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温かい手のひらに甘やかされて

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 扉を開けば、今朝と変わらない様子で出迎えてくれる、見慣れた部屋の風景に思わずただいまを言いたくなってしまった。

 ついさっきまで、お城のメイドさん方や兵士さん方と、ただいま帰りました! とお帰りなさいませ、を度々繰り返していたばかりなんだけどさ。

 大きな窓から差し込む光によって、室内はオレンジ色に染まっている。青い水晶で出来たシャンデリアの元、床一面を覆う繊細な模様が施された絨毯の上を歩く。

 銀の装飾が施された広く大きなテーブル。これまた脚や背もたれに銀の飾りをあしらった、座り心地抜群、手触り抜群の上質な生地を使ったソファーを横目に通り過ぎ、向かう場所は部屋の奥。

 そう、堂々と鎮座しているふかふかのベッドだ。流石の包容力と懐の広さだ。靴を脱ぎ捨て、大の字ダイブを決めた俺の全身を優しく受け止め、包み込んでくれている。

 元気が良ければごろんごろんと端から端まで転がり、その広さを楽しむところだが、今日は難しい。

 城下町デートで夢見心地になっている気分の隅っこから、徐々に疲労感が顔を出し始めているからな。

 ……端的に言うと動きたくないってことだ。うん。

 だらしなく四肢を投げ出し、滑らかな白いシーツに頬ずりしていると、不意に俺の隣がぽすんと沈む。思わず顔を上げれば、大きな白い手によしよしと頭を撫でてもらえた。

「バアルさん……」

 宝石みたいに煌めく緑の瞳が細められ、彫りの深い顔がふわりと綻ぶ。整えられた白い髭が渋くて素敵な口元には、柔らかい微笑みを湛えていた。

 少し珍しいな、とは思った。白いカッターシャツの襟元を緩め、紺のズボンとベストを纏ったままの彼の姿に。

 普段のキッチリしている彼ならば、兎にも角にも着替えを優先するはずだからな。シワになるといけないからってさ。

 なのに、いまだ優しい手つきで俺を甘やかしてくれている彼は、すでにリラックス状態だ。

 盛り上がるところは盛り上がり、引き締まるところは引き締まった長身をベッドに預け、横たわっている。

 自身が身に着けていた茶色の巻きスカーフや、紺のスーツジャケットは、いつの間にかしっかり外してはいるものの。

「お疲れのところ申し訳ございません。私めもお邪魔しても宜しいでしょうか」

 白い頬をほんのり染め、律儀に許可を求める彼は、どこか落ち着きがなさそうだ。額の触覚をそわそわ揺らし、背中の半透明な羽をぱたぱたはためかせている。

 いつも一緒に寝てるんだし……そもそも俺達のベッドなんだから、そんな遠慮しなくていいのに。

「勿論、大歓迎ですよ」

 途端にぱぁっと輝く瞳と下がった目尻に、胸がきゅっと高鳴ってしまう。

 いや、それどころか、ドンドコお祭り騒ぎをしてしまいそうだ。急に参戦した右手と一緒に、頭と頬をダブルで撫で回してもらえて。

「……というか、俺の方こそ……そちらにお邪魔してもいいですか?」

 思い切ったことを言ったな、と思う。ヘタれな俺にしては。

 キレイな鎖骨のラインが覗く魅力的な胸元を見つめていると、ぱちぱち瞬く緑の瞳とかち合う。

 察しがよくて優しい彼は、撫でる手を一旦止めてから両腕を広げ、微笑んだ。

「ええ勿論。歓迎致します」

 もぞもぞとシーツにシワを作りながら近づき、逞しい胸元へ頬を寄せる。広い背中へと腕を回したのと同時に、筋肉質な腕が俺の身体を包み込んでくれた。

 頭から首筋、背中から腰へと、ゆったり動いていく手のひらの温もりが心地いい。

 そんでもって、リラックス効果がスゴい。耳をすませば聞こえる落ち着く心音と、鼻を擽る優しいハーブの香りの。

 今の俺ならよく分かる。癒やし系動物動画のペットの気持ちが。

 そりゃあ、液体みたく蕩けちゃうのも仕方がないよな。好きな人からたっぷり甘やかしてもらえてるんだからさ。

「いかがでしょうか、アオイ様」

 ぽやぽやしている俺の鼓膜を、柔らかい低音が優しく揺らす。

「ん……もっと、いっぱい撫でて欲しいです」

 穏やかな波音のような声につい、強請ってしまっていた。ほどよく弾力のある胸板に、顔をぐいぐい埋めていた俺をゆるゆる撫でながら、彼がクスリと笑う。
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