上 下
193 / 906

予測は出来た、でも上機嫌なバアルさんを止めることなんて

しおりを挟む
 紹介を終えた品々が、テーブルの上から次々と消え、元の場所へと戻っていく。

 ふわもふな猫クッションだけは、いまだに俺の腕の中でくたりと幸せそうな寝顔を浮かべているのだが。

「それでアオイ殿、雑貨屋の後は何処を訪れたのだ?」

「あ、はい。丁度いい時間だったので、昼食を……ヨミ様からいただいた雑誌に載っていたお店に行きました」

「そうか、お役に立てて何よりだ」

 しなやかな指が白いカップを音もなくソーサーへと戻し、すらりと伸びた足を組み替える。

 もしかしなくても、バアルさんの心配りのレベルは上限突破しているんだろうか。

 ついさっきまで隣に居たはずの彼は、いつの間にか主が座るソファーのお側で、湯気立つティーポットを手に佇んでいる。

 キレイなお辞儀を披露してから跪き、お代わりの紅茶を丁寧に注ぎ終えると、再び胸に手を当て会釈をした。

 二人にとっては、いつものことの様だ。ヨミ様は「ありがとう」とバアルさんに一言声をかけてから、淹れたての紅茶を楽しんでいらっしゃる。

 ……ちょっとだけ、羨ましい。つい、憧れてしまうんだ。時々垣間見える一体感というか、二人だけの特別な空気感が。

 心の隅っこから少し顔を出してしまった寂しさを、クッションを抱き締めることで見て見ぬふりを決め込む。

 そんな子供っぽいことをしてるもんだから、何かしら勘づかれてしまったんだろう。俺のバアルさんはスゴく察しがいいからな。

「……大変可愛らしいですね……私のアオイは……」

 気がつけば隣で肩を寄せていた彼の長い腕に、腰を抱き寄せられ、囁かれた。小さな小さな俺にしか聞こえない、とびきり甘い声で。

 それだけでも、俺の気持ちが舞い上がるには十分だったのに。ゆったり頭を撫でてもらえて、寂しさと一緒に表情筋までゆるゆると溶けてしまったんだ。

 大きな手がもたらしてくれる癒やしに、すっかり夢中になっていると、くつくつと小さく笑う声が耳に届く。

 ……しまった。完全に頭から抜け落ちてしまっていた。向かいの席にいらっしゃる、楽しそうに緩んだご尊顔が眩しいお方の存在が。

「……して、どのようなお店だったのだ? アオイ殿」

「ふぇ……は、はいっ」

 なんて優しいお方なんだ、ヨミ様は。ツッコまないでくれるらしい。

 微笑ましそうに夕陽よりも赤い瞳を細めながら、何事も無かったかのように会話を続けてくれたんだ。

「……えっと、白い円柱型の個室がいくつもあって、何だか不思議な感じでした」

「ほぅ……確かに珍しいな」

「あ、でも……中はスゴくお洒落な雰囲気で、ソファーもふかふかで、過ごしやすかったですね」

「ふむふむ、それは何よりだ。機会があれば、私も皆とお忍びで行ってみたいものだ」

 明るい笑顔と弾むような相槌に促され、話に花が咲く。水色の光る蝶で出来たメニュー表の話。肉汁たっぷりのハンバーグに、味も食べごたえも大満足だったオムライスの話。

 室内には和気あいあいとした空気が満ちて、穏やかな時間が流れていく。

 だから、忘れてしまっていた。勿論、思い至ることもなかったんだ。ヨミ様がバアルさんに教えてくれたことで俺達が行うこととなった、あの出来事を。

「……術によって、ハートが飛ぶ演出が施されたパフェか、成る程……面白い。叶うことなら、実物を見てみたいものだが……」

「ございますよ」

 俺が答える間もなく、どこか食い気味に発せられた低音が肯定を示す。

 誰だ? なんて考えるまでもなく分かる。バアルさんだ。少し見上げた視界に映るその表情は、どこか得意気で凛々しい。

 傍から見たら、至って真面目な顔にしか見えないかもしれないけれど、俺には分かる。

 なんせ、清潔感漂う髭が色っぽい口元の端っこが、ちょっとだけ持ち上がっているんだからな。後、触覚も僅かにピンっと立ってるし。

 それまで俺を抱き寄せてくれたまま、俺達の会話を見守っていた彼が、懐から緑の石を取り出す。

 無意識のうちに妙な現実逃避をしていた俺は、今度こそしっかりと直感した。あ、これはマズい……と。

 でも、止めることなんて出来る訳がない。上機嫌に羽をはためかせているバアルさんを止めるなんて……そんな……

 迷っている間も、白い手袋を纏ったひと回り大きな手の上で結晶が、投影石が淡い光を帯びていく。

 宙に向かって放たれた眩い光がプロジェクターのように、とある映像を映し出す。

 明るい歓声を上げたヨミ様に対して、俺の口からは声にならない悲鳴が出てしまっていた。だって、仕方がないだろう。

 ……やっぱりな……というか、なんというか……件のパフェと一緒に、だらしなく緩んだ俺の顔が、大きく映し出されてしまったんだからな。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...