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目が覚めたら何故か猫になっていましたが、俺は幸せです。その1

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 昨晩も俺は好きな人の腕の中、彼の大きな白い手にたっぷり甘やかされながら、幸せな眠りについたハズだ。ハズだった。

「ふにゃ? みぃ……」

 明らかに俺だけが縮んでしまったとしか思えない、目の前に広がる光景の違和感に。自分の声帯から発せられているとは信じがたい、可愛らしい鳴き声に。いや、これは流石に夢だろうと決めつけ、頬をつねろうとする。

 ……柔らかい。何これ? ピンクな肉球ついてるんだけど?

 念の為、反対の手も観察してみる。オレンジ色のふわもふな毛並み、小さいけれど鋭く尖った爪……明らかに俺の、人間の手じゃない。

 突きつけられた現実を見なかったことにして、今度は目を閉じてみる。開いたらきっと、いつものように彼が、バアルさんが「おはようございます。アオイ様」って微笑みかけてくれて、優しいキスをしてくれるハズだ。

 大丈夫、大丈夫、これは夢なんだから。だってそうじゃなきゃ説明がつかない。

 なんで、寝て起きただけで身体が猫になってんだよ!? ここはそんな、何でもごされなファンタジーな世界じゃ…………いや、魔術有ったわ。ということは、やっぱり現実なのか? これ。

「……アオイ様?」

 心の中でひとりツッコミをしていた俺に、穏やかな声が呼びかけてきた。

 見上げた先には形のいい眉を下げ、彫りの深い顔に戸惑いの色を浮かべたバアルさんが、俺を見下ろしていた。心なしか額の触覚がしょんぼり下がり、背中にある半透明の羽も縮んでしまっている。

 ふかふかのベッドから、鍛え上げられた上半身だけを起こす彼の姿は昨晩のままだ。

 緩めたシンプルな白シャツの襟元から覗くキレイな鎖骨のラインと、彫刻のように盛り上がった男らしい胸板が色っぽい。柔らかい目元にサラリとかかる艷やかな白髪はやや乱れ、白い髭も少し伸びているけれど、それはそれで渋くて素敵だ。

「にゃあっ! (バアルさんっ!)」

 思わず俺は真っ白なシーツを蹴り、逞しいお膝の上へと飛び乗ってしまっていた。

 嬉しかったんだ。全身は見れていないけれど……おそらく確実に、全く違う生き物に変わってしまっている俺に気が付いてくれたんだから。

「はい、貴方様のバアルです。斯様な御姿になられて……さぞやご不安だったでしょう……もう、大丈夫ですよ」

 柔らかく微笑みかけてもらえて、温かい腕の中に優しく抱き抱えてもらえて、安心したんだと思う。弱々しい鳴き声が、いつもの俺だったらもう泣きじゃくっているような声が、ぽろぽろこぼれてしまっていた。

「にゃあ、にゃあ……にゃう……にゃ、みぃ……(バアルさん、バアルさん……良かった……俺だって、気付いてくれて……)」

「……貴方様が、どのような御姿になられても分かりますよ。アオイ様は私が生涯をかけて愛し、幸せにすると誓った御方なのですから」

 真っ直ぐに俺を見つめる眼差しに、嬉しすぎるお言葉に、見事に心をぶち抜かれてしまった。あっという間にだらしなく緩んだ口から、気の抜けた声が漏れる。

「ふにゃ……(ふぇ……)」

 さっきまで胸の内を渦巻いていたハズの不安も、恐れも、跡形もなく消え失せていく。晴れ晴れとした心の中に残されたのは、ふわふわとした温かさだけで……だからだろう。

「に、にゃ……うにゃ、にゃ……にゃぅ(お、俺も……その、好き……ですよ)」

 あふれた気持ちが自然とこぼれていたんだ。どうしても、伝えたかったんだと思う。こんな声じゃ伝わらないって分かっていたんだけどさ。

 分かっていたんだけど……大きな手で優しく俺の頭を撫でてくれていた彼は、花が咲くようにふわりと口元を綻ばせたんだ。まるで、俺の気持ちが伝わったみたいに。

「ふふ、左様でございますか……大変嬉しく存じます」

 流石に噛み合い過ぎじゃないか? 思い返せば、今までの俺達の会話も、俺はにゃーにゃー鳴いてるだけなのに、普通に成立しているし……

「……うにゃ、にゃあ……なぁぅ? (……もしかして、バアルさん……俺の言ってること分かってます?)」

 不意に、身体が浮き始める。近くなった柔らかい微笑みに、俺と目線が合うように彼が抱き上げてくれたんだと気付いた。

「ええ、ちゃんと分かっておりますよ」

 じゃ、じゃあ……今までのも全部、聞こえちゃってたのか!?

「みょわっ(ひょわっ)」

 ……別に変なことは言っていない。好きって気持ちも伝えたかったし……全然、普通なことだ。今までだって伝えてきたんだからさ。

 それでも何だか恥ずかしくて、一気に全身が熱くなってしまっていた。連動するように、ぼぼぼと自分の輪郭が震えていくのが分かる。

 ……毛が逆立つってこんな感じなんだな。特に尻尾の毛がスゴいことになってる気がするな。

 相変わらず、ところてん方式でポンポコ抜け落ちていく俺の頭からは恥ずかしさが消えていた。いつもの身体とは全く異なる感覚に、すっかり関心を持っていかれてしまっていたのだ。

 まじまじと自分の身体を観察していると、穏やかな声が続けて説明してくれる。

「私達と同じ言葉を持たずとも、術で翻訳することが出来ますので」

「ふにゅ……うなぁ(そうなんですね……安心しました)」

 それもそうかと納得し、じゃあ大丈夫かなと息を吐く。瞬く間に部屋の構造を変えたり、時間を操ったり出来るバアルさんだ。動物と話すくらい、何てことはないんだろう。流石の頼もしさだ。

 ……待てよ……だったら、人間を動物に変える術ってのが有ってもおかしくはないよな?

「にぁ、にゃぅ……みぃ、にゃにゃ?(あの、今の俺の姿って……やっぱり、術によるものなんでしょうか?)」

「いえ、貴方様の御身体に術による痕跡は一切見られません」

 キッパリと告げられた事実に、消えていたハズの不安がじわりと顔を出す。

「みぅ……(そうですか……)」

 元国王であるサタン様や現国王であるヨミ様から、素晴らしい使い手だと称されているバアルさん。そんな彼が「一切見られません」と断言するのだから、間違いはないだろう。

 術で変えられちゃったんなら、バアルさんになら簡単に戻してもらえると思ったんだけどな……

 またしても、胸の中を黒く、重いものが渦巻き始めた。沈んでいく気持ちと一緒に、耳と尻尾も下がっていた時だ。ふわりと綻んだ唇から、頼もしい言葉が紡がれたのは。

「ですがご安心下さい。原因は分かっておりますので」
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