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サプライズって難しい

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 持つべきものは、やっぱり友達だ。現世であっても地獄であっても。



 お城の別棟にある一室。そこに今現在、俺は住まわせてもらっている。俺の大切な人であるバアルさんと一緒に。

 青い石造りの幻想的な外観をしたお城だけあって、ファンタジーな世界の貴族様方が暮らしているような気品あふれる内装。

 二人で暮らすには十分過ぎる広さの室内には、大きなテーブルに、座り心地抜群のソファー、キングサイズよりも大きなベッド。さらには、バスルームまで完備されている。

 まさに、至れり尽くせりな俺達の生活拠点は今、防音性抜群の壁によってキレイに半分ずつ仕切られている。事の発端である俺の我儘を叶えてくれた、バアルさんの術によって。

「すみません、ありがとうございます。何も説明していないのに、話に乗ってくれて」

「えへへ……当然ですよ、アオイ様からのお願いですもん。それに、すっごく嬉しかったですよ。僕達のこと、頼ってくれて」

 さらさらした薄紫色の前髪から覗く、大きく丸い瞳がふにゃりと細められる。心なしかウキウキと細い身体が左右に揺れる度に、その身をすっぽり包み込んでいる、灰色のフードマントの裾がふわりと動いた。

 つい、さっきのことだ。いつもの朝のお茶会の席にて俺は、とある作戦の為、一か八かの賭けに出た。俺の意図なんて何も知らないグリムさんに向かってお願いしたんだ。

「あ、あの……どうしても今、グリムさんと二人っきりで、お話したいことがあるんですけど……」

 突然のことに穏やかに微笑む表情どころか、はためく半透明の羽と触覚の先までピシリと固まってしまったバアルさん。

「ぼ、僕は、全然大丈夫というか、むしろ嬉しいですけど……」

 顔を真っ赤に染めながら二つ返事で頷いてくれたものの、向かいのソファーで俺と俺の隣に座るバアルさんを交互におろおろ見つめるグリムさん。

 やっぱり、何も聞かずに付き合ってくれってのは無理があるよなぁ……

 予想はしていた二人の当然の反応に諦めかけていた時だった。

「あー……そういや、グリムもアオイ様に聞きたいことがあったんじゃないか?」

 何かを察してくれたクロウさんが、助け舟を出してくれたんだ。フード越しに後頭部をガシガシ掻きながら、髪の毛と同じ金色の鋭い瞳をゆるりと細める。

「ほら、アオイ様がバアル様を好きになったきっかけとか、なぁ?」

「え、そのお話、すっごく気になりま……むぐっ」

 途端に瞳を輝かせ始めたグリムさんの口を、クロウさんの大きな手が素早く遮った。随分と慣れているな。俺達と目を合わせたまま、もう片方の手でぽん、ぽんっと宥めるように頭を撫でている。

 チラリと俺を見た金の瞳が、軽いウィンクで合図を送ってくれた。任せてくれってことなのかな。

「ご本人の前じゃ、中々話に花を咲かせることも難しいでしょう。ここは一つ少しの間、俺達は退散しませんか? 中庭で、ご一緒に一服なんていかがです?」

 全然、打ち合わせも相談もしていないのに。クロウさんは淀みなくスラスラと言葉を重ね、バアルさんを部屋から連れ出そうとしてくれている。スゴく頼もしい。有り難い。

「ぼ、僕もそれがいいと思います! アオイ様のことはお任せください! 僕が全力でお守りしますから!」

 胸の前で小さな拳を握り締め、グリムさんも続いてくれる。バアルさんを不安にさせないようにしてくれているんだろう。力強い言葉に込められた優しさに、じんわりと胸が温かくなった。

 俺達の視線が注がれる中、思案しているように伏せられていた緑の眼差しがふっと上がる。白手袋に覆われた細く長い指をシャープな顎に添えながら、いつもよりか細い低音がぽつりと尋ねた。

