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目が覚めたら何故か猫になっていましたが、俺は幸せです。その3

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 何だか、彼のお世話好きに火が付いてしまったみたいだ。スゴく生き生きしている。煌めく瞳のキラキラ具合が増しているだけじゃない。白い水晶のように透き通った羽はぶわりと広がりはためいて、ぴんっと立った触覚も上機嫌そうに揺れているんだからな。

 でも、確かに彼の言う通りだ。ちっちゃいうえに慣れていないこの身体じゃあ、生活に支障が出るのは確実だ。

 それから、妙に気怠いんだよな……動くのが億劫なくらい。猫……だからかな? 勝手なイメージだけど、大抵丸くなって寝てる気がするし。そういう訳だから、ここは素直に甘えてしまおう。

 それに、この姿だったら……いつもより、もっとバアルさんにいっぱい構ってもらえるかもしれない。なんなら……ずっとくっついていても問題は無いよな? 仕方がないんだしさ。うん、仕方がない。だって……今、俺、猫だし。

 やっぱり俺は単純だ。そして、欲望に忠実過ぎる。さっきまで、あんなに不安で仕方がなかった今の自分の姿を利用して、彼に甘えようとしているんだから。

 そんな俺の下心なんて、知る由もない彼はご機嫌そうだ。表情はいつもの穏やかさを保ってはいるものの、ウキウキが隠しきれていない。触覚はゆらゆら揺れっぱなし、羽もぱたぱたはためきっぱなしだ。

「先ずは、お食事を今の貴方様に合うものにしなければなりませんね……コルテ」

 彼の呼びかけに、ぽんっと現れた緑の粒。従者であるハエのコルテが、メタリックな緑のボディを輝かせ、ガラス細工のような羽をはためかせながら、針よりも細い手足をじゃじゃーんと広げた。

「調理場のスヴェン殿に連絡をお願いします。それからヨミ様とサタン様、レダ殿にもお伝え下さい。もし、道中でグリムさんとクロウさんを見かけたら、彼等にも現状をお伝えして下さいね」

 主であるバアルさんに向かって「了解!」と大きく書かれたスケッチブックを掲げた。

 ふと、くりくりとした目が俺を見つめ、もじもじと小さな身体を揺らす。かと思えば、一際強い光を放った。

 キラキラ瞬きながらコルテが宙を舞う。俺の前でハートマークを描き終えた途端、一目散に扉に向かって飛んでいってしまった。

「……みゃ、にゃうん! にぁ(……あ、いってらっしゃい! コルテ)」

 ピタリと止まった小さな彼が振り返り、再びハートマークを宙に描く。行ってくるね、ってことかな。その場で数回くるくる回ってから、煙のように扉をすり抜けていった。

「一段と張り切ってますね。貴方様のお役に立てることが嬉しいのでしょう」

 その気持ちは痛いほど分かります、と微笑むバアルさんの姿はいつの間にか、ゆったりなリラックススタイルからキッチリな執事服姿へと変わっていた。

 後ろに撫で付けたオールバックが、今日も決まっていてカッコいい。キレイに整えられた白い髭もお洒落で素敵だ。

 俺を抱き抱えたままの速攻身支度。急いでたり、手が空いていない時にしか見れないけれど、相変わらず便利で見事な術だ。

 それにしても、いつ見てもカッコいいよなぁ……見慣れてはいるんだけどさ。

 黒のスーツに黒いネクタイを締めた彼に見惚れてしまっていると、穏やかな低音が俺に尋ねてきた。

「ところで、アオイ様。お待ちしている間に、貴方様の柔らかく、美しい毛並みを整えさせて頂きたいのですが……宜しいでしょうか?」

 いつの間にか、彼の手には銀色の櫛と……ゴム製だろうか? とかす部分の突起が柔らかそうな、丸い櫛が握られている。

 今現在、猫な俺にとっては有り難いご厚意。おまけに「好きな人からの」という破茶滅茶に嬉しいブーストまでかかってしまえば、断る理由なんて有る訳でがない。

「んにゃっ! なぅ、にゃおん(はいっ! ぜひ、よろしくお願いします)」

「光栄に存じます。では早速、失礼致しますね」

 細められた瞳に宿る、陽だまりのように温かい光に胸がきゅっと高鳴った。当然、喜び勇んで即答した俺だったけれど……俺よりも、嬉しそうに綻んだ笑顔が返ってくるなんて。

「ふにゃ……」

 思いがけない一撃に、見も心もすっかり緩んでしまっているのに……流石、お菓子作りにダンスに武術と何でもそつなくこなすバアルさんだ。ブラッシングも完璧だった。お上手過ぎる。

 首の後ろから尻尾の付け根までを、ゆったりと柔らかい櫛が行き交う度に、心地のいい感覚が全身に広がっていく。頭の芯までぽやぽや蕩けていってしまう。

「……お痒いところはございませんか? 力加減は大丈夫でしょうか?」

 柔らかい低音がそっと尋ねる。その囁きすら心地よくて、自然と身体までとろんと伸びていた。

「んにゃ、なぁ……ふにゃぅ……(大丈夫、ですよ……スゴく気持ちがいいです……)」

 クスリと小さく笑う気配がした後に「それは何よりです」と彼が呟く。

 ……よっぽどだらしのない顔になっているんだろうな。今日はとことん甘えてしまおう! と意気込んでいたものの、胸の内に薄っすらと気恥ずかしさが浮かんできてしまう。

 が、瞬く間に消えていった。指の腹で優しく額を、顎を撫でてもらえて……湧き上がり、見る見るうちに胸を満たした幸福感。温かくて堪らないそれに、あっさり塗り替えられていったんだ。

 すっかり、うっとりと逞しい膝の上で両手両足……今は前足後ろ足か……とにかく、全身をくったり預けてしまっていると、大きな手に優しく転がされた。今度はお腹周りをブラッシングしてくれるらしい。

 毛並みに沿ってゆるゆると撫でられる。背中の時も思っていたけれど、マッサージしてもらっているみたいだ。これまた気持ちがよくて堪らない。

 またしても、俺の喉から不思議な音が鳴り始める。声を出していないのに勝手にゴロゴロ、グルグル。ひっきりなしに鳴り続けて止まらない。

 ……まぁ、いいか。そんなこと、今はどうでも。

 巧みな櫛捌きと優しい手つき。それらによってもたらされる癒やしの前では、些細な疑問なんてあっという間にどこかへ飛んでいってしまう。

 代わりにやってきたのは心地のいい眠気だ。もっといっぱい撫でて欲しいのに……眠くて眠くて仕方がない。

 どうにか眠気に抗いながら、大きな手のひらに頭をぐりぐり押し付けていると、優しさに満ちた声が小さな笑い声と共に降ってきた。

「ふふ……誠にアオイ様は、大変お可愛らしい御方ですね……どのような御姿になられても、私を魅了して止みません……」

 徐々に遠のいていく意識の最中「ただ、あの愛らしい笑顔が見れないのは残念ですが……」と誰に言うでもなくそう呟き、愛おしそうに微笑む彼を見たような気がした。
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