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とある死神の師匠とその弟子とサンドイッチ

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 腹の虫からの催促に促され、茶色の紙袋から具沢山のサンドイッチを取り出す。

 ふかふかの白いパンに滲む艷やかな照り焼きソース。みっちり挟まれた肉厚なチキンにたっぷりのマヨネーズ。瑞々しいレタスがはみ出したサンドイッチは、俺でも片手で持つには難しい。

 か細い足をぷらんと伸ばし、隣で寄りかかるように木製のベンチに腰掛けたグリムにそっと手渡す。

 両手で持ったビジュアルが、満腹時でも食欲がそそられるほどに魅力的だ。手にしたグリムの大きな瞳が少しだけ輝いたものの、尖らせた口からは小さなため息が漏れていた。

「やっぱり人気のお店なんですね……待っていても、いつになるか分からないだなんて……」

 聖地巡礼ツアーの目玉だった個室のレストランは、残念なことに満員御礼だった。丁度タイミング悪くタッチの差で、新規のお客様方で埋まってしまったらしい。

 しかもお店のコンセプト的にお食事を楽しんだ後も、ゆったりのんびり過ごされる方が多いらしく、いつ空くかは分からない、とのことだった。

 せめて時間が分かれば待てたかもしれないが……もう、わりと空腹の限界を迎えていた俺達は、結局馴染みのサンドイッチ店へと訪れテイクアウト。そうして、大通りを少し外れたいつもの公園のベンチで、ようやく腰を落ち着けることが出来たってわけだ。

 他のお店にふらっと入っても良かったんだが……自業自得とはいえ門前払いを受けてしまった直後に、万が一味の好みの方面でハズレまで引いてしまうと目も当てられないからな。今度は事前に予約しておこう。

 あらかた反省したところで、一緒にいただきますをしてからサンドイッチにかぶりつく。

 ふわふわからシャキシャキへ変わる食感。噛む度にあふれる肉汁。舌にまとわりつく甘辛いタレとコクのあるマヨネーズが堪らない。

 シャキシャキもぐもぐと昼食を楽しむ音が、隣でも聞こえてはいるものの、その背はこじんまりと丸まってしまっている。楽しみにしていた予定が崩れたせいで凹み気味のようだ。

 ついさっきまでは、俺と自分の胸元で揺れるネックレスを何度も交互に眺めながら、スキップしていたというのに。

 ただ、感情やら何やら全てが顔に出てしまうもんだから、傍から見れば面白いことになってしまっている。

 しょんぼりと表情と一緒に小さな肩も落としたかと思えば……照り焼きチキンのサンドイッチを一口食べた途端、ぱあっと大きな瞳が輝き、幸せそうに頬が綻ぶ。そして、もくもくと動いていたお口の中の美味しさが飲み込まれてしまえば、また上がっていた口角がへにょんと下がる。

 この一連の流れを繰り返してるもんだから、笑いを堪えるのが大変だ。

「そんなに食べたかったんなら、今晩はオムライスとハーンバーグにするか? 俺の手製で良ければだが」

「ホントですか! やったぁ!」

 ソースをつけた口の端がにぱっと持ち上がり、歓声にも似た声が上がる。

 そのリアクションだけでも俺の口角が釣られて上がるには十分だった。しかし、まさか続く言葉によってますます緩んでしまうことになるとは。

「クロウのオムライスとハンバーグ、美味しんですよね……今からすっごく楽しみです!」

「そうか……そりゃあ、良かった」

 せめてもの提案だったんだが、そこまで喜んでくれるとは思わなかったな。その笑顔に応える為にも、今日はソースにもこだわってみるか。いつもは、市販のデミグラスで済ませてしまっているからな。

 さて、何を買い足せばいいだろうか?

 頭の中で必要な材料と、自宅にストックしてある食材や調味料とを照らし合わせていると新たなご要望が隣から上がる。

「あっ、じゃあパフェも出来ますか? 僕、クロウと食べさせ合いっこしたいです!」

 声どころか小柄な身体もそわそわ弾ませながら、期待に満ちた眼差しを俺に向ける。食べさせ合いっこか……あれ以来、すっかりブームになっているみたいだな。

 それは先日、アオイ様とバアル様の為に開かれた、王族方主催による城の兵士も大勢参加した雪遊びでのことだ。

 遊び終わった後、参加者全員にシチューが振る舞われた。

 俺とグリムは、アオイ様とバアル様と同じ席に着かせてもらった為、サタン様とヨミ様、元国王と現国王とお食事を共にさせていただくという……何とも恐れ多い状況になったんだが。同席していた強面の隊長ですら、ゆるゆるに目尻を下げるほどの微笑ましい光景を、目の当たりにすることになったんだ。

 とろりとしたクリームを纏う鶏肉を頬張り、幸せそうに瞳を細めるアオイ様。そんな彼を、慈愛に満ちた眼差しで見つめるバアル様。

 そして、いそいそと再び大きめの鶏肉を掬ったかと思えば、眩しい笑顔を浮かべながらそのスプーンを「はい! バアルさんもどうぞ」と差し出したアオイ様。

 ごく自然だったからな、仲睦まじいお二人にとってはいつものことなんだろう。バアル様が嬉しそうに微笑みながら匙を含んで、その後だ。グリムが羨ましがって、あーんして欲しい、と俺に強請ってきたのは。

 正直、後悔している。

 いくらグリムからのお願いとはいえ、人前でするのはなぁ……と気恥ずかしくなり、つい「味、同じだぞ」と言ってしまったことを。

 幸いバアル様が、真っ赤になったアオイ様にあーんのお返しをして、再び二人の周りでハートマークが飛び交い始めたから良かったものの……あれは失言だったな。

「……やっぱり、お家では難しいですか?」

 ぼんやりと振り返ってしまっていたせいだ。グリムの背も、声も、しょんぼり縮みかかってしまっている。

「あ、いや……材料さえあれば確実に、それっぽくはなるだろ。アイスとか、クリームとか……後、入れる器がいるな。長いヤツ」

「器なら、さっき買ったマグカップでもいいんじゃないですか? 大きいですし」

 瞬く間に明るさを取り戻した声色に、小さな身体からあふれる喜びに、ホッと息を吐く。

「……いいな、採用。んじゃ、市場の方に寄ってくか。アイスの専門店があった筈だ。それに、フルーツも欲しいしな。足りない食材も買い足しておこう」

「はいっ」

 ふん、ふん、ふふんと変わった調子の鼻歌が、弾んだ声によって奏でられていく。ごちそうさまをした後に口の周りを拭ってやると、ただでさえ緩んでいた頬がふにゃりと蕩けた。
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