上 下
208 / 906

三色のウサギ、白銀の地に降り立つ

しおりを挟む
 鈍い音を立て、重たい扉が開くと同時に、冷たい風が頬を撫でていく。鼻孔をツンと擽っていく。

 目の前に広がった景色は、ヨミ様が仰られていた通り白銀の世界だった。積もりに積もったふかふかの雪が、陽の光に照らされてキラキラと輝いている。

 ゆっくりバアルさんに下ろしてもらい、踏みしめた膝丈まであるロングブーツが、もふっと一気に数センチ埋まってしまった。

「わぁ……スゴい……ホントに真っ白ですね」

「ええ、大変神秘的な光景でございますね」

「であろう? 氷の扱いが得意な者達に協力してもらったのだ!」

 ヨミ様が上機嫌に黒耳を揺らし、鋭く白い歯を見せる。黒手袋を纏った手が示す先には、鈍く光る胸当てを着けた兵士さんが三人並んでいた。

 私が作りました! という生産者表示のごとく、三人ともとびきりの笑顔を浮かべている。息の揃った敬礼で、ご挨拶をしてくれる。

「ありがとうございます! スっゴくキレイでわくわくします!」

「素敵な雪景色をありがとうございます。大変見事な腕前でございますね」

 俺達の隣で「うむっ!」とヨミ様が満足気に羽をはためかせる。バアルさんと一緒に頭を下げれば、兵士さん方のキリッとした目尻と締まった頬がとろりと下がっていく。

 姿勢はピシリとご挨拶したまま崩さない。が、皆さん各々、翼や尻尾、耳から喜びの感情がダダ漏れになってしまっている。バサバサ、ブンブン、ピコピコ動いてしまっている。

 嬉しいんだろうなぁ……ヨミ様に自慢されて、さらにはバアルさんに褒められて。

 すっかり胸の内がほっこり満たされていた時だった。びっくりせざるを得ないお言葉を、通りのいい声が高らかに言い放ったのは。

「では、本日のスペシャルゲスト達の登場である!  父上、皆の物、いざ参るがよい!!」

「はい?」

「なんと……」

 流石のバアルさんも目をぱちくりさせている。そりゃまぁそうだ。元地獄の王であるサタン様の参戦を告げられた、だけじゃない。

 修練場の真ん中に堂々と鎮座していた、城の一階に届きそうな高さのでっかい雪だるまが、くす玉でも割るような小気味いい音と共に弾けたんだからな。

「ひょわっ!?」

 思わず情けない悲鳴を上げ、逞しい体に抱きついてしまった。白手袋を纏った手が「大丈夫ですよ」と頭や頬を撫でてくれる。

 もうもうと立ち込める雪煙の中、戦隊モノのヒーローの登場みたく、見知った方々が何事もなかったかのように元気よく現れた。

 ご自慢の筋肉に覆われた巨体をのしのし揺らし、先頭を行くサタン様。

 揃いのフードマントを身に着けた、師匠であるクロウさんと手を繋ぎ、小さな手を此方にぶんぶん振っているグリムさん。

 あたかも当然のように、隊長であるレダさんまでいる。引き連れている兵士さん方の中には、俺の親衛隊を勤めてくれているシアンさんやサロメさん達も加わっていた。通りで今日は別棟で誰とも遭遇しなかった訳だ。

「すまんのう、アオイ殿、バアル。またもやヨミの遊びに付きおうてもらって……」

 こんにちはの挨拶もそこそこに、サタン様がヨミ様と同じ鋭い角を生やした頭を下げる。

 太い指が撫でている、もみあげから顎まで連なる黒い髭は相変わらずご立派だ。ただでさえあふれる威厳を、さらに強固なものにしている。

「あ、いえ、いつも気遣っていただけて感謝しかないです」

「私もアオイ様と同じ気持ちです。私では思い至らないアイデアばかりで、大変助かっております」

 胸の前でわたわた手を動かす俺に、バアルさんが角度のついたキレイなお辞儀と共に続く。

 そもそも俺達が遊んでもらってる側ですし、と付け加えると鋭い赤の瞳がゆるりと細まり、縮んでいた真っ黒な羽が大きく広がった。

「そうか、二人共ありがとう。それはそうと今日はよろしく頼むぞ。こういう遊びは久方ぶりだからのう、実は楽しみにしておったのじゃよ」

「はいっ此方こそよろしくお願いします!」

「宜しくお願い致します」

 サタン様が「二人共、可愛らしいのう。似合っておるぞ!」と大きな口から白い牙を覗かせながら、いつの間にか少し離れていたヨミ様の元へと歩み寄って行く。

 ホントに温かいお方だ。スーツなバニーがスゴく素敵でカッコかわいいバアルさんは当然だが、俺まで褒めてもらえてしまった。

「アオイ様っすっごく可愛いですね! バアル様もカッコいいです! とても!!」

 優しいお言葉に浸っている間もなく、勢いよく飛び込んできたグリムさんからの言葉に顔が一気に熱くなる。バアルさんの感想に関しては、同意でしかないんだけどさ。

「あ、ありがとうございます……」

「わぁっ! お耳、動くんですね!」

 嬉しいんだけど、困ってしまう。薄紫の瞳をますます丸く輝かせ「可愛いですね! 可愛いですね!」と弾んだ声で連呼されてしまっては。

 隣のバアルさんは助け舟を出してはくれない。何故ならあちらの味方だからだ。

 俺の頭をフード越しに撫で回しながら、そうでしょうとも、と言わんばかりに何度も頷いていらっしゃる。

 水晶のように透き通った羽や、真っ白ふわもこウサ耳を、ぱたぱたぴこぴこ揺らす様は大変ご満悦そうだ。

「あっ尻尾も揺れてる! ホントのウサギさんみた……ふぎゃっ!」

 わいわいくるくる俺の周りを飛び跳ねていたグリムさんの首根っこが、素早く伸びてきた大きな手によって捕まえられた。

 ……クロウさんだ。鋭い金色の瞳を困ったように細め、整った顔をくしゃりと歪めている。

 猫の親子かな?

 か細い四肢をぷらんと伸ばし、されるがままになっているグリムさんと、彼を軽々と片手で抱えるクロウさんを見ていたら過ぎってしまったんだ。お痛をして親猫から首元を咥えられた小猫の画像が。

「しーしょーうー! もー何で掴むんですか? ねぇ、くーろーうー!」

 グリムさんの訴えも虚しく、俵でも担ぐかのように幅広の肩へよいしょと抱え直されてしまう。

 クロウさんがすらりと伸びた長身を屈めながら、俺達に向かって形のいい眉を下げて微笑んだ。

「すみませんね……うちのグリムがはしゃぎまくって。ヨミ様にお誘いいただいてから、お二方と雪遊びが出来るって浮かれまくってたもんで」

「いえいえ、全然。俺も今から楽しみですよ」

「そりゃあ良かった……光栄です」

 口の端をニッと持ち上げたクロウさんもヨミ様の元へと長い足を運ぶ。

 担がれたままのグリムさんが丸い頬を綻ばせながら、先程と同じようにぶんぶんと手を振っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...