間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある死神の師匠とその弟子は、ずっと一緒

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 確かに。輪っかの下の真ん中にちょこんと輝く魔宝石は、毎朝鏡越しにかち合う金色だった。隣に並ぶ色違いの淡いピンクの輪には、赤い魔宝石が静かに彩りを添えている。

「目の色、か……すみません、こちらの魔宝石の色って……」

「お好きな色に変更出来ますよ。何色をご所望でしょうか?」

 皆、考えることは同じということか。こちらが尋ね終わる前に、柔らかい微笑みと共に答えが返ってきた。

「ありがとうございます。彼の瞳と同じ、薄い紫色がいいのですが……」

「ふぇっ!?」

 説明しやすいからと急に抱き寄せてしまったせいだろう。掴んだ肩が大きく跳ね、甲高い驚きの声が上がって、一瞬穏やかな店内BGMをかき消した。

 幸い……と言ってしまっていいんだろうか。対応してくれている店員は勿論、他の女性店員や仲睦まじそうなペアの客達も、別段気にすることなく微笑んでいたり、買い物を楽しんでいる。

「畏まりました。魔宝石のお色は金色と薄紫色、リングの色は銀でよろしいでしょうか?」

「……グリム、銀でいいんだよな?」

「ひゃいっ、銀がいいです!」

 さっきのは全面的に俺が悪い。それから、今回も俺が悪いのかもしれない。驚かせまいと耳元で静かに優しく尋ねた結果、今度はひっくり返った返事がクラシックな曲とアンサンブルしてしまった。

 それでも眉一つ動かさず、人の良さそうな笑顔を崩さない彼は店員の鏡だな。違いない。

「承りました。では、あちらの席でお掛けになってお待ち下さい」

 奥にあるショーケース付きのカウンターの手前には、店内に溶け込むくらい真っ白な椅子がいくつか並んでいた。

 彼は、俺達にそちらを緩やかな動作で指し示し、綺麗なお辞儀を披露してからバックヤードへと向かっていく。

 リンゴのように頬を真っ赤にしてしまっているどころか、棒立ちで固まってしまっているグリムの手を引いて、勧められた席へと一先ず座らせた。

「ごめんな、グリム。驚かせちまって」

「へ? えっと……た、確かに、びっくりはしましたけど……嬉しかったですよ」

「? そうか……」

 正直、繋がらない。驚かせてしまったことに対して返ってきた「嬉しかった」という感想が。

 ……まぁ、いいか。

 いつもより目線が近い、ふにゃりと綻んだ表情に、喉に引っかかった小骨程度の疑問はあっさり消えていく。ただ、さっきまで繋いでいたからだろうか。空いたままになっている手が妙に落ち着かない。

 不意に湧いた別の疑問に首を傾げつつ、見慣れ過ぎていて何の変哲もありやしない自分の手を眺めていると、グリムがおずおずと口を開いた。

「……あ、あの、クロウは何で……ぼ、僕の色を?」

「何でって……そりゃあ、好きだからに決まってるじゃないか」

 俯いていた小さな頭が弾むように上がる。こぼれ落ちてしまいそうなくらいに大きく見開かれた薄紫の瞳の中で、いくつもの星が瞬いた気がした。

「す、好き……」

 噛み締めるように呟くグリムの顔は真っ赤だ。ただ、当たり前の理由を言っただけなんだが。

「ん? グリムも俺の色が好きだから、金色を選んでくれたんじゃないのか?」

「あ…………はい……そうです」

 瞬く間に魔宝石よりも輝いていた瞳に影が落ち、食い入るように俺を見つめていた視線が再び下を向く。

 火を見るよりも明らかだ。ガッカリしているな、確実に。

 原因でしかない、自分の発言を振り返ってみる。みたが……別におかしなことは言ってない。言ってないよな?

 グリムのことは好きだ。

 いつも隣に居てくれているのが、当たり前だと思っているくらいには。多分、グリムも同じ気持ちなはずで……だからこそ、俺の瞳の色と同じ魔宝石に惹かれたはずで…………ん?

「あー……一応、言っておくが……目の色だけじゃなくて、ちゃんとグリムのことも好きだからな?」

「ほ、ホントですか!?」

 もしかして、が正解だったらしい。

 いつもだったら、とっくに飛びついてきているくらいの勢いで、席ごとこちらを向いた顔が眩しい。蕩けて落ちてしまいそうなくらいにふにゃりと緩んだ表情には、さっきまでの凹み具合なんて影も形もなくなっている。単純に、俺の言葉が足りなかったんだな。

「当たり前だろ。大事な一番弟子で、家族なんだからな。一人前になっても、一緒に飛んでくれるんだろう?」

 今度は余すことがないように、ありったけを言葉に乗せる。多少の気恥ずかしさはあれど、満面の笑みの前では安いもんだ。

「はいっ! 飛びますし、ずっと一緒に居ます! 居たいです!」

「ああ、俺達はずっと一緒だ」

 自然と差し出していた手に、小さな手が重なり繋がれる。伝わってくる体温に、言葉にならない安らぎが俺の心を満たしていった。

「うっ……ひっく、おめでとうございます……」

 突然耳に届いた、嗚咽が混じった祝福の言葉の方へ、はたと同時に顔が向く。

 俺達の目に映ったのは、揃いのネックレスが並ぶケースを持ち、堪えきれていない涙で頬を濡らし、整った顔をこれでもかと歪めた店員の姿だった。

 俺としたことが、うっかりどころの騒ぎじゃない。完全に忘れていた。店の中だってことも、店員だけじゃなく数組の客も居るということも。

「……あ、ありがとうございます?」

 真っ白になりかけている頭から絞り出した返答が、言葉も声も見事に重なりますます顔が熱くなる。

 前面や周囲からの優しい眼差しに見守られながら着けたネックレスは、最初っから俺達の為にあつらえられたようにピッタリだった。
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