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ライオンに睨まれたオレンジウサギ
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「バアル様、アオイ様、お二方のご健闘をお祈りしております」
立て続けのほっこり感とは打って変わって、ご丁寧な激励を送ってくれたのはレダさんだ。
もはや直角では? と思ってしまうお辞儀に合わせて、軍服の胸元を飾るいくつもの勲章が、軽やかな音色を奏でている。
続けて俺達に向け、挨拶をしてくれた兵士さん方の統率も相変わらずバッチリだ。息が合ってるという言葉すら失礼な気がしてしまうな。
「えっと……ありがとうございます」
「宜しくお願い致します」
健闘を祈るってことは……レダさん達とは別のチームってことかな? 雪合戦をするって話だったし。
兎にも角にも頭を下げた俺の隣で、バアルさんも流れるような動作でお辞儀をした。
此方こそ、とお返しにいただいた快活な笑みが爽やかだ。青春ドラマのワンシーンだろうか。
挨拶を交わし終えたから今までの流れからして、レダさんもヨミ様の元へと行くもんだと思っていたんだが。
……何故か見つめられてしまっている。
男らしい眉をひそめ、深い藍色の瞳を鋭く細める様はまさに武人。歴戦の戦士に相応しい風格と威圧感が漂っている。
なんだか肉食獣に睨まれた草食獣の気分だ。自分の格好とも相まって。そういえばレダさんの耳と尻尾、ライオンの形してるよな……ピッタリかよ。
兵士さん方も若干ざわつき始めていた中、重苦しい空気から俺を救い上げてくれたのは、やっぱりバアルさんだった。
腰に回された長い腕が俺の身体を抱き寄せて、大きな手のひらが宥めるように頭を撫でてくれる。
「レダ殿……いくら私めのアオイ様が愛らしいからとはいえ、斯様に真剣な眼差しを注がれるとアオイ様が縮んでしまいます」
「へ?」
「ああ、失礼……見れば見るほど可愛らしく、つい見惚れてしまっていました」
「……ふぇ?」
レダさんが、刈り上げられた短髪と同じ薄茶の顎髭を照れくさそうに、無骨な指で撫でている。その表情からは、先程までの剣呑とした雰囲気は微塵も残っていなかった。
肩透かしを食らった俺と同様に気が抜けたのか、兵士さん方が口々に囁やき始める。
「隊長が可愛いもの見てる時の顔、怖いもんなぁ……前も小さい子に泣かれてたし」
「じっと見たくなっちゃう気持ちは分かるけどな……今日のアオイ様、とびきり可愛らしいもんな」
「お二方……いや、お三方の写真を撮らせていただけないだろうか? 是非とも家宝にしたいのだが……」
皆さん的には内緒話のつもりなのだろう。つもりなのだろうが、持ち前の大きな声量のせいで、まるっと全部聞き取れてしまう。
どんどん顔が熱くなり、全身から力が抜けていくのが分かる。……このままじゃあ、背面雪ダイブを決めてしまいそうだ。
ただでさえ、バアルさんからの『私めの』宣言のお陰で、めでたく思考回路がパンパカパンになっているってのにさ。
打ち上げられた魚のごとく、ぱかぱか口を開けるだけの俺を見かねたんだろう。レダさんが口を開く。
「こら、お前達……」
「静まれ、皆の物!」
鶴の一声とはこのことだろう。波が引くようにピタリと皆さん口を閉じ、瞬く間に整列している。今なら、ちらちらと舞う雪が積もる音まで聞こえてきそうだ。
「全く、見たければ後でいくらでも見るがよかろう……写真も構わぬ! なんなら撮影会を開いてもよいぞ?」
良いのか……寛大だなと思ったのは俺だけじゃないらしい。兵士さん方からも、ざわざわと明るく小さなどよめきが起こっているからな。
「ただし、アオイ殿に関しては控えめにな、やり過ぎると先程のようにバアルが機嫌を損ね……」
「ヨミ様」
「あー……うん。兎に角そういうことだ!」
これは何の声になるんだろうか。静かに微笑むバアルさんの呼びかけに、羽をびくりと縮めたヨミ様が慌てて言葉を濁す。