「……皆様のお気持ちはよく分かりました。ですが、その前に一つ代替案を提示させて頂いても宜しいでしょうか?」

「代替案、ですか?」

「はい。要は、私の目と耳が届かないところで、グリムさんとお話出来れば宜しいのですよね?」

 何だろう……改めて明確に文章化されるとスゴく不穏で不誠実な感じがするな。全然、何一つ間違っていないんだけどさ。

「あ、はい……そう、です……」

 不純な気持ちなんて一切ないのに、何故か言い淀んでしまっていた。多分、いや絶対にそのせいだろう。柔らかい微笑みの線を描いていた彼の口元が、僅かに歪む。

 切なく微笑むその表情に、胸の奥が締め付けられる。つい、内緒にしている全部を言ってしまいたい気持ちに駆られたけれど、無理矢理飲み込んだ。

「……心得ました」

 小さく頷いたバアルさんの表情には、もういつもの穏やかな微笑みが戻っていた。

 すっくと立ち上がり、鍛え上げられた長身を緩やかに曲げ、角度のついたお辞儀を俺たちの前で披露する。途端に部屋全体が淡い光に包まれていった。

「わぁ……スゴい魔力ですね!」

「空間変化か……成る程な」

 ワクワクを隠しきれていない驚きの声をグリムさんが上げ、どこか納得の言った様子でクロウさんが呟く。しばらくすると光が収まり、周囲を舞っていた緑色の光の粒が徐々に消えていった。

 ……あれ? 特に、変化はないな。テーブルもソファーもそのまんまだ。飲みかけのティーセットすらも。いつもなら、部屋の構造そのものがダンスホールに変わっていたり、調理場に変わったりしているハズなんだけど。

 ……いや、待てよ……何だか全体的に部屋が狭くなっている気がするな。それに、あそこに扉なんて、あったっけ?

「バアルさん、あの扉の向こうって……」

 かち合った途端に、宝石のように煌めく緑の瞳が細められる。すっかり見惚れてしまっていると、清潔感漂う白い髭が素敵な口元がふわりと綻んだ。

「ええ、あちらのお部屋もこちらと同じ構造になっております。部屋全体には防音の術を施しておりますし、ティーセットもご用意致しました」

 黒いネクタイを締め直し、しなやかな指を軽やかに弾く。室内に響いたこ気味のいい音を合図に、扉が自動的に開かれた。

 スゴいな……まるで合わせ鏡みたいだ。

 扉の先に広がる室内は彼の言う通り、家具の配置までもが全て一緒だった。遠目で見てもよく分かる。というか、同じ光景が続いているせいで混乱してしまいそうだな。

 相変わらずのお手並みにただただ感心しきってしまい、ぼんやり眺めてしまっていた俺の手を温かい感触が包み込む。

 視線を戻せば、一心に見つめる緑の眼差しに心ごと射抜かれた。俺の前で跪き、恭しく手を握る彼が静かに口を開く。

「グリムさんは……真っ直ぐでお優しい、良いご友人です。別棟には、頼もしい親衛隊の方々も控えていらっしゃいます。皆様がいらっしゃるのですから、何も問題はございません。それは、重々承知しております。ですが……」

 どこか言いにくそうに言葉尻を濁すと同時に、眼差しが僅かに下を向く。

「私めは……出来る限り貴方様のお側に居たいのです。どうかお外ではなく、此方で待たせて頂けないでしょうか?」

 一気に心を貫かれてしまった。縋るような眼差しに、熱のこもった言葉に、激しくときめかされて。

「ひゃ、ひゃい……全然、大丈夫でふ……」

 一気に鼓動がはしゃぎ始めた俺の頭の中で、ひたすら彼の言葉が「貴方様のお側に居たいのです」という嬉し過ぎる言葉が木霊する。お陰様で口はバカになったものの、何とか堪えきった俺を褒めて欲しい。

「ありがとうございます……」

 嬉しそうに目尻を下げ、俺の手を握り締める彼の姿にますます心が痛んだ。

 初めてするけど難しいんだな……人を喜ばせるサプライズって……

「申し訳ございません、クロウさん」

「いえいえ、お気になさらず。俺達はお二人さえよければそれでいいんで……なぁ、グリム」

「はいっ」

 そうして、名残惜しそうに見つめるバアルさんに、心の中で全力でごめんなさいをして、協力してくれているクロウさんとグリムさんに感謝しつつ、隣の部屋に入って今に至るという訳だ。
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