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目が覚めたら何故か猫になっていましたが、俺は幸せです。その6

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 猫の身体だからか、バアルさんの撫で方に癒やされまくっているからなのか、その両方か。今日の俺はお腹が満たされればすぐに、ウトウトすやすやしてしまっている。お陰で、気がつけばそろそろお昼過ぎ……という頃。

「アオイ殿! この魔宝石はな、持ち主の魔力を程よく吸い取ってくれるという代物だ! 此れを携えていれば、そなたの魔力も安定しやすいだろう!」

「アオイ様! このブレスレット、着けていると魔力が安定しやすいんだそうです!」

 賑やかな訪問者が立て続けに、室内に勢いよく飛び込んできたんだ。

「にぁ、にぁうにゃあ(ヨミ様、グリムさんありがとうございます)」

 ヨミ様から頂いた銀色に輝く魔宝石は、バアルさんが用意してくれた緑のバンダナに包んで俺の首へと結び。グリムさんから頂いたカラフルな紐で編まれたブレスレットは、紐の長さを調整して俺の右手……いや、右前足に着けてもらった。

 さっきよりも身体の調子がいい気がするな。ずっと感じていた眠気をともなう気怠さ……っていうのかな? それが和らいでいる。早速、効果が出ているのかもしれない。

「心より感謝申し上げます」

 お膝の上で寛ぐ俺を撫でてくれながら、バアルさんが会釈する。

「なに、気にすることはない! そなたの一大事なのだからな!」

 俺達の右斜め前。一人がけの立派なソファーで、スラリと伸びた長い足を優雅に組んだヨミ様が、真っ赤な瞳を細め、鋭い牙が生え揃った口を大きく開く。

「ヨミ様の言う通りです! アオイ様のご健康が第一ですから! それに……そのブレスレットが売ってるお店、探してきてくれたのは、クロウなんです」

 続けて向かいの席にて長身のクロウさんと肩を並べ、彼とお揃いの灰色のフードマントを身に纏うグリムさんが、小さな拳を胸の前で握った。皆さんの温かい気遣いが、胸にじんわり染みていく。

「にゃう。うにゃあ、にぁ(そうだったんですね。ありがとうございます、クロウさん)」

 俺に続いてバアルさんも「ありがとうございます」と頭を下げた。どこか擽ったそうに金色の瞳を細めるクロウさんが、長い指で頬を掻く。

「いえ、丁度知り合いに同じように安定しないヤツがいるんで、お店を紹介してもらっただけですよ」

 懐から静かに、黒革の財布を出そうとしていたバアルさんを見越してたんだろう。

「ああ、お代は結構ですよ。いつもグリムと一緒にお世話になってますし……友達、でしょう?」

 悪戯っぽく微笑みかけられ、先手を打たれてしまったんだ。

 そこまで言われてしまえば、有り難く頂かないと逆に失礼だよな。お返しに、元の姿に戻ったらいつもより凝った焼き菓子に挑戦してみよう。

 バアルさんも同じ気持ちだったらしい。いつも以上に丁寧に淹れた皆さんへの紅茶からは、とても良い香りが漂っていた。

 お茶請けも奮発しているみたいだ。テーブルの上があっという間に、多種多様な焼き菓子で埋まっていく。定番のスコーンにクッキー、マドレーヌに小さなサンドイッチ。ちょっとしたパーティーかな? ってくらいの豪華さだ。

「アオイ様は、此方のおやつを頂きましょうね」

「んにゃっ!(はいっ!)」

 もう大分、感覚が猫に近くなっているんだろうか。テーブルの上に並ぶお菓子たちよりも、スプーンの上のササミが魅力的に見えて仕方がない。尻尾が勝手に揺れてしまう。

「ふふ、はいどうぞ」

 柔らかく微笑むバアルさんが、俺の口元にスプーンを差し出す。

「みゃう、にゃ、んにゃ……」

 やっぱり美味しい。一度口にすれば、止まらなくなってしまう。大きな手のひらに頭や背中を甘やかしてもらっているうちに、小さなササミの欠片は瞬く間に俺のお腹に収まっていた。

「うにゃぁ」

「美味しかったですね。お口の周りを綺麗に致しましょうね」

 優しく囁きながらバアルさんが、程よい温かさの濡れたコットンで俺の口に慎重にちょん、ちょんと触れる。夢中でがっついちゃってたもんな……気が付かないうちに汚してしまっていたんだろう。

「なぅ……ふにゃあ……」

 口の周りはスッキリ爽快。けれども頭の中は、全身は、ぽやぽや蕩けてしまっていた。胃袋だけでなく、心も満たされる幸せな満腹感によって。

 つい四肢を投げ出して仰向けに寝転がり、筋肉質なお膝の上でだらしなくお腹を晒してしまっていると、何やらいくつもの視線を感じた。熱く、注がれている方へと、ねぼけまなこを向けた俺の意識は一気に覚醒することになる。

「みょわっ(ひょわっ)」

 各々、投影石を手に微笑ましい笑顔を浮かべ、無言でシャッターを切り続けている……赤、薄紫、金の眼差しとかち合ったことで。

「む? アオイ殿、私達には構わなくていいぞ。気にするな。それよりも、引き続き愛らしい姿を見せてくれ」

「そうですよっアオイ様! 遠慮なく、ごろごろしていてください! とっても可愛いので!!」

「いやぁ、常にシャッターチャンス満載で手が離せませんね。あ、バアル様、後でお写真送りますね」

「ありがとうございます」

「みゃ……(ひぇ……)」

 身体も、尻尾も、瞬く間にぼぼぼと逆立ってしまう。でもそんな、全身でアピールしまくっている恥ずかしさも、彼の優しい手つきの前では儚いものだった。

「ふにゃあ……」

「いい子ですね……大変可愛らしいですよ」

 ちょこっと撫でてもらっただけで、再びあっさりおへそを天井へと向けてしまっていた。そんでもって、あの音も鳴ってしまっている。大きな手が、俺の毛並みを優しく撫でる度にゴロゴロ、グルグルと。

 もともと、バアルさんに撫でてもらえるのは好きだ。なんだかホッとするのもあるけれど……それ以上に嬉しいんだ。彼に触れてもらえるのが。だから仕方がないっちゃ仕方がないと思うんだけどさ。

 ……気持ちがよすぎる。額や顎の下、背中に尻尾の付け根、お腹も足も、どこもかしこも気持ちがいい。このままずっと撫でてもらえるんだったら、他のことはどうでもいいや……と人間として、一人の男として大事そうな物を色々と放り投げてしまうくらいに。

「うむうむ、猫になっても仲良しさんで何よりだ」

「アオイ様はバアル様のこと大好きですもんねっ」

「よっぽどリラックスしてるんですね。舌をしまい忘れちゃってますよ」

 俺の身体をゆったり甘やかす手の動き溺れていると、わいわい盛り上がる皆さんの声が徐々に遠のいていく。頭の芯まで蕩ける心地よさが波みたいに全身に広がって、ぼんやりしていた視界がフッと暗くなった。
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