……知ってはいけないパワーバランスを、垣間見てしまった気がするな。
なんとなく、抱き寄せてくれているバアルさんの手を握ると、いつもの柔らかい眼差しで握り返してくれた。やったぁ。
仕切り直しと言わんばかりに、わざとらしい咳をしたヨミ様の口角がニヤリと釣り上がる。
「では改めて……バアル、アオイ殿、貴殿らに決闘を申し込む!」
突如吹き抜けた冷たい風が艷やかな黒髪をさらい、ぶわりと靡かせた。
挑戦的な笑みを浮かべたヨミ様の手元から、俺に向かって何かが放たれる。勢いよく一直線に飛んできたかと思えば直前でふわりと留まり、ぽすんと手のひらに落ちた。
……手袋だ。オレンジの。ふわふわな手触りが温かく心地良い。フードマントとお揃いなんだろうか? 胸元と同じリボンが手の甲を飾っていて、スゴくファンシーだ。
「見た目は可愛らしいが、防水仕様はバッチリであるぞっ着けるがよい!」
やっぱり俺の為に用意された物らしい。漫画とかアニメで見たことがあるような、果たし状代わりではなく。
まじまじと眺めているとヨミ様が、心配そうに片方の眉を下げ柔らかい笑みを浮かべた。
「そなたは私達と比べて大変繊細であるからな……対策を怠り、しもやけさんになってはならぬからな!」
「あ、ありがとうございますっ」
早速、片方着けてみると不思議なことに冷たくなりかけていた指先が、お湯にでも浸かっているようにぽかぽかと温まっていく。
保温の術でもかかっているのかな。何にせよ、これなら雪を思いっきり触っても大丈夫だろう。
着けにくいもう一方は、ごくごく自然にバアルさんが受け取り、嵌めてくれた。さり気ない優しさに胸がきゅっと高鳴ってしまう。
お二人のお陰でぽかぽか、ぽやぽやしていた俺の頭からは、当然のごとく決闘という二文字が抜け落ちてしまっていた。だからだろう。
「よし! 準備はオッケーだな? さあさあアオイ殿! 私が率いる軍勢を見事、雪玉で打ち倒してみるがよい! バアルのサポートを受けてな!」
合戦……ではなく、何故かいきなり雪玉クエストが始まろうとしているんだが?
と、うっかり口に出しそうになってしまったんだ。
立て続けのほっこり感とは打って変わって、ご丁寧な激励を送ってくれたのはレダさんだ。
もはや直角では? と思ってしまうお辞儀に合わせて、軍服の胸元を飾るいくつもの勲章が、軽やかな音色を奏でている。
続けて俺達に向け、挨拶をしてくれた兵士さん方の統率も相変わらずバッチリだ。息が合ってるという言葉すら失礼な気がしてしまうな。
「えっと……ありがとうございます」
「宜しくお願い致します」
健闘を祈るってことは……レダさん達とは別のチームってことかな? 雪合戦をするって話だったし。
兎にも角にも頭を下げた俺の隣で、バアルさんも流れるような動作でお辞儀をした。
此方こそ、とお返しにいただいた快活な笑みが爽やかだ。青春ドラマのワンシーンだろうか。
挨拶を交わし終えたから今までの流れからして、レダさんもヨミ様の元へと行くもんだと思っていたんだが。
……何故か見つめられてしまっている。
男らしい眉をひそめ、深い藍色の瞳を鋭く細める様はまさに武人。歴戦の戦士に相応しい風格と威圧感が漂っている。
なんだか肉食獣に睨まれた草食獣の気分だ。自分の格好とも相まって。そういえばレダさんの耳と尻尾、ライオンの形してるよな……ピッタリかよ。
兵士さん方も若干ざわつき始めていた中、重苦しい空気から俺を救い上げてくれたのは、やっぱりバアルさんだった。
腰に回された長い腕が俺の身体を抱き寄せて、大きな手のひらが宥めるように頭を撫でてくれる。
「レダ殿……いくら私めのアオイ様が愛らしいからとはいえ、斯様に真剣な眼差しを注がれるとアオイ様が縮んでしまいます」
「へ?」
「ああ、失礼……見れば見るほど可愛らしく、つい見惚れてしまっていました」
「……ふぇ?」
レダさんが、刈り上げられた短髪と同じ薄茶の顎髭を照れくさそうに、無骨な指で撫でている。その表情からは、先程までの剣呑とした雰囲気は微塵も残っていなかった。
