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私に構わず存分にイチャついてくれ!

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「ひょわっ……よ、ヨミ様、こんにちは」

「ごきげんよう、アオイ殿。うむ、今日もバアルと仲良しさんで何よりだ!」

 地獄の現王様であるヨミ様は、本日もご機嫌麗しい。側頭部から生えている鋭い角は金属のような光沢を帯び、コウモリの形をした羽も大きくはためいている。

 イケメンの奥義、爽やかな風も絶好調だ。シャンデリアの明かりによって光の輪が描かれるほど、黒く艷やかな長髪は軽やかに靡いている。

 ファンタジー風貴族服の定番、金糸でツルのような装飾が施された黒の片マントもふわりと広がり、見栄えとして貢献している。

 何よりも、名だたる芸術家が魂を込めて作られたと言っても過言ではないご尊顔に、眩い笑顔が浮かんでいらっしゃるんだからな。真っ赤な瞳も100カラットのルビーみたく輝いているし。

「より良い夫婦関係を維持していく為にも、スキンシップは必要不可欠であるからな! 私に構わず、存分にイチャついてくれ!」

 一応、俺にだって自覚はある。あるんだが……通りのいい声で指摘され、尚且つ強く推奨されるとやっぱり恥ずかしい。

 背中だけでなく額にも汗が滲んだのは、なにもこたつの温かさによるものだけではないだろう。

 まぁ、前なんか……き、キスする5秒前を見られちゃってるんだから、今更なんだけどさ。

「あ、ありがとうございます……」

「うむっ」

「ヨミ様、お元気そうで何よりです。宜しければ此方のこたつへいらっしゃいませんか?」

 顔から湯気が出ていそうな俺に対して、バアルさんはやっぱり流石だ。大人の余裕に満ちている。

 俺と同じ立場どころか、お仕えしているお方にプライベートなひと時を見られたっていうのに。涼しいお顔で「立ち話もなんですから」とこたつを勧めている。

 というか嬉しそうだ。触覚が弾むように揺れている。ヨミ様がご機嫌だからだろうな、多分。

「おお、よいのか? よいのだな?」

 二段活用で尋ねつつも、いそいそと近づいてくるお顔はおもちゃを目にした子供のように輝いている。リアクションがバアルさんと似てて、ほっこりしちゃうな。

「はい、どうぞどうぞ」

「ありがとう、お邪魔させてもらおう」

 俺達の向かいにヨミ様が静かに腰を下ろす。何故だろう、絵になる。ただこたつ布団を捲って入っただけなのに。

 あふれる優美なオーラが、キラキラなエフェクトやらなんやらを生み出しているんだろうか。

 ぼんやりしていた俺に代わってバアルさんが口を開く。

「アオイ様が仰ることには……一度入ると抜け出せない、魔性の魅力を持った暖房器具とのことでございます」

 俺の意見という主観が含まれまくった概要を伝えるその声は、真剣そのものだ。機密事項でも話してるのかなってくらいに。

「成る程、確かに……程よい温かさが心地よいな」

「さらには、此方でみかんを頂くことが定番だそうです」

 どうぞお召し上がり下さい、とキレイに分けられたみかんを主の前に差し出している。

 勿論、緑茶も一緒という手際の良さだ。俺を抱き抱えたままだというのに、いつの間に準備したんだろうか。

「ほう……では、有り難くいただくことにしよう」

 口の端をゆるりと持ち上げ、黒手袋を纏った指がみかんを一房摘む。大きな手が俺の頭を撫でながら、軽く頭を下げた。

 お二人のやり取りになんとなく、お主も悪よのう……的な時代劇の場面が、頭を過ぎったのは気のせいだろうか。

「んっ、素晴らしく美味しいな!」

 気のせいだったな。すっごく甘いぞ! と目を輝かせるヨミ様のお姿に、気持ちだけでなく室内にもほっこりとした空気が満ちていく。

 あっという間に平らげて、そわそわとカゴのみかんへと視線を送る彼に、すかさずバアルさんがキレイに剥いたお代わりを差し出した。

 術によって、バアルさんが補充してくれているんだろう。定期的に、中央にあるみかんの山が復活しているお陰もあり、気がつけば着々と皮製お花のタワーが形成されつつあった。俺達の前だけでなく、ヨミ様の前にも。

 幸せな甘さと温かさに心を満たされ、ところてん方式で抜け落ちていった俺だけでなく、ヨミ様自身もすっかりご用件を忘れてしまっていた頃。バアルさんがぽつりと尋ねた。

「ところでヨミ様、先程の雪を用意した……とは、どういうことでしょうか?」

 すっかり肩への顎乗せが、お決まりになっているせいだ。耳元で囁く穏やかな低音が、頭どころか腰の辺りにまで響いてしまう。

 さらには、そわそわしてしまっている俺の現状をバアルさんは知ってか知らずか。頬をぴたりと寄せるだけでなく、程よく柔らかい胸筋を背中にむぎゅっと押し付けてくるもんだから大変だ。すでに心臓がはしゃぎ始めているしな。

 いくら推奨されたからって、堂々とし過ぎじゃないか? ……嬉しいけどさ。

「おお、そうであった! アオイ殿のいた現世では今の時期、雪が降るそうだからな。修練所にて再現したのだ、雪景色とやらをな」

 存分にイチャつけ! と申されただけあって、正面のお方はマイペースだ。

 優雅に傾けていた湯呑みを静かに置き「一面真っ白であるからなっ驚くぞ!」と夕焼けのような真っ赤な瞳を輝かせている。

「そうだったんですか。いつもすみません、気を使わせてしまって……」

 ホントに、いつもお世話になりっぱなしだ。ある時は、二人でハロウィンを楽しんで欲しいからと、お揃いの衣装を用意してくれて。

 またある時は、自力でバアルさんへの誕生日プレゼントを買える様に、俺でも出来るお仕事を持ってきてくれて。

 なんなら、親衛隊まで作っていただいたもんな。俺がバアルさんの、大事な……お、奥さんだからってさ。

「お気になさる必要はございませんよ。御自身も息抜きに遊びたい……という下心が満載でございますから」

 有り難さよりも申し訳無さが勝っていた俺を、柔らかい低音が受け取っていいんだと優しく促す。

「はは、バレたか。一度、雪合戦なるものをやってみたくてな! 付き合ってくれるだろうか?」

 続けて通りのいい弾んだ声が、賑やかな催しへと誘ってくれた。胸を満たす温かさに目の奥まで熱くなってしまう。

「はいっ」

「それからアオイ様……斯様な時は、すみませんではなく……ありがとう、が適切かと存じます」

「そう、ですね……ありがとうございますっ、ヨミ様!」

 鋭い瞳を細め「うむっ!」と大きく頷いたヨミ様の笑顔が眩しい。

 込み上げる何かが邪魔をして、上手く笑えなかったけど。それでも精一杯の笑顔を返した。
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