、行きでの沈み具合はない。ぴょこん、ぴょこんと小さな身体が弾む度に、柔らかい薄紫の髪がふわりと揺れる。
「アオイ様っありがとうございました! 僕、とっても嬉しかったです!」
一拍置いて小さな眉を下げ、実は……と口を開く。前にもハート、断られちゃったから……言い出しにくかったんです、と。
「でも、僕……やっぱりクロウからも、特別が欲しくて……だから、ありがとうございました!」
「いえ、楽しみですね。クロウさんのマカロン」
「はいっ!」
瞳を輝かせ、頷くグリムさんと一緒にキッチンの方を向く。
「アオイ様……背中を押してくれたお礼に、とびきりのを作るんで、覚悟しておいて下さいね」
袖を捲くり直したクロウさんが、照れくさそうに笑った。
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