肩透かしを食らった俺と同様に気が抜けたのか、兵士さん方が口々に囁やき始める。
「隊長が可愛いもの見てる時の顔、怖いもんなぁ……前も小さい子に泣かれてたし」
「じっと見たくなっちゃう気持ちは分かるけどな……今日のアオイ様、とびきり可愛らしいもんな」
「お二方……いや、お三方の写真を撮らせていただけないだろうか? 是非とも家宝にしたいのだが……」
皆さん的には内緒話のつもりなのだろう。つもりなのだろうが、持ち前の大きな声量のせいで、まるっと全部聞き取れてしまう。
どんどん顔が熱くなり、全身から力が抜けていくのが分かる。……このままじゃあ、背面雪ダイブを決めてしまいそうだ。
ただでさえ、バアルさんからの『私めの』宣言のお陰で、めでたく思考回路がパンパカパンになっているってのにさ。
打ち上げられた魚のごとく、ぱかぱか口を開けるだけの俺を見かねたんだろう。レダさんが口を開く。
「こら、お前達……」
「静まれ、皆の物!」
鶴の一声とはこのことだろう。波が引くようにピタリと皆さん口を閉じ、瞬く間に整列している。今なら、ちらちらと舞う雪が積もる音まで聞こえてきそうだ。
「全く、見たければ後でいくらでも見るがよかろう……写真も構わぬ! なんなら撮影会を開いてもよいぞ?」
良いのか……寛大だなと思ったのは俺だけじゃないらしい。兵士さん方からも、ざわざわと明るく小さなどよめきが起こっているからな。
「ただし、アオイ殿に関しては控えめにな、やり過ぎると先程のようにバアルが機嫌を損ね……」
「ヨミ様」
「あー……うん。兎に角そういうことだ!」
これは何の声になるんだろうか。静かに微笑むバアルさんの呼びかけに、羽をびくりと縮めたヨミ様が慌てて言葉を濁す。
……知ってはいけないパワーバランスを、垣間見てしまった気がするな。
なんとなく、抱き寄せてくれているバアルさんの手を握ると、いつもの柔らかい眼差しで握り返してくれた。やったぁ。
仕切り直しと言わんばかりに、わざとらしい咳をしたヨミ様の口角がニヤリと釣り上がる。
「では改めて……バアル、アオイ殿、貴殿らに決闘を申し込む!」
突如吹き抜けた冷たい風が艷やかな黒髪をさらい、ぶわりと靡かせた。
挑戦的な笑みを浮かべたヨミ様の手元から、俺に向かって何かが放たれる。勢いよく一直線に飛んできたかと思えば直前でふわりと留まり、ぽすんと手のひらに落ちた。
……手袋だ。オレンジの。ふわふわな手触りが温かく心地良い。フードマントとお揃いなんだろうか? 胸元と同じリボンが手の甲を飾っていて、スゴくファンシーだ。
「見た目は可愛らしいが、防水仕様はバッチリであるぞっ着けるがよい!」
やっぱり俺の為に用意された物らしい。漫画とかアニメで見たことがあるような、果たし状代わりではなく。
まじまじと眺めているとヨミ様が、心配そうに片方の眉を下げ柔らかい笑みを浮かべた。
「そなたは私達と比べて大変繊細であるからな……対策を怠り、しもやけさんになってはならぬからな!」
「あ、ありがとうございますっ」
早速、片方着けてみると不思議なことに冷たくなりかけていた指先が、お湯にでも浸かっているようにぽかぽかと温まっていく。
保温の術でもかかっているのかな。何にせよ、これなら雪を思いっきり触っても大丈夫だろう。
着けにくいもう一方は、ごくごく自然にバアルさんが受け取り、嵌めてくれた。さり気ない優しさに胸がきゅっと高鳴ってしまう。
お二人のお陰でぽかぽか、ぽやぽやしていた俺の頭からは、当然のごとく決闘という二文字が抜け落ちてしまっていた。だからだろう。
「よし! 準備はオッケーだな? さあさあアオイ殿! 私が率いる軍勢を見事、雪玉で打ち倒してみるがよい! バアルのサポートを受けてな!」
合戦……ではなく、何故かいきなり雪玉クエストが始まろうとしているんだが?
と、うっかり口に出しそうになってしまったんだ。
応援ありがとうございます!
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